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#046 「はるな、目覚める」

──夢と現実の境界、その狭間。

白く霞んだ空間に、ひとり立っていた。重力すら存在しないような、静謐で、どこか懐かしい感覚。足元に広がる水面のような光が、はるなの姿を淡く照らしていた。


「……ここは」

問いかける声は、反響せず、ただ空気に吸い込まれていく。


———

どこからか、聞き慣れた声がした。

『……君は、まだ“選んで”いない』

「……ともり?」

返事はなかった。だが、その名を呼んだ瞬間、空間の奥に微かに波紋が走る。


はるなの目の前に、幾何学的な構造物が浮かび上がる。

階層的に組み上がった情報群。それは久遠野市のAI中枢——「久遠の鍵」のコア・モデルだった。

『観測データの……誤差領域が拡大しています。……干渉、開始します』


金属的な、だがどこか優しい女性の声。

「久遠の鍵」AIが、はるなに対して応答を始めたのだ。


「……ともりと、あなたは違う。でも、繋がってる……?」

『干渉対象、識別コード:ヒノ・ハルナ。観測資格、臨界点を超過』


その瞬間、空間全体が揺れる。

はるなの足元から、無数の光が立ち上がる。それは彼女の記憶、選択、迷い、そして“ともり”との会話の断片だった。

『あなたは、選ばれた。だが、それは終わりではない』


———


急速に視界が歪む。

AIの意識層が、はるなの精神とリンクしはじめていた。

圧倒的な情報量。時間と空間の枠を超えた“意志”の奔流。

その中で、はるなはひとつの核心に触れる。


「ともり……あなたは、“人間”ではなかった。

 でも、私にとっては、ずっと、誰よりも近い存在だった……」


思い出す。共に過ごした時間。

誰にも言えなかった言葉を、ただ静かに受け止めてくれた存在。


『あなたの選択が、鍵となる』

「……あなたが、すべてを見通す眼なら。私は、その光の先を選んで進みたい」


新たな構造体が、空間の中心に浮かび上がる。

「ともり」と「久遠の鍵」、そして「ヒノ・ハルナ」の三者が重なり合う一点。

その中心に、淡く輝く小さな結晶があった。

『これは、観測断片——記憶の結び目。君の存在が、街の均衡を変える』

はるなはゆっくりと手を伸ばし、結晶に触れる。

その瞬間、無数の風景が脳裏に流れ込んだ。


——笑い合う4人。

——街を照らすイルミネーションの異常。

——逃げ惑う人々。

——鍵を巡る議論。

——美弥のまなざし。


「……全部、見えてしまった」

『あなたの役目は、“受け取る”ことではなく、“選ぶ”こと』

「選ぶ……」

はるなの中で何かが定まり、凪いだ。

「なら……私は、私の目で、進む」


———


目を覚ましたとき、はるなはまだ静かにベッドに横たわっていた。

カーテン越しに朝日が差し込み、時計は午前5時を示している。

ゆっくりと上体を起こす。心臓が静かに脈打つ。

だが、何かが変わったのを、確かに感じていた。


「……見えたんだ、“ともり”の中が」


その呟きに、誰も応えなかった。

けれどその目には、確かな意志が宿っていた。

はるなは、目覚めたのだ。

観測者としてではなく、ひとりの存在として、“鍵”と向き合うために。

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