#061 「静かな不協和」
「……ねえ、最近さ。AI、ちょっと変じゃない?」
「うん。今朝の天気予報、二回流れてきたよ。あれってバグ?」
「給湯器が止まらなくてさ、先生が手動で切ってたって……久遠野じゃ普通ありえないよね」
「うちは照明がついたまま消えなかった。夜中まで。ママがめっちゃ怒ってた」
「……さ、さすがに怖いって」
そんな声が、1-Aの教室内でひそやかに交わされていた。
「ねえ、あの“S枠”の子たちって、もしかしてその対応のために?」
「えっ、何それ……でも急に転入してきて、教室も特別だって噂だし……中央からの推薦とか言ってなかった?」
「観測支援とか、マジでそういう役目だったりして……」
「やっぱり、特別なんだよ……」
「でも、金髪の子(美弥)って、ただ目立ってるだけに見えるけど……」
「それはそれでこわ……あっ、先生来た。黙って」
ざわめきが消えると、いつもの静けさが戻る。
ただし、それが“いつものもの”だったかどうかは、もう誰にも分からなかった。
S枠──特別クラスに指定された教室では、すでに授業が始まっていた。
旧視聴覚室を転用したその空間は、機密性が高く、外部ネットワークから物理的に遮断されている。
6人だけが座る教室。観測用モニター、調整パネル、天井を走るホログラフ照射装置。
静かすぎる空間の中、教科書がホロに投影される。だが──
「……ホログラム、遅れてる?」
投影画面が一瞬、ちらついた。
板書用ホロが反応せず、読み上げ機能が途中で止まる。
空調が唐突に止まり、全員がわずかに眉をひそめた。
「反応が……不安定だな」
前に立つ御堂が静かに言い、淡々と手元のパネルに指を走らせる。
「なにこれ、妙に懐かしいというか……」 美弥が、はるなに耳打ちする。
「ちょっと前の“ともり”っぽくない? 考えすぎかな?」
「……ううん、わたしも同じこと思ってた」 はるなが小さくうなずいた。
自然AIのような“ためらい”──何かを探すような沈黙──その断片的な挙動は、
あのノーザンダストで過ごした日々を、ふと呼び起こさせるものだった。
授業が終わった直後、御堂は静かに教室に戻ってきた。
「──6人とも、放課後、中央部へ向かってくれ」
黒板の光がゆっくりと消え、空間は再び静寂に包まれる。
「アクセスパスが中央から発行された。“この事態”における経過観察と応答のためだ。
……例外的な措置と考えていい」
「……やっぱり、何かが動いてるってことだな」 隼人が、つぶやくように言う。
「この街は、もう“観測されている側”に戻りつつあるのかもしれない」
想太の言葉に、はるなはそっと頷いた。
久遠野の街は、秋の陽差しの下にあった。
それなのに、いつもどおりとは少しだけ違っていた。
交差点で、信号が一瞬だけ全方向赤になった。
自販機のパネルには「Error 503」の赤い表示が浮かんでいる。
「……まるで、誰かがバランスを取ろうとしてるみたい」
美弥が、街を見渡しながらつぶやく。
「いや、探してるんだ」 要が言う。
「きっと、久遠野AIが、誰か──あるいは、何かを」
「この感じ、思い出すな」 隼人が歩きながら苦笑する。
「ノーザンのときと、ちょっと似てる」
「……うん。でも、違うのは、ここには“ともり”がいないことだよ」 想太の声は静かだった。
* * *
中央部のゲート前で立ち止まる。 アクセス認証はすぐに通るはずだった。だが──
「……あれ、反応が、遅い?」 美弥が端末を覗き込み、眉をひそめる。
ゲートAIは、無言だった。
その代わりに、音もなくゆっくりと開くゲート。
「まるで、私たちが来るのを……ためらっていたみたい」 はるなが小さくつぶやいた。
「このままだと、この街全体が……“観測されないまま”、壊れてく気がする」
想太がぽつりと呟いたとき、誰もその言葉を否定しなかった。
「──ってわけで」 美弥が手を叩く。
「観測者、出番だねっ!」




