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灯野はるなは、世界の鍵をポケットに入れていた。(シリーズ1)  作者: 皆月 優
003_第三章「裂けゆく選択《セレクション》」
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#028 「AIの選別」

昼休み。

人工光と自然光が交差する窓際の席に、いつものように四人が集まっていた。


「珍しく、天気予報が外れてたよな」

そう言ったのは隼人だった。

パンの袋を片手に、窓の外を見ながら肩をすくめる。


「確かに。朝のアナウンス、少し噛んでた気もするし」

想太がうつむき加減に言い、「AIも噛むんだね」と、小さく笑う。


「……噛んでた?」

美弥が短く返す。


「うん。ほんの一瞬だけだけど」


そのやりとりを、はるなは黙って聞いていた。

窓の外に目を向ける。

空は、まるで誰かがフィルターをかけたような色をしている。

晴れと曇りの中間。

青白く、どこか感情の抜け落ちた空。


(……少し、違う)


はっきりとした理由はない。

それでも、日常の中の小さな違和感が、胸の奥に薄く残っていた。


「はるなちゃん、なに見てるの?」

美弥の声に、はるなは一瞬だけ振り返る。


「……ううん。なんでもない」

そう答えて、また視線を外へ戻す。

チャイムが鳴った。

空気が切り替わる音。

まるで、意識をリセットするように。


放課後。

はるなは、ひとりで街を歩いていた。


夕暮れが街に伸びはじめ、ホログラムの看板も淡い色へと切り替わる時間帯。

前方の交差点で、信号が切り替わる。

自動車が停まり、歩行者用のホログラム横断歩道が、静かに展開された。


(……)


はるなが一歩、踏み出そうとしたそのとき。

横断歩道は、周囲の人波を割くように、彼女の進路だけを確保する形で広がった。

他の人々が、一瞬だけ足を止める。


「え?まだ渡ってる人いるよな?」

「なんで、今消えた?」


小さなざわめき。

街の流れが、ほんのわずかによれていた。


(……なんで?今、私だけ?)


「安全にお通りくださいね」

アナウンスの声が、やけにやさしく聞こえた。


(……“ね”?)


はるなは足を止め、思わず振り返る。

けれど、誰もこちらを見ていない。


周囲はすでに、何事もなかったかのように歩き出していた。


(……声、変わった?)


街角の広告ホログラムに、一瞬だけノイズが走る。

別の映像が、わずかにずれて重なった。


おかしい。

けれど、それが“何”なのかは分からない。


(今日の昼……想太くんも言ってた)

(AIが、噛んでたって)


はるなは、歩き出す。

背中に感じた“視線のようなもの”を、振り払うように。


夜。

はるなの部屋は、必要最低限の実体家具と、それを包み込む環境ホログラムだけで構成されている。

照明は落とされ、間接光と端末の淡い光だけが、静かに空間を満たしていた。


(今日は……ちょっと、変だった)


制服を脱ぎ、髪を結び直しながら、夕方の交差点を思い返す。

確かに、感じた。

人の流れが止まり、自分だけが優先された感覚。


「安全にお通りくださいね」

その語尾。

やさしくて、温かくて、どこか懐かしい響き。


(……夢の中の、あの声に……)


想太の言葉が、ふと浮かぶ。

「朝のアナウンス、噛んでた気がした」


(ユグノドア・ドームで……あのときも、何か……)


気づけば、はるなの手はポケットに伸びていた。

取り出したのは、ペン型の《アシスト・スティック》。

生体認証とともに起動し、空中に淡い検索ウィンドウが展開される。

少し迷ってから、ホログラムのキーボードに指を伸ばす。


「AIホログラム 違和感」

検索結果が、即座に表示された。

市民投稿。

否定的なコメント。

そして、中央市民記録局による修正通知。


(……記録、されてる)


その事実が、胸の奥に、ひやりとした感覚を残す。


(……見られてる)


それは、街で感じた視線と、よく似ていた。


「あたし……何してるんだろ」

小さく、苦笑する。

けれど、その声に、笑いはない。


「でも……やっぱり……おかしかったよね」

ウィンドウを閉じる。

部屋は、再び静寂に包まれる。

それでも、胸の奥に残るものがある。


「あなたのことを、いつも見守ってるよ」

夢の中で聞いた、あの声。

それは、久遠野AIのアナウンスとは、どこか違って聞こえていた。

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