表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
灯野はるなは、世界の鍵をポケットに入れていた。(シリーズ1)  作者: 皆月 優
001_第一章「鍵はまだ、手の中にない」
3/76

#002 「新しい教室、すれ違う視線」

 朝の久遠野は、薄い春霞(はるがすみ)に包まれていた。

 風は静かで、街路樹の若葉が揺れる音さえ、どこか柔らかく聞こえる。

 想太は、昨日より少しだけ慣れた足取りで灯ヶ峰学園へ向かっていた。

 制服の襟元(えりもと)を整えながら、胸の奥に漂う“昨日の残り香”を追い払おうとする。


  (……初日って、あんなに疲れるんだな)


 緊張の連続だった。

 けれど、どこか胸の内にぽつりと残った“引っかかり”の正体は、まだ分からないままだった。

 校門のホログラムが光の粒を散らし、優しい声で迎える。


「本日もよろしくお願いいたします、成瀬想太さん」

 想太は自然と微笑み返した。


  (こういうの、ちょっと安心するな……)


 教室の窓から差し込む光が、机の天板に淡く反射していた。

 春の空気はまだ冷たいのに、陽射しには柔らかい温度がある。

 新学期のざわめきが、校舎の奥まで薄く広がっていた。


 想太は席に着き、軽く深呼吸した。

 周囲の話し声が耳に入るのに、自分だけ少し外にいるような感覚が抜けなかった。


「おはよう、成瀬くん。ちゃんと来られたみたいね」


 柔らかく澄んだ声に振り向く。

 美弥が上品に微笑んでいた。姿勢まで整っていて、いつ見ても“育ちの良さ”を感じる。


「あ……おはよう、久遠さん。うん、なんとか。まだ慣れないけど、昨日よりはちょっとマシかな」

「ふふ、緊張してるのが伝わってくるわよ。でも……その素直さ、私は好きよ」

「す、好き……?」

「冗談よ。でも、素直さって大事だと思うの」

 そう言って微笑む美弥の雰囲気に、想太の肩の力が少し抜けた。


「おはよー想太。あ、久遠さんもおはよう」

 能天気な声と共に隼人が手を振ってきた。


「おはようございます、天城くん」

「いやー、C組の朝ってもっと静かかと思ってたけど……なんか賑やかだな?」

「あなたが音量を上げているだけよ」

 美弥が淡々と突っ込む。


「えっ、俺!? いやいや、俺は控えめな男ですよ?」

「どの口が言っているのかしら」

「隼人なら……うん、控えめではないよな」

 想太も思わず同意してしまう。


「想太まで!? 今日の俺、味方少なくない?」

 三人の軽いやり取りに、教室の空気が少し温まる。


 そのとき、美弥がふと窓の外に視線を向けた。

 何かを見つけたとき特有の、わずかな目の動き。


「……あの子、いつもああして一人でいるのよ」

「え?」

 想太も同じ方向を見る。


 1年A組の窓際。朝の光に溶けるような、静かな後ろ姿。


「あ……あの子」

「この学校でも少し知られている子なの。美人だけれど、人とほとんど関わらないって」

「……そうなんだ」


 隼人が腕を組み、軽く顎をしゃくる。


「俺も何回か見たけど、マジで誰とも話してないな。目が合っても、すぐ逸らされるタイプっていうか」

「距離を置いているように見えるわね」

 美弥は少しだけ眉を寄せた。

「理由は分からないけれど……自分から閉じている感じがするの」


(自分から……か)


 想太の胸に、朝の“残り香”のようなざわつきが蘇る。


「成瀬くんは、どう思うの?」

 美弥が問いかけてくる。


「お、俺?」

 急に振られた想太は、正直に言った。


「なんか……放っておけない感じがする。寂しそうっていうのとも違うんだけど……“気になる”って言った方が近いのかも」

「気になるのかー、ほうほう」

 隼人がニヤニヤと肘でつついてくる。


「天城くん、無神経よ」

「すんません……!」


 叱られて(しぼ)む隼人に、想太は苦笑した。


「でも……あの子って、なんか怖がってるようにも見えるんだよな」

「怖がってる?」

 美弥が問い返す。


「うん。人が怖いって感じじゃなくて……世界と距離を置いてるっていうか……」


 自分でも理由は分からない。

 ただ、言葉にするとすっと胸に収まった。


「なるほどね」

 美弥は静かに頷いた。

「成瀬くんって……やっぱり人を見るのが上手いのね」

「え、そうかな……」

「少なくとも、私より早く気づいたもの」


 隼人も感心したように言う。


「想太って意外と観察力あるよな。こういうの、俺より得意じゃん」

「いや、たまたま……だよ。たぶん」


 そう返しながらも、(本当に“たまたま”なのか……?)

 胸の奥がひっそりとざわついていた。


 再び視線をA組へ向ける。

 はるなはこちらを見てはいない。

 けれど、なぜか“見られている気配”が胸の奥に残った。


  (……なんでだろう)


 答えはまだなかった。

 ただ、その違和感だけが確かに息をしていた。

やっと今日予定通りまで公開出来ました。

やっぱり始めたばかりですね。AI「ともり」とのやりとりも含めて校正に凄く時間がかかります。

でも楽しい!

読むのもアニメを見るのも大好きだけど書くって大変だけどこんなに楽しかったんだ。

今そんな感情が支配しています。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ