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死にゆく勇者を救うため、妃として後宮に潜入しましたが、私の命も危険です  作者: 桐山なつめ
第3章(前編)魔女と医師には裏がある

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第7話 針のむしろ

 ――死んじゃえばよかったのに。


 ユリがちらりとロロを見やったが、止めに入ることはなかった。

 何事もなかったかのように、静かにチェスの駒を指先で滑らせている。

 私は自分の手を握り込めながら、無理やり愛想笑いをつくった。


「ずいぶん、非情なことを仰られますね」

「あんた、何者なの?」


 ロロはクイーンの駒を手に取り、それを掌の上で苛立たしげに転がす。

 だが、その視線は始終盤から逸れず、私の姿を認めようとしない。


「夜会でも、陛下は最初からあんただけを見てた。

 まさかとは思うけど、知り合いだったりするわけ?」


 ドクン、と心臓が跳ねあがった。


「いえ、まさか」

「ふうん」


 ロロはそっけない相槌を打ち、まるで興味を失ったかのように軽く首を傾ける。

 そんな彼女の顔色を、ユリが上目遣いでそっと窺っていた。

 空気が、静かに濁っていくのを感じた。


「あんたさ。夜会で、あたしをわざと巻き込んだわよね?」

「そんなつもりはありません」

「いいえ。あれは、わざとだった」


 ロロは手にしていたクイーンを、チェス盤へ乱暴に叩きつけた。

 木駒が甲高い音を立てる。


 そこでようやく彼女は顔をあげ、私を真っ直ぐに睨みつけた。

 金色の瞳には、冷たい光が宿っている。


「あれほど、立場はわきまえろと忠告してあげたのに。

 陛下から少し特別扱いされたからって、調子に乗っているんじゃない?」


「特別扱いだなんてとんでもございません。……陛下の気まぐれでしょう」


「気まぐれで私室に呼び出された、と。

 上位妃ですら、お声をかけてもらったことがないのに?

 それだけ自分には魅力があるとでも? 何様のつもり?」


 言い返す言葉が見つからず、ごくりと喉を鳴らすしかなかった。


「陛下の姿を拝見したのも、こっちは数カ月ぶりよ。

 それでも、目を合わすことすら叶わないのに――」


 ロロは腕を組んだまま、苛立たしげに床を踏み鳴らす。

 ヒールの音が乾いた音を立て、不穏な拍を刻む。


「……いずれ、あたしたちにも城館を建てるって言われてたのに、その様子もない。

 窮屈で、惨めで。何のためにここにいるのか分からないまま、四年間。

 それを初日から、九十九位の魔女が直々に呼び出し?

 ……バカバカしくて、やってらんないわよ!」


 怒声とともに、ロロは勢いよく足でテーブルを蹴り飛ばした。


「……!」


 足元まで衝撃が突き抜けた。

 チェスの駒が四方に跳ね、床を転がっていく。


「ロロさま」


 見かねたように、ユリが低く声を発した。

 だがロロは舌打ちをし、今度はユリを鋭く睨みつける。


「何よ。あんただって、そう思ってるくせに!」


 ユリの眉がぴくりと吊り上がる。

 だが、その唇からは否定の言葉はこぼれなかった。


 その沈黙が、胸の奥をちくりと刺す。


 ひどい八つ当たりだ――。


 そう思ってはいても、心は重くなるばかりだった。


 テオドリックが自らの意思で後宮制度を望んだわけではないことは、なんとなく察していた。

 聞いた話では、公費の支出に関しても、彼は今なおぎりぎりまで渋っているらしい。

 実際に、私自身も衣服代のやりくりに頭を抱える日々だ。


 国中から魔女をかき集めてまで、テオドリックの気を引かせようとした制度。

 だが、蓋を開けてみれば、四妃すら居住を分けることが叶わないほど、制度そのものが未完成だった。

 複数の妃がひとつの邸宅に暮らせば、火種が生まれることは火を見るより明らか。

 彼が、それを理解していないはずがない。


 皇后を立てず、かといって制度を否定することもなく――

 その在り方は、矛盾に満ちていた。


 それでも、私を私室に呼んだという事実。

 しかも、それがこの妃として召し抱えられた、たった二日目の夜だったのだ。


 昨夜、噂が後宮中を駆け巡ったであろうことは、想像に難くない。

 ただでさえ風当たりの強い立場が、さらに過酷なものになるのは当然だった。

 共同生活の中で、それがどれほど針のむしろになるか。


(……もし本当に、彼が私を()()()()()()()()()()()()()()

 こんな噂の種になるような真似、するはずがない)


 影妃としての私……いや、ミルディナの存在など、

 彼にとっては心底どうでもいいのだろう。


 胸の奥が、すうっと冷たくなった。


「ちょっと、聞いてるの!?」


 ロロの怒声に、はっとして我に返る。


「ああ、もう! あんたの顔を見たら、さらに腹が立ってきたわ!」


 怒気を孕んだ声とともに、彼女は盤を思い切りひっくり返した。

 木駒が勢いよく飛び散り、そのいくつかが私の足元に転がってくる。

 ロロはバンとテーブルを叩き、目を血走らせて振り返った。


「跪きなさいよ」

「え?」

「いいから、さっさとして」

「な、なぜそのようなことを」

「あたしの気が収まらないからよ」

「……」


 助けを求めてユリへと視線を向けたが、彼女は無言のまま顔をそらしてしまった。

 昨夜、少しは距離が縮まった気がしていたのに――

 やはり、テオドリックの名が絡めば、誰もが線を引く。


 苛立ちがないと言えば、嘘になる。

 だが、ここで反抗すれば、自分の首を締めるだけ。


(ここは丸く収めておいたほうがいいわね)


 ぐっと奥歯を噛み締めた。


「わかりました」


 私は静かに立ち上がり、腰を折る。


(これも、鞘のため……!)


 その時、背後で――

 カチリ、と音を残して扉が押し開かれた。


「……ファルネスさま?」


 よく知った声が呼びかけてくる。

 顔をあげると、そこには――退院したばかりのニアが立っていた。

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