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灯野はるなは、世界の鍵をポケットに入れていた。(シリーズ1)  作者: 皆月 優
003_第三章「裂けゆく選択《セレクション》」
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#029 「要の告白」

 放課後。

 図書館の裏手、静かな緑の休憩スペース。

 いつもなら人の気配のないベンチに、想太はひとり腰を下ろしていた。


「……来てくれてありがとうございます、成瀬先輩」

 声をかけられ、顔を上げる。

 立っていたのは、隼人の弟――要だった。


「……君が、要くん?」

「はい。兄からは、あまり詳しく聞いていないかもしれませんけど」

 要は軽く会釈し、想太の様子をうかがってから、少し距離を保って腰を下ろす。

 年下らしい丁寧さ。

 けれど、その視線には落ち着きがありすぎた。


「急に呼び出してしまって、すみません。どうしても、一度お話ししておきたくて」

「兄さんには……?」

「内緒です。というより、今はまだ言わない方がいいと思って」


  (言わない方がいい……?)


 想太は、わずかに身構えた。


「ねえ、成瀬先輩。最近、街で……ちょっと変だな、って思うことありませんか?」

「変……?」

「はい。AIの声が、妙に柔らかかったり。ホログラムが、ほんの一瞬だけズレたり」

 要は、問い詰めるでもなく、確認するような口調で続ける。


 その目が、想太を正面から捉えた。

 冗談めいた雰囲気が、ほんの一瞬だけ消える。


  ――どこかで見たことのある表情。

  美弥が、公的な場で感情を伏せるときの顔。


「……先輩。もしかしたら、先輩は“観測の対象”になっているのかもしれません」

「……観測?」

「星とかじゃないですよ」


 要はすぐに首を振り、柔らかく笑った。

「ただ……普通の人より、少しだけ“引っかかりやすい”というか」

「……」

「灯野はるなさんも、たぶん同じです」


 想太は息を呑んだ。

 違う。

 そんな大げさな話じゃない――

 そう思いたかった。

 けれど、最近の街の違和感が、頭の中で静かに重なっていく。

 そのときだった。

 ピッ、とスティック端末が小さく光る。


  《想太くん……いま、大丈夫かな?》


 はるなからの通信。

  (直……?)

 胸が跳ね、一瞬で顔が熱くなる。


「……すみません。少し、通話を」

「どうぞ。大事な連絡なら、なおさら」

 要はそう言って、一歩引いた位置へ移動した。

 想太はスティックに触れ、通話を受ける。


「……あ、うん。大丈夫だけど……どうしたの?」

 はるなの声は、少し硬い。

 けれど、それ以上に――

 自分の心が揺れていることを、想太は自覚してしまう。


  (灯野さん……)


 通話を終え、スティックをポケットに戻すと、要が静かにこちらを見ていた。


「……やっぱり、気になりますか」

「え?」

「いえ。先輩が、です」


 ふっと、意味ありげに笑う。


「無理に答えなくていいですよ。今日は、顔を合わせておきたかっただけなので」

 そう言って、要は立ち上がる。


「兄には、まだ話さないでください。あの人は……知ると、動いてしまう」

「……ああ」

 背を向けたまま、要は最後に、ぽつりと付け加えた。


「ノーザンから“真実”を聞く日も、いずれ来るとは思います。でも……今は、先輩が選ぶ必要はない」

 その言葉は、忠告のようでもあり、確信のようでもあった。

 要は振り返らず、静かにその場を去っていく。

 想太は、残されたベンチに座ったまま、ゆっくりと空を見上げた。


 誰かに、見られている。そんな感覚だけが、胸の奥に残っていた。

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