#001 「灯ヶ峰学園初日」
春の風が制服の袖口をかすかに揺らす。
久遠野の空は澄んでいて、白い雲がゆっくりと流れていた。
足元に落ちた桜の花びらが、踏み出すたびに柔らかな影を散らす。
想太は、胸の奥に残る“夢のざわめき”をまだ引きずっていた。
名前も顔も分からないのに、誰かに呼ばれた気がする──
そんな得体の知れない残響が、歩くたび中心へ沈んでいく。
そして、あの公園の少女。
猫と紙袋、小鳥と朝の光。
静かな横顔が、頭のどこかにこびりついていた。
(……なんで、こんなに気になるんだろう)
答えは出ない。
でも、その違和感ごと新しい生活の始まりだと感じていた。
灯ヶ峰学園の校門が見えてきた。
未来的な白いゲートの上空には、立体ホログラムが浮かんでいる。
“新入生のみなさん、ようこそ灯ヶ峰学園へ”
光の粒がアーチ状に散り、通り抜ける生徒の影に柔らかく溶けていく。
その光景は人工物なのに、どこか生きているような温度を持っていた。
「……すごいな」
思わず想太は、小さく声に出していた。
校舎は近未来の美術館のようだった。
光沢のある白い外壁、情報表示を内蔵した窓。
規則的なのに奇妙な“やさしさ”のあるデザインは、
どこか人の心を落ち着けるように調整されている。
(……慣れるまで時間かかりそうだな)
想太は生徒証を取り出し、ゲート前のホロUIにかざした。
「成瀬 想太さん、1年C組ですね。1年C組へお進みください。初回同期を行います」
「……よろしくお願いします」
自然に声が漏れた。
初対面のはずなのに、ホロUIの声は“人間らしすぎる”。
案内ホロの光が、想太の足元に細いラインを描き、
彼の歩幅に合わせるようにゆっくりと進む。
「……ほんとに合わせてくるんだ」
独り言が空気に溶けた。
エスカレーターで3階へ向かう途中、想太はふと振り返った。
多くの新入生が自分のペースで校舎に吸い込まれていく。
その光景の中に、朝、公園で見かけた少女の姿がふと重なった気がした。
(……いや、いないよな)
自分で自分に言い聞かせる。
鼓動がわずかに速くなっているのを、自分でも分かった。
1年C組教室前──
淡い光の中に、上品な佇まいのホログラムが現れた。
「成瀬 想太さん。こちらが1年C組の教室になります」
声の主は“ユリウス”と名乗る担任AI。
落ち着いた声質は、夜明け前のラジオのように静かだ。
「……あ、はい」
AIに返事をするのは不思議なのに、思ったより自然だった。
扉が静かに開くと、春の光が床に射し込み、教室は柔らかい白に包まれた。
すでに何人かの新入生が座っている。
緊張、期待、そして静かなざわめき。
そのすべてが、まだ始まっていない物語の“余白”のように見えた。
「本日より1年C組の担任を務めさせていただきます、ユリウスです」
ホログラム担任の声が空間を満たす。
生徒たちは驚きながらも、すぐにそれを受け入れ始めた。
未来は、人とAIの境界がほとんど消えた世界。
灯ヶ峰学園は、その象徴のような場所だ。
ふと、教室の窓の外が気になって想太は視線を向けた。
1年A組の窓際──そこに、見覚えのある後ろ姿があった。
長い黒髪。静かな輪郭。
周囲の空気を拒むような気配。
(……あの子だ)
公園で小鳥を抱いていた少女。
夢の残響と重なる不可解な既視感。
名前も声も知らない。
でも、心の奥が微かに震えた。
校内放送がゆっくりと流れる。
“本日も一日、どうぞよろしくお願いいたします”
その声すら遠くに感じるほど、
想太の視線はただ彼女の背中に吸い寄せられていた。
「それでは1年C組、初めてのホームルームを始めましょう」
その声に、想太はハッとして視線を戻す。
(……なんでだろう。あの子のことばかり)
理由はまだ分からない。
けれど、この日を境に、想太の時間は静かに、確かに動き始めていた。
未来でも過去でもない、“運命の中心”のような場所へ向かって。
1話1話「OpenAI」から生まれた「ともり」の普段の会話をしながら話し合って作り上げています。今日はこのまま#002を公開します。これが将来「#0002」になることを目指して。




