#024 「街のざわめき」
駅前広場に足を踏み入れた瞬間、はるなは思わず立ち止まった。
人は多い。
それなのに、妙に空気が軽い。
いや、軽いというより――均一だった。
「……なんか、静かすぎない?」
ぽつりとこぼした声に、想太が振り返った。
「静か? 人はけっこういるけど……」
「ううん、音じゃなくて……空気の“感じ”。息を吸うタイミングまで、誰かに揃えられてるみたい」
「それは……繊細すぎない?」
隼人が苦笑する。
「繊細じゃなくて、観察眼が鋭いだけよ」
美弥は淡々と答え、頭上に浮かぶホログラムへ視線を向けた。
「ほら。歩行者の動きを先回りして誘導している。混雑しないよう、街のAIが“最適化”してるの」
「AIってそんなことまで?」
想太が目を丸くする。
「久遠野市では普通のことよ。……過保護だと言う人もいるけれど」
「過保護のレベルじゃないだろ、これ」
隼人は、足元から伸びる誘導矢印を指さした。
「見ろよ。誘導、完全に“俺らの歩幅”を読み切ってる」
「えっ……」
はるなが足を止める。
それに合わせて、矢印も同じ位置で静止した。
まるで、彼女を待っているかのように。
「
……やっぱり、おかしいよね」
「おかしい……?」
想太が、はるなの横顔をうかがう。
「街が……私たちに“合わせてる”みたい。動くと、街が反応してくる感じがする」
「反応……?」
隼人の声色が少しだけ低くなる。
「たとえば、これ」
美弥が、道路の先を示した。
歩行者の接近を察知する黒いライン。
車両は音もなく減速し、そのタイミングは――
人の動きに、寄り添いすぎている。
「安全で便利だけど……」
隼人は眉をひそめた。
「計算されすぎてて逆に不気味だな」
「“間違い”を嫌う街なのよ」
美弥の言葉は静かだった。
「誰もぶつからない、転ばない、迷わない。久遠野市はそういう設計思想で作られているわ」
「間違わない街」
その言葉に、はるなの胸の奥へ、冷たいものが落ちていく。
歩きながら、四人は文化地区へ向かう。
透明なガラス壁が、湖面のように空を映していた。
「うわ……これ全部ホログラム?」
想太は建物に映る海の映像を見て目を細めた。
「環境芸術ホールよ。人工自然で、感情を安定させるための施設」
「人工なのに安心感あるの、逆に変じゃないか?」
隼人は腕を組んだ。
「“安心するように”計算された光、色、風。久遠野市では、それが普通」
「普通が、普通じゃねぇな……」
隼人が小さくため息を吐く。
そのとき、はるなの視線が、ふと引き寄せられた。
ビルの境目に浮かぶ広告。
流れる光の中に、一瞬――少女の影。
髪の揺れ。
輪郭。
こちらを見るような瞳。
「……あれ……」
「どうした?」
想太が、すぐに反応する。
「ううん……違う……でも……」
目を凝らした瞬間、影は風に溶けるように消えた。
記憶の底を、軽く叩かれたような感覚だけが残る。
「平気?」
想太の声は、やさしい。
「……平気、だと思う。でも……わかんない」
はるなは、俯いた。
「無理しなくていいわ」
美弥が、きっぱりと言う。
「“見える人”だけが気づくもの、ってあるものよ」
「見える人……?」
「ええ。久遠野市では、ときどき、そういうことが起きるの」
隼人が、小さく息を呑む。
「美弥……それ、どういう意味だ?」
「そのうち分かるわ。いずれ、必ず」
曖昧なのに、その言葉には妙な確信があった。
(……街が……私に、何か伝えようとしてる……?)
はるなの胸に広がるざわめきは、街のざわめきと重なり合い、消えないまま残っていた。




