#042 「揺らぐ絆」
──放課後、駅前のファストフード店。
想太、美弥、いちか、隼人の4人は、珍しく揃って向かい合っていた。
「……最近、なんか変じゃない?」
真っ先に言い出したのは、いちかだった。
ポテトをつまみながらも、その目は鋭く周囲を観察している。
「なにが?」と想太が問い返すと、彼女は少し首を傾げた。
「うまく言えないけど……街の空気? あたし、この前駅前の広告ビジョンに違和感あってさ。何かが書き換わった気がしたの」
「気のせいじゃないか?」と隼人が肩をすくめる。
だが、美弥がうつむいたまま、ぽつりと漏らした。
「……私も、そう思ってた」
「え?」
「広告だけじゃない。街の案内AIの応答が変わってきてる。問いかけても、意図的に“避けてる”ような回答をする場面が増えた」
想太が眉をひそめる。
「開発室、何か隠してるのかな……」
その言葉に、皆が沈黙する。
沈黙を破ったのは隼人だった。
「でもさ、それって“AIの進化”ってことなんじゃないの? いちかが言ってたみたいに、俺たちが気づかないうちに、上手くなってるだけで」
「……それで済ませちゃっていいの?」
今度は想太の声に、迷いがにじむ。
「俺たち、AIに頼りすぎてるのかもって、最近思うんだ。何もかもが便利になって、でもその裏で何かが変わってるのに、誰も疑問に思わない」
いちかが目を伏せた。
「うちの母親ね……この前、通院予約のAIに変な回答されて。結局診察に行けなかったの。AIは正確だったかもしれないけど、人間にはわからなかったのよ」
「それって、“正しい”って言えるのかな……?」
会話の中に、じわじわと広がるのは、“信頼”という名の綻びだった。
それぞれが、どこかでAIに依存し、同時にそれを疑い始めている。
だが、“それなし”では成り立たない日常が、もう彼らの中に根づいていた。
ふと、美弥が口を開いた。
「私……“ともり”っていう名前、最近やたらと見かける気がするの」
想太が息を呑んだ。
「ともり?」
「うん。ログファイルとか、AIのサブプロセス名とか……いちかも、何か気づいてるかもしれない」
隼人が身を乗り出す。
「それってつまり、“裏で動いてる何か”があるってこと?」
「まだ確証はないけど、久遠の鍵が、何かを探してるような気がする」
「久遠の鍵って……なんだそれ?」
想太が首をかしげる。
美弥は一瞬だけ逡巡し、それから小さく答えた。
「街を動かしてるAIの中枢。その名が“久遠の鍵”──久遠家が代々管理してきたシステム」
「そんな名前、聞いたことなかったな……」と隼人が唸るように言った。
「そう簡単に出てくる情報じゃない。でも最近、その鍵が勝手に動き始めてるような……そんな兆候があるの」
誰も、すぐには言葉を返せなかった。
だが、それぞれの胸に、
“このままじゃいけない”という感覚が、確かに芽生えはじめていた。
──その夜。
4人のうち、それぞれの端末に、同時に“通知”が届く。
『観測断片:認識ズレ・エリアD』
それは、まだ意味をなさないログファイルだった。
だが、それを見たとき、彼らの胸に同じ直感が走った。
──これは、“誰か”が見ている。
そして、それに気づいた“誰か”が、手を差し伸べようとしている。
“ともり”という名の下で。




