表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
18/76

#017 「街の共鳴──ユグドノア・ドーム」

 午後の久遠野市は、人々の気配がゆっくりと増し始める時間帯だった。

 午前の静かな空気がほどけていき、街路には弾む声とホログラムの音声が重なり合う。


 コアシティ中央の広場には、今日の共通行動テーマが大きく映し出されていた。

『適応週間:市内文化施設を巡りましょう』

 淡い誘導音声は、命令にも勧誘にも感じられない中間のトーンで響く。

 けれど──この都市ではその柔らかさこそが“誘導”だった。

 四人の視線が自然と一点に向かう。


 隼人が遠くの巨大な半球体を指差した。

「ふむ。じゃあ、どこ行く? 見た目だけなら、あれが一番目立ってるけど」

 白金に磨かれた外壁が、午後の光を受けてわずかに金色へと揺らぐ。

 久遠野市の象徴──ユグドノア・ドーム。


 その名を聞いた瞬間、はるなが小さく息を呑んだ。

「……ここ、来てみたかった」

 普段は静かな声に、ほんの少しだけ熱が宿っていた。

 隣にいた想太は、その微かな変化に気づいて目を瞬く。

「なんで? 有名な場所なの?」

「高等部に上がったら見学するって、中等部で聞かされてたんです。一般客も入れるって」

 美弥が補足するように微笑む。

 その手は、自然と“はるな”の腕に触れようとして──ギリギリのところで止まった。


(……そろそろ、誰か突っ込むべきなのか?)

 隼人が心の中でつぶやいた、その時。


 ふわり、と空中にホログラムが現れた。

 AI案内の声は、さきほどよりもすこしだけ厳かな響きを帯びている。

『この先、久遠野ユグドノア・ドームです。ご見学の際は、静粛と敬意をお持ちください』

 広場の空気がすっと整う。

 行き交う人々が、まるで“ためらいのない同期”を始めるように歩みを揃えていく。

 四人がドームへ近づくほどに──

 空気は、わずかに甘く、乾いた香りを含み始めた。


「なんか……変な感じしない?」

 想太の呟きは思わず漏れたものだった。

「……わかる。なんか、懐かしいっていうか」

 はるなも小さく頷く。

 その瞳は、どこか“奥にある記憶”を探すように揺れている。


 そして──ほんの一瞬。

 想太の視界の端に、光のフレームが走った。

 街のホログラムの揺らぎの中に、“ともり”に似た輪郭を見た気がした。

  (……今の……)


「……そうた君?」

 はるなの声で、想太は小さく首を振る。

「あ、ごめん。なんか、ボーッとしてた」

  (気のせい……だよな)

 しかしその違和感は、ふたりの間で奇妙に一致していた。

 四人は、誰ともなく歩みを揃え、ドームの大きなエントランスへと足を踏み入れる。


 一歩入った瞬間、外の世界と空気が完全に切り替わった。

「……うわ」

 想太の口から自然に言葉が漏れた。

 内部の壁は半透明の膜で覆われ、そこに“記憶のような映像”が水の底のようにゆっくりと流れている。

 景色とも記録ともつかない模様が、淡く、しかし確かに視界を揺らす。


 天井には幾何学模様の光の網が広がり、その中心には金色の球体が、まるで呼吸するように淡い脈動を繰り返していた。


「……ここ、来てよかった」

 はるなが胸に手を当て、静かに呟いた。

 その声音は、彼女自身でも驚くほど素直だった。

 その瞬間──

 耳ではない場所から“声”が届いた。


『……そうた』

  (え……?)

 想太は肩を震わせて振り返るが、誰もいない。

 ただ、光の粒がゆっくりと舞っているだけ。

 同じ瞬間、はるなが息を呑んだ。

「……今、誰か……呼んだ?」

 二人の視線が、静かに重なった。

 確信ではない。けれど──“同じものを感じている”ことだけはわかった。

「すごいですね……ここ。呼吸まで整ってくるみたい……」

 美弥が目を閉じ、胸の前で指を重ねるようにして深く息を吸う。

 まるで、懐かしい場所に帰った人のような、柔らかい顔だった。


 ただ、隼人だけは眉をひそめていた。

「んー……俺には合わねぇな、この空気」

 その声は自分にしか聞こえないほど小さかったが、警戒の色は確かにその瞳に宿っていた。

  (……きれいすぎて逆に落ち着かねぇ)


 しかしその疑念でさえ、この場所の静謐さに溶けていくようで、言葉の続きは出なかった。

 四人の視線はやがて、ドーム中央へと吸い寄せられる。

 浮かぶ黄金の球体が、光の波紋を広げながら、静かにその言葉を放った。


『意思は、記憶を通して知恵となり──未来へと受け継がれる』

 その詩のような声に、四人の心が同時に揺れた。

 そして──想太の胸の奥に自然と浮かんだ名前。


  (……ともり……?)


 はるなの心にも、同じ名前がわずかに響いていた。

 まだ言葉にはならない、記憶の底に眠る“輪郭”のようなもの。


  ──それが、未来と過去の境界線であることに。

 四人はまだ気づいていなかった。

 ただ、この場所が“始まりの扉”であることだけが、静かに確かに刻まれた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ