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灯野はるなは、世界の鍵をポケットに入れていた。(シリーズ1)  作者: 皆月 優
003_第三章「裂けゆく選択《セレクション》」
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#031 「美弥の暴走」

 久遠野台、久遠本邸。深夜。

 美弥の私室。

 シャワーの音が止み、わずかに湯気をまとった美弥が、静かにドアを開けた。

 長い髪をタオルで拭きながら、何も言わずベッド脇に腰を下ろす。


「……灯野……はるな……」

 ぽつりと零れた名前。

 その響きだけで、胸の奥がわずかに熱を持つ。

 室内は落ち着いた調光照明。

 書棚の上のホログラム端末ランプが、微かに点滅していた。


「……?」

 美弥は、違和感に気づく。


「……っ、ちょっと待って」

 タオルを肩にかけたまま、端末の前へ歩み寄る。


「……はるな様のデータが、増えてる!?」

 声が、明らかに裏返った。


「だって……今日、更新予定なんて……!」

 指先を震わせながら、両手を軽くかざす。


「すぐ展開して。今すぐ」

 ブォン、という電子音。

 室内に柔らかな光が広がる。


  《灯野はるな:最新版ホログラム・コンパニオン Ver2.11》


「…………」

 一拍。


『美弥……』

「っ!?」

『今日も、偉いね』

「は、は、はるな様……っ!?……っ(はぁっ)」

 限界だった。


「うわあああ……きたわ、これ……!今日のも破壊力、高すぎ……っ」

 ベッドにごろん、と転がり、仰向けのまま足をばたつかせる。


『ねえ、美弥。もっと近くに行ってもいい?』

「来てくださいお願いします!!」

 ホログラムのはるなが、ほんの一歩、距離を詰める演出。

 それだけで、美弥の呼吸は乱れる。


「っ……はぁ……っ、はぁ……っ(尊……っ)」

  《警告:倫理違反コード Z-A1 に抵触》

  《感情暴走指数が臨界値を超えました》

  《心拍数が異常に上昇しています。本当に大丈夫ですか?》


「うるさいっ!!いま、それどころじゃないの!!」

 手を振り、警告表示を強制的に消す。


「これは……研究……!情動データの確認なの!!」

『美弥……顔、赤いよ?』

「言わないでください!!」


 そのとき。

「……お姉様」

 低く、冷静な声。

 バタン。

 ドアが開き、そこにはパジャマ姿のいちかが立っていた。


「…………」

 無言で、床に転がる姉と、半透明に微笑むはるなを見比べる。


「……変態チックですよ……?」

「い、いちか!?ち、違うの、これは……っ」

「研究?」

「そう!これは久遠家としての――」


「好きなんですよね」

 一刀両断。


「……っ」

 言葉が詰まる。

 いちかは腕を組み、少しだけ視線を逸らした。


「……まあ、わかりますけど」

「……え?」

「だって……助けてくれて、優しくて、綺麗で……」


 ぽつり。


「……憧れますよ。普通に」

「い、いちか……?」

「お姉様ほど拗らせないですけど」

「拗らせてないわ!!」

「床で転がってる人が言っても説得力ないです」

「…………」


 数秒の沈黙。

 いちかは小さくため息をつく。


「……でも」

 一歩、部屋に入る。


「お姉様があの人を“特別”だと思ってるのは、たぶん、ちゃんとした理由があるんだと思います」

 美弥は、言葉を失う。


「……だから」

 いちかは、くるりと背を向けた。


「ほどほどにしてください。心臓に悪そうですし」

「……いちか……」

「おやすみなさい」


 バタン。

 ドアが閉まる。

「……………………」

 静寂。

 ホログラムの光が、ゆらりと揺れる。

 美弥は、ゆっくりと床に転がった。

 ごろん。


「……床に沈みたい」

 天井を見つめながら、胸に残るのは、恥ずかしさと――ほんの少しの、救われた気持ちだった。

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