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灯野はるなは、世界の鍵をポケットに入れていた。(シリーズ1)  作者: 皆月 優
003_第三章「裂けゆく選択《セレクション》」
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#023 「要との再会」

 駅前広場の喧騒に、要の声が弾けた。


「兄貴ぃぃぃぃ!!」


 隼人は思わず顔をしかめる。


「声がでかいんだよ……!」

「いいじゃんいいじゃん!やっと一緒に街に出られるんだよ?兄貴と街ってだけで、テンション爆上がりでしょ!」

「お前、そんなキャラだったか……?」

「昔からだよ。兄貴の前だけは、ね」

 そう言って笑う要の目は、どこか――

 作られた明るさを帯びているように見えた。


  (……気のせいか)


 隼人はそう自分に言い聞かせ、歩き出す。

 二人は駅前を抜け、中央プロムナードへ向かった。


「すごっ! このAI誘導の動き、ノーザンダストじゃ絶対見られない!」

「お前、そんなにAIに興味あったか?」

「え? まあ……好きだよ? 未来って感じでさ!」


 軽口のように返しながら、要の視線は歩道のセンサー配置、ホログラムの立ち上がり方、車両の制御タイミングへと、無意識のように走っていた。

  ――街の“構造”そのものを、なぞるように。

 だが、隼人は気づかない。


「兄貴、これマジで便利だよな! ほら、“疲れないルート案内”とか優しすぎ!」

「そんなに感動するほどか? ただの最適化だろ」

「いやいやいや、“ただの”って言える兄貴の方がすげーよ!」


 わざとらしいほどの大げさなリアクション。

 要が演じる人懐っこさに、疑問を持つ者はいない。


  (……街が、静かすぎる)


 隼人は別のところを見ていた。久遠野市の、整いすぎた表情。

 空調の風。

 交通の流れ。

 人々の歩調。

 まるで――

 街そのものが、ひとつの巨大なプログラムのようだ。


「兄貴ってさ、ほんと考えすぎなんだよなぁ」

「お前が考えなさすぎなんだよ」

「へへー。兄貴が二人分考えてくれれば、それでいいし!」


 要は無邪気に笑う。

 その裏で――彼の意識は、街の深部へと向いていた。


  (父さん……たしかに、この街は妙だ)


 視線が、ほんの一瞬だけ鋭くなる。

 だがそれも、すぐに消える。要は昔から、こういう表情を“演技で隠す”のが上手かった。

 ふと、隼人が口を開く。


「昨日、少し……“予定外”があったんだよ」

「お? 例の“違和感”ってやつ?」

「まあ、そんなところだ」

「ふーん……で? 兄貴の観測は進んだ?」


 兄は気づかない。この質問が、弟の本音にかなり近いことを。


「……話すのは、また今度でいい」

「じらすねぇ~。兄貴のそういうとこ嫌いじゃないけど!」


 声だけは軽い。だが要の心は別の場所に向いていた。

  (成瀬想太……灯野はるな……)

  (“接触”は、もう始まってる)


 わずかに口角が上がった。


「どうした?」

「んーん! なんでもなーい!」


要は跳ねるように歩き出し、隼人もそれを追った。

ただの兄弟の会話。

ただの街歩き。

  ――そう見せかけた、序章の終わり。

人工の風が、二人のあいだを、静かにすり抜けていった。

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