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#052 「ノーザンダストへ その2」

 街の角を曲がると、風景が少しだけ開けた。緩やかな下り坂に、シャッターの下りた商店が並んでいる。ペンキの剥がれた看板には、「ホシノ商店」「フクヤ菓子店」といった、かすれた文字が残っていた。

 営業している店は、ほとんどない。それでも、ひとつの店先に並ぶ小さな植木鉢に、はるなは足を止めた。葉の表面には、きちんと水滴がついている。


「昔は、にぎやかだったんだろうな……」

 はるなが呟くと、要が短くうなずいた。


「ここの“ダストドーナツ”、覚えてる?」

 隼人がぽつりと笑う。

「あれ、兄貴の分まで勝手に食ってさ。めちゃくちゃ怒られたっけ」


 要は少しだけ顔をそむけたが、声は落ち着いていた。

「……今も、たまに食べるよ。たぶん、もう残ってないと思ってたけど」

 二人の間に、風が吹き抜ける。ほんの少しだけ、懐かしい香りを運んでいった。

 夕方の街には、どこからか煮魚の匂いが漂っていた。味噌や出汁のやさしい香りが混ざり合い、はるなの心をくすぐる。久遠野の規格的な食事にはない、誰かの“生活の匂い”だった。


 そのとき、通りの向こうから子どもの笑い声が響いた。小さな男の子が、壊れかけた掲示板の裏に隠れ、落書きをしている。

 すぐ近くのスピーカーから、柔らかな声が聞こえた。

「それは、あまりおすすめできませんよ」

 子どもはびくっとしてから、くすっと笑い、走り出す。AIはその背中を見送るように、続けた。

「気をつけて帰るんだよ」

 はるなは、思わず足を止めた。何気ない言葉なのに、心にすっと染み込んでくる温度があった。

「この街では、AIは叱るんじゃなくて……“見守る”んだな」

 想太の言葉に、要が答える。

「そのほうが、長く一緒にいられるから」


 道の先に、灰色の建物が見えてきた。装飾のない外壁とガラス扉。その奥には、整然とした空間が広がっている。


 要が足を止め、振り返った。

「——ここで、会ってもらいたい人がいる」


 一歩進むと、扉の奥から一人の男が現れた。

 落ち着いた表情。深く刻まれた眼差し。シンプルなジャケットに機能的なパンツ。その所作には、どこか“礼”という言葉が漂っている。

「ようこそ。遠いところを、わざわざありがとう」

 穏やかな声でそう言い、男は深く一礼した。

 それが、ミナトだった。


 はるなは、思わず息をのむ。“ともり”とはまったく違う。けれど、どこか似ている。——この人もまた、“誰かと共にある”という在り方を、選んできた人なのかもしれない。


「君たちは本当に、君たちが望んだ人生や目標で、今、生きているか?」

 ミナトは穏やかなまま、しかしまっすぐに問いを投げかけてきた。

 その言葉に、はるなは胸の奥を刺されたような気がした。想太は静かに目を伏せる。美弥は、探るような視線でミナトを見つめていた。


「この街ではね、AIは人の上にも、下にもいない」

 ミナトの声は続く。

「人と並んで、考える。——それが、ここで生きてきた“答え”なんだ」

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