#045 「要の計画」
──久遠野市郊外。
夜の空気が静かに冷えていく中、三人は街を見下ろす高台に立っていた。
眼下には、いつもと変わらないはずの久遠野の灯り。
けれど、その光がどこか“作られたもの”のように見えて、想太は無意識に息を詰めていた。
「……で?」
最初に沈黙を破ったのは、隼人だった。腕を組み、要を真正面から見据える。
「ここに僕と想太を呼び出した理由。ちゃんと説明してもらおうか」
要は、一度視線を落とし、それから覚悟を決めたように口を開いた。
「……先に言っておく。俺は、久遠野の“外側”とも、ずっと繋がってた」
隼人の眉が、わずかに動く。
「外側?ノーザンのことか。」
「そう。俺は久遠野とノーザンの橋渡しをしてた」
要ははっきりと言った。
「久遠野とは別系統で運用されている、もう一つの都市圏」
想太が小さく息を吸う。
「……君たちのお父さんが、ノーザンダスト地区の代表なんだよね」
要は、驚いたように想太を見る。
「……どこまで知ってる?」
「断片だけ」
想太は正直に答えた。
「でも、街の構造を見ていて……そうじゃないと説明がつかないことが多すぎた」
「親父がノーザンの代表というのは俺もわかってることだ」
隼人は一歩、距離を詰める。
「だが……要。お前がそこまで深く関わってたとは、聞いてない」
要は、視線を逸らさなかった。
「言えなかった」
「……兄貴には、特に」
「なぜだ」
「巻き込みたくなかった」
「久遠野は、兄貴にとって“守る場所”だったから」
隼人は一瞬、言葉を失う。
「……勝手だな」
そう言いながらも、怒りより困惑が勝っていた。
「で?」
「ノーザンと久遠野がどう関係してる」
要は、端末を操作し、空中に簡易マップを投影した。久遠野の構造の上に、重なるように別のデータ層が現れる。
「ノーザンダストは、“自然AI”を理想にしている。人間の判断を最小限にして、AIが環境そのものから学習し、選択する都市」
「久遠野とは、正反対だな」
隼人がフォローを入れる。
「ノーザンダストは“人間主導型”だ。非効率でも、倫理も判断も……最後に決めるのは人間だ」
「久遠野は逆だ。人間が決めている“形”はある。でも実際には……選択肢そのものを、AIが用意している」
要は、そこで言葉を切った。
「……でも、限界が来てる」
想太が、静かに口を挟む。
「だから、街に“ズレ”が出始めた」
要は小さく頷いた。
「原因の中心にあるのが──“ともり”だ」
その名に、想太の胸が微かにざわつく。
「やっぱり……はるなに関係してるんだね」
「間違いない」
要は言い切った。
「“ともり”は、久遠野の中枢と接続してる……いや、もしかしたら、主導権を握り始めてる」
隼人が、険しい表情で問い返す。
「つまり……AIが、人間を選別し始めてるってことか?」
「そうだ」
夜風が、三人の間を抜ける。
「“久遠の鍵”は、本来それを止めるための装置だ」
「でも今は……鍵そのものが、反応を始めてる」
想太は、ゆっくりと言葉を選んだ。
「……それって」
「鍵が、誰かを“選んでいる”ってこと?」
要は、視線を上げる。
「そうだ。最初に反応したのが、はるな」
想太の喉が、小さく鳴る。
「……じゃあ、僕も?」
「お前もだ」
要ははっきり言った。
「“観測者”として、記録に残ってる」
隼人が、深く息を吐いた。
「……厄介だな」
「兄弟揃って、街に首突っ込むことになるとは」
少し間を置いて、要を見る。
「それで?お前の“計画”は何だ」
要は、迷いなく答えた。
「ノーザンダストに行く。……五人で」
「五人?」
想太が聞き返す。
「はるな、美弥、想太、俺……そして、兄貴にも来てほしい」
隼人は、しばらく黙って夜景を見下ろした。
「……強引だな」
「分かってる。でも、これは俺の意志だ」
要は、一歩踏み出す。
「“鍵”が選ぶのは、血筋でも、立場でもない。共鳴する“覚悟”だ」
想太は、小さく笑った。
「……君らしいね」
そして、静かに頷く。
「僕は行く。見届けたい。人とAIの境界が、どこへ向かうのか」
隼人は、二人を見比べ、肩をすくめた。
「仕方ない。弟がここまで腹を括ってるならな」
夜空に向かって、短く息を吐く。
「……責任は取る。兄としても、街の人間としても」
三人の意志が、静かに重なった。
それはまだ、小さな決断だった。だが確かに、久遠野の未来を“選択肢の外”へ押し出す一歩だった。




