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夏の影法師

作者: 筝葉

それは痛いくらい燦々と太陽の光が降り注ぐ、夏の日だった。

「もう行くの」

向日葵畑の前で、麦わら帽子を被った女が問う。

「もう行くよ」

バス停の時刻表をぼんやりと眺めながら、男が返す。

「そう、行くの」

「うん、行くよ」

並んだ二人の隙間に、風が通り過ぎていく。

茹だるような暑い風。男は小麦色に焼けた顔に滲む汗を袖で拭った。

「暑いね」

「そうみたいね」

「そろそろ時間だ」

「もうそんな時間なの」

拭っても拭っても伝う水滴。

容赦なく照らす日光。輝く黄色の向日葵畑。


暫くして、大きく上下に揺れながら、ゆっくりと走るバスがやってきた。

古ぼけた茶色いバス。二人は何も話さずに、そのバスを見つめていた。

バスが二人の前に来る。派手な音を鳴らしながら扉が開く。ガタガタ、ゴトン。

それを見つめて、そっと瞼を閉じる。

男は、動かなかった。


「どうして乗らなかったの」

バスの姿はもう無かった。

男が乗らないと分かると、またガタガタと音を立ててドアは閉まり、砂埃をたててバスは発車した。

「乗りたくなかったから」

「でも、待っていたんでしょう」

「うん、待っていたよ」

「だったら、乗ればよかったのに」

「うん、そうだね」

空を見上げる。変わらず空は青く、照りつける太陽も変わらずそこにある。

「でもね、気が変わったんだ」

「勝手ね」

「うん、ごめん。でももう少し、ここで頑張ることにするよ」

「そう」


淡々とした会話。お互いの顔は決して見ず。

それでも交えた言葉に、きっと意味はあるはず。

少しして、女が顔を上げた。

「残念だけど、きっとそれがいいのね」

「うん、そうだといいな」

「そうよ、きっと」

また、風が二人の間を通り抜けていく。

今度の風は、少しだけ涼やかだった。


「もう行くよ」

「そう、行くの」

「うん、行くよ」

「……もう、来ちゃダメよ」


柔らかな声音に、反射的に女の方を振り向く。

そこには焦げた髪飾りがあるだけで、女の姿はどこにもなかった。

男はそれを見ても眉一つ動かすことなく。

爛れた跡が残る顔にそれでも暖かな表情を浮かべながら、ゆっくりと、焼けた野原を後にした。


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