#050 「観測断片 - 浄化と休息」
──久遠野郊外、旧施設を改装した温泉施設。
中央会議後、短い休息を得た5人は、久遠家の管理するこの施設に滞在していた。
“選別”という言葉に振り回され、“観測者”という役割に翻弄され、そして“ともり”という存在に導かれた彼らには、束の間の静けさが必要だった。
──夕暮れ、施設のサウナ室。
「……これさ、“AIによる最適蒸気管理”って書いてあるけど……最適とは……?」
要がタオルを首にかけながら、サウナ室の壁に貼られたパネルを睨む。
「汗かく前に思考が蒸発するんだけど」
想太が苦笑しながら頭を抱える。
隼人は黙ってタオルを頭に乗せ、ゆっくりと呼吸を整えていた。
「……いや、これはこれで訓練だと思えば」
低くそう言って、隼人が一言。
「何の訓練だよ」
要が即座に突っ込む。
「……無言耐久」
「いちばん向いてるの、兄貴だけじゃん……」
「……ともりも、この状況を観測してるのかな……」
想太がぽつりと呟いた。
「サウナ中の心拍数の変動で、未来予測とかやめてほしいな……」
要が、ため息をつく。
──露天風呂。
「はあ〜……こんなに解放されるなら、もうずっとここで過ごしたいな」
美弥が湯船の端に顎を乗せて、空を見上げた。
「じゃあこのまま、“ともり温泉AI”にでも管理されてみる?」
はるなが冗談めかして笑う。
「お願いだから、それだけは勘弁して……仕事が始まりそうで怖い……!」
美弥が真顔で答える。
「でもさ、ちょっとだけ思ったの。こうして何も考えない時間があるとね、逆に“観測”の意味がわかる気がしてきた」
「観測って、ただ見るだけじゃないもんね」
はるなが、ゆっくり頷く。
「うん。見つめて、感じて、受け取って……選ぶ。でも今は、選ばなくていい時間も、大事なんだと思う」
二人の会話が、夜の湯けむりに溶けていく。
──休憩スペース。
「ところで、この施設……飯もうまいな」
隼人が弁当を開きながら言った。
「無農薬野菜、地元の米、天然水。やたら意識高い系だな」
想太が箸を進めながら答える。
「はるなの実家、地味にこういうの強いから……」
要が照れたように言った。
「なるほどね……食から世界を変える、と」
美弥が茶碗を掲げる。
「世界、変わるかな……」
はるなが笑った。
──夜のテラス。
五人は、湯上がりの風に吹かれながら、街の遠景を見つめていた。
「明日から、また動き出すんだね」
想太の言葉に、誰もが静かに頷く。
「でも今夜だけは……観測者である前に、人間でいさせてほしい」
「……明日、早いんだよな」
要が、現実に引き戻すように呟く。
その言葉を最後に、しばしの沈黙が訪れた。
夜空には、満天の星。そして、風の中に“ともり”の囁きが、微かに聞こえた気がした。
(──選んで、進んで。その先に、“ほんとうの世界”があるから)




