#011 「再会のとき ─ 図書館にて」
静かなページのめくれる音が、図書館に淡く響いていた。
古い紙の匂いが残るこの空間は、久遠野の人工的な街並みとは違う。
どこか“時間の流れが柔らかい”場所だった。
想太は、図書館の奥へと自然に歩いていった。
導かれるように──そんな言葉が似合うほど、迷いがなかった。
そのとき、空調がほんのわずかに揺れた。
まるで誰かが小さく息をついたかのように。
(……風? いや、違う)
想太が立ち止まると、視界の先にひとりの少女がいた。
淡い光の下でページを閉じ、顔を上げたその瞬間──
胸の奥の何かがほどけた。
(……あ)
言葉より先に、ただ“思い出した”ような感覚が走った。
初対面なのに、初対面ではない。
夢の中のあの輪郭が、静かに重なっていく。
少女──灯野はるなが、ふと目を見開いた。
驚きというよりも、むしろ“安心したように”表情が緩んだ。
「……来ると思ってた」
落ち着いた声。
でも、その奥に微かな震えがあった。
想太は喉がつまって、言葉が少し遅れた。
「……ここで、会う気がしてた」
二人の距離は近すぎず、遠すぎず。
でもその“間”には、街のどこにもない温度があった。
はるなは立ち上がり、思案するように一度視線を落とし──
それから顔を上げた。
「……えっと」
名乗るべきだと分かっていた。
なのに──
口にした瞬間、夢と現実が完全につながってしまう気がして。
今はまだ、その瞬間を確定させたくなかった。
はるなは、ほんの短い沈黙のあと、静かに名乗った。
「……灯野はるな」
(……やっぱりだ)
想太の胸の奥で、夢の残響が確かな形に変わる。
「成瀬……想太」
名を告げた途端、図書館の空調がもう一度、微かに揺れた。
まるで──“二人はこれで正しい”と告げるように。
はるなは、その揺らぎに何かを感じたのか、一瞬だけ周囲を見渡し、
また想太に目を戻した。
「……不思議だよね。初めてなのに、初めてじゃない感じ」
「うん。僕も……そんな気がしてる」
二人の会話は静かで短く、けれど確かな温度があった。
図書館の窓辺から差し込む光が、二人の間に“出会いの欠片”のように落ちていく。
そして──
久遠野で始まる物語の線が、ようやくひとつ結ばれた。




