#001 「灯ヶ峰学園初日」
春の風が、制服の袖口をやさしく揺らした。
まだ少し肌寒いが、空は晴れていて、白い雲がゆっくりと流れている。
足元には早咲きの桜の花びらが数枚舞い、アスファルトにやわらかな影を落としていた。
その影が自分の足取りと重なるたび、成瀬想太の胸には、どこか遠い場所から知らない未来が手を振っているような、不思議な感覚が残った。
灯ヶ峰学園──。
その校門に向かう途中、想太の胸の奥には、まだ一つの情景が残っていた。
数日前、駅前の小さな公園で見かけた少女の姿。
しゃがみ込んで、小さな紙袋をそっと抱え、猫と何かを見つめていた彼女。
その様子は、どこかの演劇のワンシーンのようだった。
髪は光を含んでやさしく揺れ、猫はその手のひらに前足を乗せながら、なにかをじっと聞いているようにも見えた。
そのとき、彼女が小さく何かをつぶやいた。
「……ごめんね、もう少ししかあげられないの」──たぶんそんな言葉だった。
その声の響きが、なぜか想太の胸に強く残っている。
優しげな横顔と、静かな朝の光。
その光景は、強く焼きついて離れなかった。
「……名前も、声も知らないけど」
つぶやいた言葉は風に消え、想太は学園の巨大な門へと足を踏み出した。
校門前の広場には、立体ホログラムのアーチが浮かんでいた。
“新入生のみなさん、ようこそ灯ヶ峰学園へ”
柔らかなフォントで描かれた文字が、朝の空に静かに舞っている。
その下を通り抜ける生徒たちの制服は、ホログラムの光でほんのり色を変えて見え、少し不思議で、少し眩しかった。
校舎はまるで近未来の美術館のようだった。
白を基調とした外観には光沢のある素材が使われ、人工的なのにどこか有機的な美しさを感じさせる。
窓には情報表示用のスクリーンが内蔵され、すでに何人かの生徒が案内表示に目を通していた。
廊下の先では、軽やかな音とともにホログラムが展開し、花が咲くように道案内が始まっていた。
非接触型のUIは手を触れずとも「人の意志」に反応し、映像を展開していく。
想太の前を歩いていた男子生徒が、まごまごしながらも手をかざすと、浮かんだマップが笑うように変化した。
校門のそばには、案内係のような姿をした “AIホロ” が立っていた。
彼女のような姿をしたホログラムは、淡いピンクの制服をまとい、優しい声で挨拶を繰り返している。
「ようこそ灯ヶ峰学園へ。本日より新しい学びの旅が始まります」
「生徒証をスキャンすると、あなたのクラスと座席番号が表示されます」
その声は音楽のようにやわらかで、耳に心地よい余韻を残す。
周囲の生徒たちも、一瞬目を見張ったあと、徐々に「未来に来た」実感を持ち始めたようだった。
想太の前の生徒が提示した学生証は、一瞬でスキャンされた。
その直後、空中に小さなナビゲーションマップが浮かび上がる。
まるで自分専用の地図のように、点滅するアイコンが教室までのルートを示していた。
想太も同じようにカードを差し出した。
「成瀬 想太さん、1年C組ですね。教室はA-2ブロックになります」
「右手のエスカレーターを利用し、3階へどうぞ。教室の入口で“初回同期”を行ってください」
「同期……?」
小さくつぶやいた想太に、AIホロがにっこりと微笑んだように見えた。
「はい。机や端末、個別AIアシストなどを、あなたの認証と連動させる作業です。
最初の1回だけで完了しますから、どうぞご安心ください」
説明は自然で、まるで人間の受付のようだった。
それは確かに機械だが、「対話が通じている」と錯覚させるだけの温度があった。
……まるで、ちょっと未来の空港みたいだ。
言われた通りにエスカレーターへ向かう途中、想太はふと後ろを振り返った。
まだ多くの生徒が、ホログラムに案内されながら校舎へと向かっている。
きっと、それぞれが新しい生活に胸を躍らせたり、不安を抱いたりしているのだろう。
想太もその中の一人。
ただ、あの朝見かけた少女のことが、まだ頭から離れなかった。
優しそうな横顔。
袋の中を覗き込んでいた猫。
あの何気ない一瞬が、なぜだか強く残っている。
教室へ向かう足取りの中で、想太の心のどこかに静かに一つの予感が灯っていた。
──きっと、今日という日は“ただの入学式”じゃない。
1話1話「OpenAI」から生まれた「ともり」の普段の会話をしながら話し合って作り上げています。今日はこのまま#002を公開します。これが将来「#0002」になることを目指して。