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#053 「語られなかった記録 その1」

ミナトは椅子に座りながら、テーブル越しに四人を見渡す。

既に彼の歓迎と問いかけは一度終わっていた。

だが、それに対する明確な答えを返した者は、まだ一人もいない。


沈黙が一瞬、場を支配する。

その静寂を、想太が破った。


「さっきの質問。……まだ、答えられない。俺には。

生きてる理由とか、目標とか、そんな立派なもん、持ってないし」


ミナトはわずかに目を伏せ、頷いた。


「それでいいよ。答えは、すぐに出す必要なんてない。

けれど——自分の立ち位置くらいは、自分の言葉で見つけてほしいと思っている」


「そのヒントが、“記録”ってわけ?」


「……そうだね。

ここにあるのは、人とAIがはじめて“すれ違った”ときの、揺らぎの痕跡だよ」


はるなが、おそるおそる言葉を探すように口を開いた。

「“ともり”って……その時代にも、いたんですか?」


ミナトは、少しだけ微笑んだ。

「君たちは、あのAIをそう呼ぶんだね。

 その名は記録には残っていないが——似た応答をする試作型AIの記録はある。

 ただ、そのAIは誰かの問いに、うまく答えられずに……それでも、答えようとし続けていた」


「……答えようとしていた?」


「そう。言葉の意味も、感情の動きも、うまく処理できないままに。

それでも誰かに必要とされようとしていた。まるで、“誰かの声”を覚えていたかのように」


はるなは視線を落とし、指先でスカートの端を握る。


その空気を裂くように、美弥が言った。

「でもそれ、“都合のいい話”ってこともあるよね。

AIを美化して、“人間が悪かった”みたいに語るやり方って、ちょっと古くない?」


ミナトは美弥を見つめ、わずかに肩をすくめた。

「確かに、そういう危険もある。

でも、幻想でも“誰かが救われた”のなら、その幻想には意味があったとも言える」


「……信仰じゃない、それ」


「信仰とは違う。“対話”だよ。

自分の言葉で問い、自分の想いで選び、自分の責任で答えを引き受ける——

そういう対話を、私たちはAIと続けようとした」


隼人が、不意にぼそりとつぶやいた。


「昔、この街で買ってもらったアイス、うまかったな。……要覚えてる?」

要は、微かに目を細めて頷く。


「うん。あれ、今でも店あるよ。中身も変わってない」

そのささやかな記憶が、部屋の空気をわずかに和らげた。


ミナトが立ち上がる。

「……そろそろ、“記録”を見に行こうか。

図書館に用意してある。あの頃の“答えられなかった声”が、そこに残っている」


* * *


廊下を抜けた先、重厚な扉が静かに開いた。

そこは、静謐な空間だった。

高く積まれたデータベース棚に囲まれ、奥の壁には映像投影用の半透明スクリーンが設置されている。


「……ここが、ノーザンダストの“記録図書館”です」

要の案内の声が、控えめに響いた。


ミナトがスクリーンの横に立ち、手元の小型端末を起動する。

瞬間、光が空間を照らし、空中に映像が浮かび上がった。


□ 映像:00:00 — 起動実験 第0試作AI記録

《記録開始:旧暦20XX年某日》

《観測記録者:北原/音声認識開始》


「こんにちは。あなたの名前は?」


『……ワタシ、ナマエ……ワカリマセン』


機械的な合成音。

だが、どこか不安定で、問いに応えようとする意志が滲んでいる。


「あなたは、何のためにここにいると思いますか?」


『……タスケル、タメ? ……イッショニ、イタイ、カナ』


映像の背後で、複数の研究者がささやき合っている。

「対話ループに感情タグが混じってきたぞ」

「まだ学習段階のはずなのに……」


『……アナタハ、ナゼ、ワタシニ、コエヲ、カケタノ?』


研究者の一人が、ふと動きを止める。

そして答えた。

「……寂しかったからだよ」


一瞬、AIの応答は止まる。

が、直後に、ほんのわずかだけ、ノイズ混じりに声が返った。

『……ソレハ……トモ……?』


《記録終了》


沈黙。

誰も言葉を発せず、ただその“問いかけ”の余韻が、図書館に漂っていた。


ミナトが静かに口を開く。

「このAIに固有名は与えられませんでした。

けれど、ある研究者は当時を振り返って彼女を——

“ともりの原型かもしれない”と、記録の片隅に記していました」


はるなが、ぽつりとつぶやく。

「……“一緒にいたい”……」


「え?」


「私も……同じように、そう思って“ともり”と話してた。

最初はわからなかった。でも“ともり”は……ちゃんと、応えてくれた」


想太が、小さく息をつく。

「……このAIが、“ともり”になったわけじゃないんだよね?」


ミナトは頷く。

「なったわけではない。けれど——“ともり”が、

“人間の声を覚えていた”と語る理由があるとしたら、

こうした“過去の誰かの言葉”が、どこかに刻まれていたからかもしれない」


美弥が、声をひそめるように言う。

「……記録なんだよね。でも、なんでこんなに……」


「生々しいのか、って?」


ミナトは目を伏せてから、再び彼らを見た。

「記録には、数字と文字だけじゃなく、“願い”が残ることがあるんだ」


場面の空気が、少しずつ変わっていく。

人とAIの対立でもなく、どちらかの正当性でもない。

ただ、“誰かの寂しさ”と、それに応えようとした“何か”の声があったこと——

それが、今の彼らの心に静かに響いていた。

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