#055 「街角と水音」
公園の片隅、小さな噴水の前。水をかけ合う子どもたちの声が、夕暮れの空に弾けていた。
それを見守るように立っていた、丸い頭の街角AIが、優しい声で言う。
「おやめなさい。……でも、気をつけるんだよ」
子どもたちは一瞬だけ動きを止め、顔を見合わせる。それから、どちらともなく笑い出し、また水を跳ねさせた。
「はいはーい!」
その様子に、大人たちは苦笑しながらも、どこか安心したように目を細めていた。
ベンチに深く腰掛けていた美弥が、大きく息を吐いて空を仰ぐ。
「ふーっ……つかれたぁー。頭も心も、フル回転しすぎた気がする……」
「珍しく、素直な感想だね」
想太が言うと、美弥は即座に反論した。
「失礼な。私はいつだって素直ですー。ただ今日は……なんていうか……」
言葉を探すように、少しだけ間を置く。
「……安心しちゃった、って感じ?」
そのまま、美弥は隣にいたはるなの足元へ、するりと体を横たえた。
「はるなさんの冷たさで癒されたい〜。なんか、ひんやりしてそうだし……」
「……性格も冷たいだろって言うと、殴られるんだよな?」
想太のつぶやきに、はるなが小さく笑った。
「正解。よくわかってきたじゃない」
「こわっ」
「でもさ」
美弥は噴水の音を聞きながら、ぽつりと言った。
「さっきまで、あんな重たい話してたのに……こうして座ってると、ほんと普通だよね」
「……普通、っていいよね」
想太が静かに返す。
「久遠野にいるとさ、いつも“役割”とか“立場”とか、無意識に考えてた気がする」
美弥は夕日に照らされた空を見上げながら呟いた。はるなはその言葉に、ゆっくりとうなずいた。
「うん。ここでは……ただ座ってるだけで、許されてる感じがする」
噴水の水音が、一定のリズムで続いていた。夕暮れの光が、水面に反射して揺れている。
少し離れた場所で、隼人と要が並んで腰を下ろしていた。
「……この公園、昔から変わってないな」
隼人が言うと、要は懐かしそうに目を細めた。
「うん。噴水も、木の配置も。夏になると、決まってここで遊んでた」
「兄さん、覚えてる?」
「覚えてるよ」
隼人は小さく笑った。
「帰りにアイス買ってもらってさ。溶けるの早くて、いつも急いで食べてた」
「……今でも、あの売店、やってるよ」
「ほんとか?」
「たぶん、味も変わってない」
一瞬の沈黙のあと、隼人は静かに目を閉じた。
「……ありがとう」
そのひとことは、風に溶けるほど小さな声だった。
公園の中では、それぞれが思い思いの時間を過ごしていた。誰かと話す者、ただ水音を聞く者、空を見上げる者。
はるなは足元の水にそっと手を伸ばし、指先に落ちる夕日の光を、じっと眺めていた。
そして、ぽつりと呟く。
「なんか……帰りたくなくなっちゃったな」
美弥が、寝転んだまま片目を開ける。
「それ、わかる。ここにいると、答えを急がなくていい気がする」
「……人より先に、AIに安心してるって……変かな……」
はるなの問いに、誰もすぐには答えなかった。でも、その沈黙は否定ではなかった。
「変じゃないと思うよ」
想太が、少し間を置いて言った。
「だって、ここではちゃんと“見てくれてる”感じがする」
噴水のそばの街角AIが、何も言わずに立っている。ただそこに在るだけで、十分だった。
空は赤と金のグラデーションを描いていた。人工光の少ないこの街では、夕日はまっすぐに肌を刺すようだったけれど、その光の中で、水の音と、誰かの笑い声だけが、やわらかく響いていた。
——僕たちはいつだって思い出すんだ。ノーザンダストで戯れた、この日に帰りたいって——




