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第2話 魔王討伐、その代償


(五年前――私たちは戦いの終わりを信じていた)


 その日、勇者――テオドリックは聖剣を振るい、魔王の心臓を貫いた。

 百年の戦争は終わり、世界には平和が訪れる……はずだった。


 でも――。

 魔王城の最下層で、私は血まみれのテオが倒れているのを見た。 


 胸には深い傷。

 黄金の聖剣は、輝きを失い、刃先は無惨にも欠けている。

 傍らには、共に戦った仲間たちが言葉もなく立ち尽くしていた。


「大丈夫だ……これくらい」

 

 テオの声は、か細く弱々しい。

 血の滲んだ指が、頼りなく私の手を握る。


 ――魔王が死に際に遺した、呪詛。


 黒い瘴気が、生き物のようにテオの体に絡みつき、容赦なく侵食していく。

 触れた肌は黒く染まり、禍々しい痣がじわじわと広がっていった。

 体を蝕む痛みに耐えながら、彼はそれでも必死に意識を繋ぎ止めている。


(こんなの、どうすれば……)


 私は、ただ見守ることしかできなかった。

 魔女といえど、彼を救う術など持っていない。

 今の私は、ただ無力な存在でしかなかった。


「テオ……ごめんなさい」


 震える手で、彼の頬を撫でる。


「私が、聖剣の鞘さえ失くさなければ……」


 聖剣の鞘――持ち主をあらゆる災厄から護り、

 この呪いすらも、跳ね返せたはずの伝説の魔道具。

 それを失ったのは、間違いなく私のせいだった。


(私がいなければ、彼はこんな目に遭わなかったのに……)


 テオの痛みに歪んだ瞳が、私を捉える。

 その奥には、痛みと恐怖が混ざり合い、

 それでも決して崩れない強さが見えた。


 「ミルディナ……?」


 かすれた声で名を呼ばれるたび、

 心が引き裂かれるような痛みが胸を刺す。


 震えながらも、必死に平静を装おうとするような、そんな声音。

 自分が死にかけていることを悟らせまいとするかのように。


(世界は救われても……テオは救われない)


 彼を救う方法はただひとつ。

 ――失われた聖剣の鞘を見つけ出すこと。


(私にしか、できない)


 「……さよなら、テオ」

 

 涙が零れ落ちそうになるのを、必死にこらえた。

 彼の指をそっと解きながら、

 震える声で自分に誓いを立て、転移魔法を詠唱する。


(必ず鞘を探し出して、あなたを呪いから救ってみせる)


 テオの意識が遠のいていく中、私は立ち上がって背を向けた。


「……さよなら? なんで……?」


 詠唱が終わった直後、かすれた声が背中に刺さる。

 その戸惑いに満ちた声に、思わず振り返った。

 

「僕が、勇者の資格を……失ったからだな」

(……え?)


 言葉を絞り出すような、途切れ途切れの声音。

 混乱と恐怖が混ざりあいながら彼の瞳が揺れていた。

 信じたくない事実を無理やり受け入れようとするかのように。

 

「だから……()()()()()()()()()


 自らを嘲るような、投げ捨てられた言葉。

 それには、どうしようもない無力さが滲んでいた。

 仲間たちは一瞬、言葉を失い、お互いに顔を見合わせた。


「そんなわけない……」


 声にならない声が喉の奥に押し込められる。

 だが、私の必死の抗いも虚しく、

 膨らんだ魔力が私の体を包み込み、今にも消えようとしている。

 テオドリックたちの憤怒と喪失感が絡み合うような視線に絶望を感じた。


(ちがう)


 叫ぶ間もなく――。

 私の体は、移転魔法の強烈な力に引きずり込まれていった。

 意識がちぎり取られるような感覚。

 目の前の光景が歪み、彼らの姿がみるみる遠ざかっていく。


(まって、だめ。行かないで……)


(テオ――!)


 喉元に溜まった叫びが押し潰され、何もかもが闇に飲み込まれていった。

 私は、ただ自分の無力さを呪うことしかできなかった。

 

 そして、私は……忽然と世界から姿を消した。


 ――時は流れ。

 私がたどり着いたのは、勇者の後宮。


 妃として――彼の()()へと足を踏み入れた。

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