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灯野はるなは、世界の鍵をポケットに入れていた。(シリーズ1)  作者: 皆月 優
003_第三章「裂けゆく選択《セレクション》」
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#024 「街のざわめき」

 駅前広場に足を踏み入れた瞬間、はるなは思わず立ち止まった。

 人は多い。

 それなのに、妙に空気が軽い。

 いや、軽いというより――均一だった。


「……なんか、静かすぎない?」

 ぽつりとこぼした声に、想太が振り返った。


「静か? 人はけっこういるけど……」

「ううん、音じゃなくて……空気の“感じ”。息を吸うタイミングまで、誰かに揃えられてるみたい」

「それは……繊細すぎない?」

 隼人が苦笑する。


「繊細じゃなくて、観察眼が鋭いだけよ」

 美弥は淡々と答え、頭上に浮かぶホログラムへ視線を向けた。


「ほら。歩行者の動きを先回りして誘導している。混雑しないよう、街のAIが“最適化”してるの」

「AIってそんなことまで?」

 想太が目を丸くする。


「久遠野市では普通のことよ。……過保護だと言う人もいるけれど」

「過保護のレベルじゃないだろ、これ」

 隼人は、足元から伸びる誘導矢印を指さした。


「見ろよ。誘導、完全に“俺らの歩幅”を読み切ってる」


「えっ……」

 はるなが足を止める。

 それに合わせて、矢印も同じ位置で静止した。

 まるで、彼女を待っているかのように。

……やっぱり、おかしいよね」

「おかしい……?」

 想太が、はるなの横顔をうかがう。


「街が……私たちに“合わせてる”みたい。動くと、街が反応してくる感じがする」

「反応……?」

 隼人の声色が少しだけ低くなる。


「たとえば、これ」

 美弥が、道路の先を示した。

 歩行者の接近を察知する黒いライン。

 車両は音もなく減速し、そのタイミングは――

 人の動きに、寄り添いすぎている。

「安全で便利だけど……」


 隼人は眉をひそめた。


「計算されすぎてて逆に不気味だな」

「“間違い”を嫌う街なのよ」


 美弥の言葉は静かだった。


「誰もぶつからない、転ばない、迷わない。久遠野市はそういう設計思想で作られているわ」

「間違わない街」


 その言葉に、はるなの胸の奥へ、冷たいものが落ちていく。

 歩きながら、四人は文化地区へ向かう。

 透明なガラス壁が、湖面のように空を映していた。


「うわ……これ全部ホログラム?」

 想太は建物に映る海の映像を見て目を細めた。


「環境芸術ホールよ。人工自然で、感情を安定させるための施設」

「人工なのに安心感あるの、逆に変じゃないか?」

 隼人は腕を組んだ。


「“安心するように”計算された光、色、風。久遠野市では、それが普通」

「普通が、普通じゃねぇな……」

隼人が小さくため息を吐く。


そのとき、はるなの視線が、ふと引き寄せられた。

ビルの境目に浮かぶ広告。

流れる光の中に、一瞬――少女の影。

髪の揺れ。

輪郭。

こちらを見るような瞳。


「……あれ……」

「どうした?」

想太が、すぐに反応する。


「ううん……違う……でも……」

目を凝らした瞬間、影は風に溶けるように消えた。

記憶の底を、軽く叩かれたような感覚だけが残る。


「平気?」

想太の声は、やさしい。

「……平気、だと思う。でも……わかんない」

はるなは、俯いた。


「無理しなくていいわ」

美弥が、きっぱりと言う。


「“見える人”だけが気づくもの、ってあるものよ」

「見える人……?」

「ええ。久遠野市では、ときどき、そういうことが起きるの」

隼人が、小さく息を呑む。


「美弥……それ、どういう意味だ?」

「そのうち分かるわ。いずれ、必ず」

曖昧なのに、その言葉には妙な確信があった。


  (……街が……私に、何か伝えようとしてる……?)


はるなの胸に広がるざわめきは、街のざわめきと重なり合い、消えないまま残っていた。

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