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ダメオヤジの変貌  作者: デギリ
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上司が鬼とならねば部下は動かず

宗司の競争を煽るやり方は功を奏し、営業部の成績は順調だった。


宗司は成績至上主義を打ち出し、それで人事評価を厳正に行った。


営業部は成績がすべて、利益を上げた者が偉いという風潮が覆う。


宗司は営業部員を集めて、自分のやり方について一席ぶった。


「営業部は会社の商品を売ってくることが仕事だ。

いくらいいものを作っても売れなければ何の意味もない。

会社の存在意義も社員の食い扶持も営業部にかかっている。

つまり、我々の価値は、いくら売ってくるかに全てが掛かっている。


私の評価には肩書きも年齢も性別も関係ない。

ただ売り上げ成績あるのみ。

ゴマスリもアピールも立派な経歴も不要だ。

成果を上げた者を評価する」


前部長はお気に入りの社員を重用し、成績を問わずに彼らを引き立てていた。

いくらいい成績を上げても、部長の機嫌を損なえば評価は下がった。


宗司の方針は峻厳であったが、その成果主義は明快であり、宗司は相手が誰であっても成績に応じて評価した。


同時に職員が実力を発揮できるようその声を聞き、環境整備に努力する。


部内の会議も様変わりした。

これまでは部長のお気に入りや出世コースにいると思われた人間が、上司の気にいるような発言をして、機嫌を取るような場であった。


今や、どうすれば成績を上げられるのか、そのために何が必要かを言い合う場となり、発言は成績のいい者が尊重される。


販売会議で、自分のアイデアをプレゼンした若手女子に対して、一流大学出の男性係長がつまらない難癖をつけた時に、高卒の中年女性が言い放った。


「田中さん、数字を出してから発言して!

あなた、外回りもろくにしていないじゃない」


プライドが高いが故に顧客回りなど馬鹿にしていた係長は、これまで部長の学校の後輩としてに可愛がられて、大きな顔をしていた。


それが歯牙にもかけていなかった女性社員に馬鹿にされる。

彼は青筋を立てて怒ったが、周りの雰囲気は冷たかった。


学歴がいいとか、誰か上層部の親戚とか、見た目がいいと言うことは意味が無くなった。


一方で、共稼ぎで家事をしなければとか、子育てがとか、親の介護がと言う者には、宗司が話を聞いた。


「君の個人の状況には会社はタッチしない。営業部は決まった時間で帰れるところではないが、その分、給与で報いているつもりだ。

定時に帰ってもいいが、成績を上げるようにそのための工夫を人一倍考えてくれ。

フリーライダーはうちの部には要らない。


それができないならば、定時に帰れる総務部に異動するなり、しばらく休職するなり、制度を見ながら考えてくれ」


横暴だ!

ライフワークバランスの時代に逆行している!

昭和の感覚だ!


一部の社員が駆け込んだ組合はそう言って非難したが、宗司は譲らない。


「会社は慈善団体じゃない。

法令の範囲で利益を上げるところだ。

利益に貢献しないならば、会社員失格だ」


そう一喝して、追い返した。

真面目に働く社員は、その姿に内心喝采した。


一生懸命働いて成績を上げたら給与も増える、今までは上司の機嫌取りや組合活動に励んだ者が優遇されていた。


また、ライフワークバランスとか言って仕事を放ってさっさと帰る者も変わらない給与をもらっていた。


誰が稼いでいるのかと真面目な社員ほど不満を募らせていた。


更に厳しくなったのは、定年近い中高年の社員である。

もう出世も関係なく、そこそこの高給を貰って窓際でのんびりしている彼らに、宗司は言い放つ。


「給料分を働いてください。

窓際族などという社員はいません。

みなさん、暇があれば外回りしてください。

成績が上がらなければ、降格、更に総務部の外勤行きです」


総務部の外勤と言えば、灼熱や極寒での外での肉体労働、辞めさせたい社員を送るところだ。


「田村くん、若い頃に色々と世話をしたじゃないか」


昔の上司が泣きついてくる。


「そうですね。

理不尽な長時間の叱責、飲み会での説教、無理な仕事の押し付け、色々と勉強させてもらいました。

教えてもらった分、更に上乗せしましょうか」


大人しく、仕事のできる宗司は難しい仕事を押し付けられて、その手柄を取られることが度々あった。


それを思い出したのか元上司は黙り込んだ。


不公平感がなくなり、正当に処遇されると思えば、大抵の社員は程度はあれ、やる気を出し始めた。

営業部は活気ずいたが、マネージャーの課長の責任は重くなる。



「社員の悩みはだいたい3つに分けられる。

一つは自分の実力の悩みだ。成績が上がらない、うまく話せない、仕事が面白くない、顧客のところに行きたくないというものだな。


二つ目は、人間関係だ。

上司が嫌な奴で頑張っても認めてくれない、部下が言うことを聞かない、ムカつく同僚がいる、理不尽なクレームをする取引先、そんなやつだな。


三つ目は、会社への不満とか生き方に関することだ。

ここでこのまま働いていいのか、生きがいがない、転勤したくない、そんなものだな」


宗司は遠藤を相手に飲んでいた。


しばらく宗司の機嫌を取ろうとして、部長を囲む飲み会の企画が続いたが、参加も稀であり、出席しても馴れ合う様子のない宗司の様子を見て、一気に下火になった。


そんな中、遠藤は臆せずに時々宗司を誘いに行った。

3回に1回ぐらい、宗司はそれに応じて、以前と変わらない赤提灯に飲みに行っていた。


そこで部下との付き合い方の話になった。

遠藤も課長に抜擢され、部下の扱いに悩んでいたので、宗司に相談したのである。


「なるほど。

確かにそんな気がしますね」


遠藤の相槌に宗司は続ける。


「一番目は自分の能力を上げるしかない。

向上心があれば叱咤激励し、アドバイスしてなんとかしてやるのが上司の仕事だ。

俺がお前にアドバイスしているようにな」


宗司はニヤリと笑った。


「向上心がなければどうしましょう?」


「最近多い、ありのままの自分とか言う奴らだな。


人間誰でもプライドがある。

同期や後輩と比較され、周囲から馬鹿にされるのに耐えられる奴は少ない。

うまく競争心をくすぐり、煽ててやれ。

俺はそういう雰囲気を作っているだろう。

課長の腕の見せ所だ」


そこで宗司はビールを飲んで、話を続けた。


「二番目はもっと難しい。

性格が合う、合わないならば離すしかないだろう。

うまく気の合うチームにすれば驚くほど成果を上げることがあるし、その逆もあることだ。


元からの気質で、能力とは別にどうしても人と合わせられない独善的な奴もいる。

それはよほど円満な性格の奴につけるか、単独で使うかしかない。


課内の様子をよく見て、部下の配置を考えろ。潰れるのは大抵は人間関係だ。

戦力は限られている。

無駄に消耗させるな」


「ふむふむ、何人か思い当たる奴がいますね」


「最後の問題は人生観に関わることだ。

正直手をつけるのは難しい。

会社を辞めたいという奴を引き止めるのは無理だ。

そこは会社の上司ができることは少ないと割り切れ」


丁寧な宗司の説明に遠藤は目を丸くする。


「田村部長、昔みたいに親切に説明してくれますね。

それにしても課長というのは大変です。

部下に厳しくする分、自分が見本とならなきゃダメですからね。

今の営業部の雰囲気じゃ、口だけでは誰も付いてこない。

あー、これなら下にいて、課長の悪口を言ってる方がよほど楽だ。


あなたの課長時代に腐してすいませんでした。

考えてみれば、営業三課で潰れた奴はいませんでしたね。

あれは課長がフォローしていたからでしょう」


褒める遠藤に、宗司はニコリともせずに言う。


「俺の課長時代は失敗だった。

部下を助けてやろうと過保護にしすぎた。

上司が鬼とならねば部下は動かずと言う。


馬鹿なことを言うなあと思っていたが、それくらいの厳しさがなければ組織も人も変わらない。


いつまで会社にいるかわからないが、これからは厳しさ八分、優しさ二分で行くつもりだ。


それでなければ、また部下に憐れまれる上司になってしまう」


宗司の皮肉に、遠藤は頭を掻いた。


「それは何度も謝ったじゃないですか。

それに今の部長を憐れむなんて奴はいませんよ。

役員会でも言いたいことを言っているのでしょう」


「部下を働かせた分、それに報いてやるのが部長の仕事だからな。

営業部の正当な権利を主張しているだけだ」


営業部の成績の向上で、宗司の属する常務派は優勢となっていた。


宗司は馬鹿馬鹿しいと思いながら、派閥での立場を強めて、その力で営業部に金や人を引っ張ってきていた。


利益が増えて、社長の覚えもめでたい。

順風満帆な宗司だったが、思わぬことから蹉跌をきたすこととなる。



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― 新着の感想 ―
営業の成果主義は、顧客を騙す様なブラックな取引をさせずクレームを出さない様にさえしていればとても良いよね。 契約はするけれど、手配や対応はいい加減って会社は潰れかねないしな。
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