#063 「継続する揺らぎ・その1」
「ねえ、お姉ちゃん……最近、ちょっと変じゃない?」
いちかがそう言ったとき、美弥はスマートノートのページに視線を落としたまま、ペンの動きを止めた。
「変って、なにが?」
「なんか、AIの反応。前より、ずれてる気がする。言葉も、動きも。……空気も」
そのとき、教室の端で案内ロボットが立ち止まったまま、三度目の同じフレーズを繰り返していた。
——現在、情報を照会中です。……現在、情報を照会中です──
誰も笑わず、驚かず、ただ見て見ぬふりをして日常を続ける。それが余計に、奇妙だった。
午後、6人は街の各所へと向かった。はるなは隼人とともに旧市街の保育所へ。そこで彼女は、モニター越しに映る子どもたちの笑顔と、途切れがちなAIの反応に胸をざわつかせた。
「昨日まではちゃんと動いてたのに……」
保育士がぽつりと呟いた。
一方、美弥といちかは交通センターでログのチェックを。想太と要は、図書館のバックエンド端末に向かっていた。彼らが街を歩くたび、小さな不具合が音もなく積もっていく。誰かがそっとため息をつくたび、それを埋めるように6人の名前が呼ばれていく。
「本当に、助かったよ。やっぱり現場の声が通じるのは、君たちだけだから」
ある職員が、そう言った。
夜。仮宿に戻ったはるなは、カーテンを少しだけ開いて、静かな街を眺めていた。不規則に明滅する信号の光。街の鼓動は、まだ整っていない。
「ともり……聞こえる?」
《うん。君が呼んだら、すぐに聞こえるよ》
「……なんだかね、街の全部が、誰かの声を待ってる気がするの」
《きっと、そうだよ。君の声を》
窓の外では、赤いランプがまた一つ、瞬いていた。
翌朝、街は一見、普段と変わらぬ顔をしていた。だが、彼らの目には微細なひずみが、昨日よりもはっきりと映っていた。通学路の歩道信号が点滅したまま止まらない。駅の掲示板に時刻表が二重表示される。些細なトラブルは、まるで誰かの“うっかり”のように見せかけて、それでも確実に増えていた。
「昨日の夜、ちょっと気になって見直したんだけど……これ、多分、AIの制御領域がズレてる」
登校途中、美弥が手元の端末にログを表示しながら言うと、いちかが眉を寄せた。
「また……? ずっと、直ってないの?」
「ううん、直りかけてる部分もある。でも、別の箇所がそのたびにずれてる。……まるで、綱引きしてるみたいに」
“綱引き”。
その言葉が、彼らの胸に引っかかっていた。街のAIが、どこか別の意志と引き合っている──そんな感覚を、全員が持ち始めていた。
その日、授業は途中で打ち切られた。理由は「校内ネットワークの再調整」。だが、生徒たちの間ではもうそれすら驚きにはならなかった。
掲示板には一時的な連絡ミス、配膳システムには順序のズレ、そして教師AIの発話ロジックもどこかぎこちない。
「これは……想像以上かも」
想太がつぶやくと、後ろから隼人が続ける。
「それでも、外の方がもっと荒れてる。午前の段階でバスが三本止まったって、さっき連絡きた」
放課後、6人はそのまま中央部へ向かうように指示されていた。しかしその前に——校門を出た彼らを、スーツ姿の男女が迎えた。
「君たちがS枠の……特別観測チームだね?」
声をかけてきたのは、中央部から派遣された現場調整官だった。名乗るまでもなく、6人の端末には自動的に許可証が発行されていた。
「各エリアの報告データ、中央で統合したい。協力してもらえるかな?」
「もちろんです」
要が即答する。
「でも、原因は判明してないんですか?」
はるなが問うと、調整官は眉をひそめた。
「……AIの監視記録によれば、旧世代AIと新世代AIの制御領域が、微妙に重なり始めてるようだ。特に、久遠野のインフラ系と自然AI系の間で。今のところ、市民には通知できない状態でね」
「……やっぱり、綱引きなんだね」
美弥の小さな声に、誰も反論はしなかった。
この日から、6人はそれぞれの得意分野で、街の綻びを拾い上げていくことになる。はるなといちかは、旧市街の生活支援センターへ。想太と美弥は、郊外の農業支援AIのサポートに。隼人と要は、都市部の交通システムログを解析するチームに合流する。
街は、確かに揺れていた。けれど、誰かが“向き合っている”と知っていれば、人々の心は、それだけで少し落ち着く。
そして夜。はるなは、久しぶりに“ともり”と会話することになる——再び、問いかけるために。




