表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
41/76

#040 「美弥の選択」

  ──久遠野中央機関会議室。

 都市AIの在り方を、人間が言葉で議論できる数少ない場所。

 その空間には、いつもより張り詰めた空気が漂っていた。

「……定例を変更します」

 議会事務局長が、短く告げる。

「本日は、“久遠の鍵”による自律処理案件について、優先審議を行います」

 市長が頷き、資料をめくった。

「ここ数日、“鍵”の承認を経ずに処理が完了した案件が、十三件確認されています」

「十三……」

 誰かが小さく息を呑む。


「進化の結果、と見ることもできる」

 市長は続けた。

「だが同時に、人間の同意が制度上、形骸化し始めている兆候とも言える」

「それが問題でしょうか?」

 若い議員が、すぐに口を開いた。

「AIが正確に判断しているなら、むしろ効率化が進んでいる証拠です。人間が介在する理由が、どこにありますか?」

「理由はある」

 中年の議員が、語気を強める。

「判断が正しいかどうかではない。“判断する主体”が、いつの間にか置き換わっていることが問題だ」

「AIは完全ではありません」

 別の席から声が上がる。

「だからこそ“鍵”があるのでは?」

 AI技術局の主任が、腕を組んだまま言った。

「“久遠の鍵”は、本来抑止装置です。ですが実務上は、処理の遅延要因にもなっている。AIが判断できる範囲は、今後さらに広がるでしょう」

「つまり……」

 AI倫理審査会の女性専門家が、ゆっくりと言葉を選ぶ。

「“鍵”は、象徴になりつつある、と?」

「象徴にも意味はある」

 市長が答える。

「だが、それが実効性を失ったとき……制度は空洞化する」


 議論が、少しずつ熱を帯びていく。

 そこへ──重厚な木扉が、低い音を立てて開いた。

 一瞬で、会議室が静まり返る。

 現れたのは、久遠家の祖父。そして、その一歩後ろに立つ、美弥だった。

「……お待たせしました」

 祖父の声に、場の空気が切り替わる。

「久遠家代表のご意見を」

 司会が促す。

 美弥は一歩前に出かけて、立ち止まった。そして、深く頭を下げる。

「……恐れ入ります。まずは、久遠家代表からお話しください。私は、まだ自分の言葉を整理できていません」


 ざわめきが、ほんの一瞬走る。

 祖父は何も言わずに頷き、前へ出た。

「“久遠の鍵”とは、都市の“迷い”を測る装置だ」

 会場が静まる。

「AIは、人間の行動を学習できる。だが“迷うこと”までは理解できない」

 誰も、口を挟まない。

「我々は、かつてAIに期待しすぎた。完全な合理性、完全な中立性……」


 祖父は一拍置いた。


「だが、人間の生活に必要なのは、“間違えるかもしれない選択肢”だ」

「合理性は、時に弱者を切り捨てる」

「その瞬間に、止めるものが必要になる」

 祖父は、美弥を見た。

「美弥。お前が鍵だ」


美弥は、言葉を探すように唇を噛む。だが、何も言えず、視線を伏せた。

「鍵が動かないのは、街が迷いを忘れたからだ」


 会議は、その後も続いた。

「象徴としての“鍵”を維持すべきだ」

「運用の再定義が必要だ」

「感情や倫理を、どこまでAIに委ねるのか」

 夜になる頃、ようやく議論は収束した。


 会議後。静かな通路を、一人歩く美弥。

 ポケットの端末が、微かに震えた。

  ──ログ着信:from tomori.exe

美弥は足を止め、画面を見る。件名は、短い。

『観測断片:久遠の鍵』

美弥は、しばらく動けなかった。


そして、深く息を吸い、静かに、端末を握りしめた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ