#016 「朝一番の“図書館集合”コール!」
久遠家の朝は、ほのかに温かい光から始まる。
人工的な朝焼けを模したライトがカーテン越しに差し込み、美弥の部屋にも静かな一日の始まりを告げていた。
「はるなさんと……今日も……! ふふっ♪」
ベッドの上で毛布を抱え込んだ美弥は、昨夜録音した“あの一言”を再生していた。
はるなの「守るよ」──
その音声が耳に届くたび、胸の奥がかっと熱を持つ。
「……ふっ、今日は一緒に“勉強”ですからっ!」
勢いよく毛布から飛び出すと、鏡の前で髪を整えはじめた。
整った瞳の奥は、期待でふわりと輝いている。
ドライヤーの温風に髪が揺れる。
鼻歌が自然とこぼれ、笑みが抑えられない。
そして彼女は、すでに作ってあったグループチャットを開いた。
『おはようございます!✨今日、今から図書館で勉強しませんかっ!?9:00集合でどうでしょうか!?(※もちろん、はるなさんも……♡)』
送信。
画面に浮かぶ自分の文面を見ながら、満足げにうなずいた。
「ふふっ、完璧ですっ!」
その頃、想太は珍しく“通知音”で目を覚ましていた。
まだ布団の温もりから抜け出せず、スマートレンズを手探りする。
「……こ、断れる雰囲気じゃない……」
画面いっぱいに躍る美弥のテンション。
朝から圧が強い。でも、嫌じゃない。
むしろ、自分の中に静かに喜びのようなものがある。
眠たげに頬をこすりながら、ひとつスタンプを押した。
“了解”──それはもう、逃げ道のない承諾だった。
トーストを片手にテレビを眺めていた隼人も、通知音に目を細めた。
「……来たな、これ」
美弥からの“全力メッセージ”に、彼は苦笑を浮かべる。
しかし、その指は自然とキーボードを打ち始めていた。
『了解』
それだけの返事なのに、口元はどこか楽しそうだ。
「ま、今日はちゃんと参加してやるか」
余裕のない仲間たちを見守る“兄貴分”のような、そんな気持ちが胸に芽生えている。
鏡に向けて軽くウィンクをし、髪を整えた。
静かな部屋に、湯気のたつカップがひとつ。
はるなは朝のルーティンを終え、ゆるく息をついていた。
そのとき──美弥からの通知。
『今日、図書館で勉強しませんか!?』
画面の光を見ながら、はるなの指は自然に返信へと動いていた。
『大丈夫です。図書館で待ち合わせ、何時にしますか?』
送信した瞬間、美弥から“さすがですっ♡”のスタンプが飛んできて、はるなは少しだけ肩を揺らすように笑った。
(……今日も、きっと楽しい一日になる)
マグを置き、鞄の準備を始める。
胸の奥に、期待とは違う“暖かな気配”がほんのり宿っていた。
久遠野中央図書館前。
赤茶色の石畳が朝陽に照らされて、ほのかに輝いていた。
その中央で、美弥は制服姿のまま立ち尽くしていた。
足を揺らし、レンズを何度ものぞき込み、時々スカートの裾を整えては深呼吸をする。
「まだ……誰も来ませんね。ふふっ、予想通りっ」
自分が一番乗り──その事実が彼女をさらに上機嫌にさせる。
ふいに、小さな影が近づいてくる。
「……おはよう」
はるなだった。
制服の上に淡いカーディガンを羽織り、タブレットを抱えている。
その佇まいは静かで、どこか柔らかい。
「はるなさんっ! おはようございますっ!」
美弥は小さく跳ねるようにして近寄り、けれど“はるなに触れる”直前でそっと手を止めた。
はるなは少しだけ視線を伏せ、耳がほのかに赤く染まっていた。
そこへ、二つの足音。
「よう、ふたりとも」
「おはよう。……みんな」
隼人と想太がほぼ同時に到着。
隼人は片手にカフェの紙袋、想太は少し照れたような表情で。
美弥の表情に、かすかに残念そうな影が一瞬だけ走る。
「なんだよ美弥ちゃん。なんかガッカリしてない?」
「ち……ちがいますっ! そんなこと……っ」
隼人がニヤつき、想太がくすっと笑う。
そのやりとりに──
ふわり、と頭上からホログラムの光。
『図書館では……お静かにお願いいたします』
突然のAIガイドに、四人は同時に固まった。
隼人が眉をひそめる。
「……今の、俺のせいか?」
美弥が即座に手を振る。
「ち、ちがいますっ!」
はるなは思わず口元を押さえる。
「……(ぷっ)」
美弥もつられて笑い、朝の空気が一気に“いつもの四人”の空気へと溶けていく。
こうして──
“Kuon Study Club(仮)”最初の本格的な勉強会は、朝の光の中で静かに幕を開けた。
「そろそろお昼、ですねっ!」
美弥の弾んだ声が、まるでデートのプランを立てているかのように響く。
そして、今日の四人の日常はゆっくりと動き出していく。




