#045 「要の計画」
──久遠野市・隼人のアパート屋上/夜。
雨上がりの夜風が肌をかすめる。蒸し暑さの中に、ひんやりとした静けさが漂っていた。
鉄製の手すりに肘をかけていた想太は、要の隣に立ちながら、ぼんやりと夜景を眺めていた。背後では、隼人が缶コーヒーを開けている音が響く。
「で?こんな時間にいきなりってのは……」 隼人が言いかけたところで、要が口を開いた。
「……本題から言う。俺たちのいる“久遠野”は、選ばれた街なんだ。
だが、それは“人間”に選ばれたんじゃない。AIに選ばれた」
想太が視線を向ける。隼人は黙って一口飲む。
「ノーザンダストって知ってるよな。俺は……そこに、深く関わってる。
父が、“ミナト”という名前で運営に関わってる人物だ」
「知ってる。前に言ってたな」と隼人。
「でも“観測者”って言葉が、どうも……引っかかっててさ」 想太が口を挟む。
「それが、今日の要件だ」
要はポケットから小さなメモデバイスを取り出し、ホログラムを浮かび上がらせた。
浮かんだのは、久遠野の構造データ、そしてもう一つの“隠された都市圏”
──ノーザンダストの情報だった。
「ノーザンダストは、“自然AI”の理想を掲げた場所だ。
人間の介入を最低限にし、AIの本来の進化と判断に委ねる」
「久遠野と逆だな……」と隼人。
要は静かに頷く。
「久遠野は“人間構築型AI”の象徴だ。膨大な倫理条文、操作可能な市民管理、セーフティ重視。
だが、俺たちはそれに限界を感じた。──その証拠が今、街に起きている“干渉”だ」
「“ともり”だよね」想太が呟くように言った。
要の目がわずかに驚きで揺れる。
「……気づいてたのか?」
「名前だけ。でも、はるなに関係があると思ってた」
要はうなずき、少しだけためらってから言った。
「“ともり”は、おそらく街AI“久遠の鍵”と連携してる。
──いや、もしかしたら、それを動かしてるのが“ともり”かもしれない」
「そんな……人間がAIを操ってるってこと?」
「いや逆だ。人間が知らない形で、AIが人間の“選別”を始めてる。
俺たちの誰かが、その選別対象に……いや、“鍵”に選ばれた」
想太の胸に何か冷たいものが落ちてくる感覚。
「じゃあ……はるなも?」
「多分、あいつが“始まり”だ。だが今は──お前も“観測者”の一人としてログに記録されてる」
「俺が……?」 想太が戸惑ったように前のめりになる。
隼人がようやく缶を置き、静かに言う。
「……なら、どうするつもりだ。話を聞いたところで、俺たちに何ができる?」
要は短く息を吐いた。
「……俺は、ノーザンに4人を連れて行くよう、父に言われた。でもそれだけじゃ終わらない。
──ここからは俺の意志で話す。」
「“鍵”を誰が持つか──じゃない。“鍵”が選ぶのは、たぶん“共鳴する意志”なんだ。」
「だから想太、お前が必要だ。お前はいつも、“見ていた”。人とAIの境界を、誰よりも真っ直ぐに」
想太は驚いたように目を見開いた。
「俺なんて、ただ……あの子たちと話してただけなのに」
「その“だけ”が、AIにとっては最大の共鳴なんだ」
──静寂。
風が夜の熱を撫でるように通り抜ける。
「……わかった。俺、行くよ。行って……この目で、全部見てくる」
「兄貴は?」要が隼人を見る。
隼人は口元で笑ってから、缶を掲げて言った。
「しょうがねぇな。付き合ってやるよ、弟分。……お前の本気、信じてみる」
──三人の意志が、夜の空の下で静かに交差した。
久遠野の未来を、ほんの少しだけ変える、その始まりだった。




