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第4話 勇者殺しの魔女を探して

(……落ち着いて。表情を変えてはダメ)


 私は静かに首を振り、慎重に答えた。


「恐れながら、そのようなことは一切ございません」


 それでも、テオドリックはすぐに視線を外さない。

 顎に手を当て、何かを探るように私の輪郭をなぞる。

 じっと見つめ続ける瞳が、わずかに揺れた。


(単なる違和感? それとも、何かに気づいた……?)


 女官長も、この異様な沈黙に気づいたのか、興味深げに私たちの様子を見比べる。

 沈黙に、ぞわりと血の気が引いていく。

 気が遠くなっていき、膝をつきそうになるのを気力でこらえた。

 しかしやがて、テオドリックは小さく息を吐き、目を細める。


「……気のせいか」


 その瞬間、全身から力が抜けそうになる。

 悟られぬよう、そっと顎を引いた。


 続いて他の魔女たちも名乗ろうとする。

 しかし――。


「百人……。こんなに集めて何になる」


 テオドリックはふいと顔をそらし、苛立たしげに言い放つ。


「それより先に、もっと探すべき女がいるはずだろう」


 室内の空気が、一瞬凍りついた。


勇者殺しの魔女(ミルディナ)の行方はどうなっている?」


 心臓が跳ねる。

 冷静を装いながらも、震えを抑えられない。

 冷たい汗がうなじを伝い、背筋にじわりと広がっていく。


 女官長はわずかに息を詰めながら、緊張した声音で答えた。


「……五年の間、帝国中をくまなく捜索しております。

 いまだ行方は掴めませぬが、各地へ追跡の指示を絶えず出し伝えております」


「報奨金をさらに上げろ」


 テオドリックの声が低く響く。

 苛立ちと、焦燥が滲んでいた。

 周囲の女官たちが、不安そうに顔を見合わせる。

 私は気づかれないよう、ごくりと唾を飲み込み、さらに頭を垂れた。


 五年経った今もなお、帝国――いや、テオドリック自身が私を追い続けている。

 それはつまり――


(……私は、この国にとって絶対に許されない存在なのね)


 たとえ何十年経とうと。

 勇者を裏切った魔女を、彼は見逃すつもりはない。


 重苦しい沈黙の中、魔女たちはおずおずと名を告げようとする。

 しかし――。


「もういい、全員下がれ」


 胸がひやりと冷える。

 魔女たちは何か言いたそうにしたが、迷った末、口をつぐんだ。

 彼の冷ややかな振る舞いが、それ以上の言葉を許さなかった。


 ぞろぞろと部屋を出る魔女たちに続き、私も歩き出す。


 だが――。

 扉を開ける直前、不意に足が止まった。


「テオ……」


 ――しまった。

 呼びかけた唇を、慌てて噛む。

 胸が早鐘のように打ち、体温が急激に冷えていく感覚。


(何を考えてるの……! こんなに危うい場所で!)

(気づかれたら、すべて終わるかもしれないのに……)


 後悔と恐怖が混ざり合い、呼吸が乱れそうになる。

 必死に自分を戒めながら、カタカタと鳴る歯を噛み締めた。


(今の私はシャロン・ファルネス)


 恐る恐る振り返る。

 テオドリックの冷たい視線が、這うようにじわりと背中を刺した。

 わずかに息をのみながらも、深く頭を下げる。


「失礼いたしました」


 扉が閉まりかける、その直前――。

 テオドリックの表情がかすかに強張った気がした。

 しかし、こちらを引き留める言葉はなく、扉は閉ざされる。


 廊下で足を止めたまま、私は息を吐いた。

 冷え切った手が、かすかに震えている。


(どうか、このまま……私のことを忘れて)

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