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灯野はるなは、世界の鍵をポケットに入れていた。(シリーズ1)  作者: 皆月 優
003_第三章「裂けゆく選択《セレクション》」
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#022 「美弥といちか」

 放課後の久遠邸。

 重厚な門が静かに開き、送迎車がゆっくりと停まった。


「お帰りなさいませ、いちか様」


 使用人が丁寧に頭を下げる。

 いちかは軽く会釈を返し、玄関ホールを軽い足取りで進んだ。


「ただいま。姉さま、もう帰ってる?」

「はい。先ほど書斎からリビングへ移動されました」

「ふふん、様子見てこようっと」


 廊下には紅茶の香りが漂っていた。

 リビングのドアを開けると、美弥がソファに腰掛け、英国風のカップを静かに傾けている。


「お疲れさま、姉さま」

「いちか……今日はずいぶん早かったのね」

「予定が繰り上がったの。あー、あっちの人たち形式ばっかりで疲れちゃった」

「……その口調は誰の真似かしら?」

「姉さまの素だよ?」

「……否定はしないわ」

「えっ、自然に認めた!?」


 いちかは美弥の向かいに座り、じっと姉の顔を見つめた。

  ──何かが違う。

 いつもより、少しだけ表情が柔らかい。


「ねぇ姉さま、今日の学校どうだった?」

「……別に、いつも通りよ」

「ふーん……誰かと仲良くなった?」

「ど、どうしてそうなるの」

「だって姉さま、ちょっと……顔がゆるい」

「褒めてるの?」

「うん。でもちょっと怖い。姉さまが“興味持つ”って珍しいから」

「……」


 紅茶の表面を見つめる美弥。

 その静かな横顔を見ながら、いちかの胸の奥が、理由もなくざわついた。


「部屋に戻るの?」

「ええ。ちょっと書きものがあるから」

「じゃ、わたし……先に様子だけ見てくるね」

「ちょ、ちょっと待ちなさ──」


 言い終わる前に、いちかは廊下を駆けていた。


 薄く開いたクローゼットの横。

 そこに“異常な光景”があった。


「……えっ」


 写真。

 何十枚も。

 クリアファイル。

 プリントされた画像。

 街角での横顔、図書館での後ろ姿。


  ──すべて、同じ少女。


「な、なにこれ……誰……?」

 整然と並べられている。

 だが、その量と密度は、どこか“執念”すら感じさせた。


「――灯野はるな。第一学年、特選クラス」

「ひっ……!?」


 背後から静かに聞こえる美弥の声。

 いちかは振り返り、叫びかける。


「姉さまっ!? これ……何なの!? なんでこんなに写真が……!」

「観察の結果よ」

「ストーカーじゃん!!?」

「失礼ね。精緻な観察眼と、人間分析の賜物よ」

「いやいやいやいや完全に怖いって!!」


 いちかの声は裏返り、ほぼ悲鳴になった。


「お姉様っ……! なにかあったんですかっ!?」

「……否定しないわ」

「ぎゃああああああああああああああ!!」


 久遠家の廊下に、いちかの魂の叫びが美しく反響した。

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