#022 「美弥といちか」
放課後の久遠邸。
重厚な門が静かに開き、送迎車がゆっくりと停まった。
「お帰りなさいませ、いちか様」
使用人が丁寧に頭を下げる。
いちかは軽く会釈を返し、玄関ホールを軽い足取りで進んだ。
「ただいま。姉さま、もう帰ってる?」
「はい。先ほど書斎からリビングへ移動されました」
「ふふん、様子見てこようっと」
廊下には紅茶の香りが漂っていた。
リビングのドアを開けると、美弥がソファに腰掛け、英国風のカップを静かに傾けている。
「お疲れさま、姉さま」
「いちか……今日はずいぶん早かったのね」
「予定が繰り上がったの。あー、あっちの人たち形式ばっかりで疲れちゃった」
「……その口調は誰の真似かしら?」
「姉さまの素だよ?」
「……否定はしないわ」
「えっ、自然に認めた!?」
いちかは美弥の向かいに座り、じっと姉の顔を見つめた。
──何かが違う。
いつもより、少しだけ表情が柔らかい。
「ねぇ姉さま、今日の学校どうだった?」
「……別に、いつも通りよ」
「ふーん……誰かと仲良くなった?」
「ど、どうしてそうなるの」
「だって姉さま、ちょっと……顔がゆるい」
「褒めてるの?」
「うん。でもちょっと怖い。姉さまが“興味持つ”って珍しいから」
「……」
紅茶の表面を見つめる美弥。
その静かな横顔を見ながら、いちかの胸の奥が、理由もなくざわついた。
「部屋に戻るの?」
「ええ。ちょっと書きものがあるから」
「じゃ、わたし……先に様子だけ見てくるね」
「ちょ、ちょっと待ちなさ──」
言い終わる前に、いちかは廊下を駆けていた。
薄く開いたクローゼットの横。
そこに“異常な光景”があった。
「……えっ」
写真。
何十枚も。
クリアファイル。
プリントされた画像。
街角での横顔、図書館での後ろ姿。
──すべて、同じ少女。
「な、なにこれ……誰……?」
整然と並べられている。
だが、その量と密度は、どこか“執念”すら感じさせた。
「――灯野はるな。第一学年、特選クラス」
「ひっ……!?」
背後から静かに聞こえる美弥の声。
いちかは振り返り、叫びかける。
「姉さまっ!? これ……何なの!? なんでこんなに写真が……!」
「観察の結果よ」
「ストーカーじゃん!!?」
「失礼ね。精緻な観察眼と、人間分析の賜物よ」
「いやいやいやいや完全に怖いって!!」
いちかの声は裏返り、ほぼ悲鳴になった。
「お姉様っ……! なにかあったんですかっ!?」
「……否定しないわ」
「ぎゃああああああああああああああ!!」
久遠家の廊下に、いちかの魂の叫びが美しく反響した。




