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#020 「動き出す影――久遠野とノーザン・ダスト」

 久遠野市・高層行政区──第7会議棟。


 外界から完全に隔離された高層階に、人工の朝光が静かに広がっていた。

 薄い光膜が壁面を淡く照らし、青黒色のグラステーブルには直線のホログラムがいくつも走る。


 ここは、市民の誰も知らない──ハイレベル機密区域。


 会議室中央に浮かぶ立体映像がゆるやかに回転し、情報を更新していく。

 その光の中心に、重く低い声が落とされた。


「……灯野はるな、成瀬想太、天城隼人、そして──久遠美弥」


 発したのは久遠家の当主。

 美弥の父であり、市の深層運営を担う四大評議機関のひとつの長だ。


「適応週間、三日目を経て……四名の行動パターンが明確に“共鳴”し始めた」


 向かいに座る行政局長は、静かに頷きながらホログラムを操作する。

「とくにはるな。彼女の反応は……予測不能の域にある」


 行政局長の声は淡々としている。

 だが、その目に宿るのは“懸念”ではなく──

 観測対象へ向けられた、異様なまでの興味。


 別席のAI倫理評議会代表が、低い声で口を開く。


「AIとの干渉が予想以上に深い。我々としても、これ以上の放置は危険だ……“既視感”もある」

「既視感、ね……」


 久遠当主の目がわずかに細くなる。

 行政局長はテーブルに指を滑らせ、ユグドノア・ドーム内部の映像を投影した。


 光の粒子が舞う静謐な空間。

 中央の球体が淡く脈動し、その前に立つ四人の姿が浮かびあがる。


「──この瞬間だ」


 映像の一部が拡大され、はるなと想太の脳波データが並ぶ。


「観測記録内。このタイミングで、二人の脳波に“同一の共鳴波形”が発生している」


 会議室が静まった。

 電子音すら止まったように感じる沈黙。


 AI倫理評議会代表が低く問う。

「……同じ声を“聞いた”と?」


 行政局長は一拍置いて、静かに告げた。

「解析結果に……『名前を呼ぶ音声痕跡』がある。はるな、想太、双方の記録にだ」


 それは偶然などではない。


 久遠当主が、重く呟く。

「……“ともり”か」


 その名が現れた瞬間、会議室の空気がわずかに冷えた。

 AI倫理評議会代表が眉を寄せる。

「もし“それ”が本当に再起動したのなら──均衡が崩れる」


 そのとき、テーブル端に新たな通知が走った。

  《北ブロック・ノーザン・ダスト観測記録:更新》


 行政局長が即座にホログラムを開く。

「……また動いたか」


 画面には、旧式通信塔から発せられた“微弱なパルス”が記録されていた。

 古い領域──ノーザン・ダストにのみ残る技術の名残。


 久遠当主が静かに言葉をつなぐ。

「向こうも気づいた……我々の中に、“選ばれた者”が現れつつあることに」


 沈黙。


 ノーザン・ダストは、久遠野の“敵”ではない。

 だが──

 互いの価値観も、都市の歴史も、まったく異なる。


 制御された都市・久遠野。

 制御を拒む街・ノーザン・ダスト。


 二つの都市思想が、ゆっくりと対立軸を描き始めていた。


 久遠当主はホログラムに映る少女の笑顔を見つめる。

 優しく、無垢で、透明な表情。

  ──彼女が、“鍵”かもしれない。


 当主は静かに言った。

「だが、我々には選択肢がある。すでに監視は強化済みだ。必要であれば……“処理”も検討する」


 その冷たい言葉に、AI倫理評議会代表は眉をわずかに動かした。

 しかし反論しない。

 今はただ、状況を静観するしかなかった。


 会議室の外では、久遠野市の夕景がゆっくりと広がっていた。


 適応期間三日目──

 四人が笑い合っていた裏で、この街の“深層”は確実に動き始めていた。


 静かに。

 気づかれないように。

 しかし確実に。

やっと2章ラストの公開が終了しました。

ちょっとした愚痴になるかもですが仕事に時間が取られて小説がなかなか書き貯まりません。

致し方ないのですが読んで頂いている方が居るのでなるべく退屈させないように適度にアップしていきます。

次回から第三章「裂けゆく選択セレクション」(15話前後予定)です。

今後ともよろしくお願い致します。

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