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短編

重罪人な彼を絶対に甘やかさない! とかいうフラグ

作者: 宙色紅葉

 普段は仲の良く同棲生活を送っている私たちだが、たまには喧嘩をする。


 諍いの原因は、彼が洗い物担当であるのにも関わらず、三日間連続で「後で洗い物する詐欺」を繰り返したからだ。


 しかも、初犯ではない。


 彼は連続した詐欺行為を数年前から繰り返しており、犯行の数は両手でも数えきれないほどだ。


 悪質過ぎる。


 仕方がないからと私が洗ってしまうのもよくないのだろう。


 彼が完全に味を占めてしまった。


 注意した後、真面目に皿洗いをする期間も段々と短くなっていっている。


 そんな、年々ふてぶてしくなっている姿が可愛らしくて堪らな……じゃなくて、そろそろキチンと怒るべきだろう。


 そう思い、今日こそは許さんぞ! と叱ったら、彼が逆ギレした挙句にふて寝をするというフルコンボを叩きだしてくれた。


 流石の私も、これには腹が立った。


 確かに私の言い方だって悪かったかもしれないし、こちらにも反省すべき点があることは分かっている。


 だが、それでも、どうにも腹の虫がおさまらない。


 普段ならとっくに寝ている時間だが、ふて寝を続ける彼の隣に潜り込む気になれなくて、不貞腐れたままソファーベッドの上で横になっていた。


 火事を予防するためにストーブを切ったのだが、そうすると冬のリビングはよく冷える。


 無いよりはましだろうと薄いブランケットを体に巻き付けたが、正直たいした効果は無かった。


 何故、彼の方が温かいベッドでぬくぬくと眠り、私が凍えるような思いをしながらソファで縮こまって眠らなければならないのか。


 少々の恨みが脳内で踊っている上、寒さで体が緊張して眠れない。


 それでも何とか眠ろうと瞳を閉じていると、寝室のドアがガチャリと開く音がした。


 それから、何かを引きずる音が鼓膜に届く。


 音の正体を探る前に、温かくてふんわりとした布の塊が体の上に乗せられた。


『羽毛布団!? 正直、かなり有難い。心配して持ってきてくれたのかな?』


 体と心がほっこりと温かくなり、少々怒りが和らぐ。


 笑みを隠すべく、寝返りを打って羽毛布団の中にニヤける口元を隠した。


『羽毛布団だけ渡して、後は撤退するのかな?』


 寝転がりながら様子を窺っていたのだが、どうにも彼がその場から立ち去る気配を感じない。


 心の中で首を傾げていたら、ガタンという音ともにやってきた衝撃で体が大きく揺れた。


 どうやら彼がソファーベッドを拡大して、広々と眠れるようにしたようだ。


 思わず「わっ!」と悲鳴を上げそうになったが、平静を装って沈黙を貫き続けていると、モソモソと衣擦れの音を立てながら彼が布団に入り込んでくるのを感じた。


 ちゃっかりと枕も準備したようで、私の頭の隣にポスンと設置される。


 きっと、夜中に目を覚まして私が隣に居ないことに気が付き、寂しくなって抱きつきにきたのだろう。


 ケンカ後、たまに起こる事象だ。


 普段なら可愛らしさに負けて彼が背中にモギュッと抱き着いてくる前に、餌をばらまかれた鯉の如く彼の胸に飛び込むところだが、今回は例外だ。


 何せ、彼は悪質な詐欺を数年にわたって繰り返し、逆ギレにまで及んだ重罪人だ。


 いくら夜中に寂しくなってコソコソと恋人の寝ているところに滑り込むとかいう、可愛い兎ちゃんみたいな甘え方をしているのが、数年前に成人した結構体格の良い高身長の照れ屋な男性であり、そのことが脳を破壊するほど性癖を貫いてきたとしても、微妙に許されない。


 今すぐ魅惑的なお体に抱き着いて、ホッと笑みを浮かべる彼の胸元を全身全霊で嗅ぎたい! とかいう変質的な欲求が湧き出ていたとしても、ギリギリ許されない。


 今回は、もう一押しあるまでは許してはいけないと心臓が囁いている。


 もしかしたら、もっと可愛らしい姿が見られるかも! とかいう邪な想いは抱いていないことを、ここに宣言しておく。


 ……本当だ。


 ともかく、私はシュッと羽毛布団を体に巻き付けて、彼を温かな空間から締め出した。


 私が起きているとも思わなかったし、仮に起きていても、まだ怒っているとは思っていなかったのだろう。


 予想が外れて動揺する彼を、布団にくるまったままジッと睨んだ。


 すると彼はビクッとした身体を揺らした後、名残惜しそうにソファーから降りていった。


『どうするつもりなんだろう?』


 大人しく見守っていると、彼が私の方をチラチラと振り返りながら台所へ入って行くのが確認できた。


 台所はリビングからでも覗けるような造りになっているので、LEDに照らされる彼の行動がよく見える。


 真直ぐとシンクへ向かったところから、たまっていた食器を片付けて私に許してもらおうとしているのだと予想できた。


 だが、甘い。


 彼はシンクを覗き込むとビシッと固まり、それから、ゆっくりとこちらを振り返った。


 何かにショックを受けたような、酷く困惑した表情を浮かべている。


 それもそのはず、溜まった食器や今日の分の生ごみは、とっくに私が片付けてしまっていたのだ。


 別に、彼の謝りどころを潰したかったわけではない。


 食器棚から一つ、二つと消えてゆく食器を見て、今のうちに洗っておかないと明日の朝、ご飯を食べる茶碗すらないぞ! と、危機感を覚えたため、洗っておいただけだ。


 だが、おかげで当てが外れて困惑し、通路が塞がれていたピ○ミンのようにオロオロとする彼を見ることができた。


 数時間前の私に拍手喝采を送っておく。


 しょぼんと落ち込む表情についニヤけてしまいそうになるが、私はキュッと頬を引き締めてそっぽを向いた。


 少しの間そのままでいると食器棚を漁る音が聞こえ、その次に水道水が蛇口から出る音と、彼が何かを飲む音、そして最後に彼が食器を洗う音が聞こえてくる。


 要するに彼は、自らコップで水道水を飲むことによって汚れた食器を生み出し、それを自分で洗って片付けるという、やらせ系YouT○berもビックリなマッチポンプを行ったらしい。


 流石に、これでは許されない。


 炎上不可避だ。


 私は完全に布団に入り込み、あらゆる縁を自分の体の下に押し込んで鉄壁の要塞を作り上げる。


 そして、恐る恐るソファーベッドまで帰って来た彼が外からポフポフと要塞を叩いてくるのを、内側からつつき返して応戦した。


 しばらく無言の攻防を繰り返していると、すっかり参った彼がつつくのを止め、

「洗濯する。洗濯するから」

 と、今度は布団の上から抱き着いて、やんわりと揺れ始めた。


 普段は苦手で避けたがる洗濯を贖罪として選んだところに、だいぶ弱った愛らしい心がうかがえる。


 甘えた言葉遣いも相まって極上の可愛らしさを生み出していた。


 あまりの出来事に脳と心臓が動揺し、激しく震え始める。


 尊さに言葉を失い、固まっていると、今度は、

「寒いな~。入れて欲しいな~。温かくなりたいな~。なあ、布団に入りたいって~。なあ、なあ」

 と、可愛い子ぶり、要塞の端を摘まんで軽く引っ張りだした。


 脳裏に、入れろ! と布団の端を引っ掻いてきた実家の猫がよぎる。


 行動だけなら萌え袖の似合う可愛い系男子だが、実際にこれを行っているのは二十六歳の会社員で、ひっそりと体を鍛えている、ぬいぐるみやスイーツとは無縁そうな体格のいい男性だ。


 そして、そんな彼は私以外には決して可愛い子ぶったりせず、淡々と仕事をして、上司や顧客にはキッチリとした敬語を使ったりしているのだ。


 というか、基本的に可愛い子ぶる性格でも、ぶりっ子する性格でもないから、慣れないわざとらしい甘えが恥ずかしくて真っ赤になっているに違いない。


 それでも可愛い子ぶったのは、彼がぶりっ子すると私が激甘になるのを知っているからだろう。


 相当迷った挙句にとった苦肉の策に違いない。


 震えた声から想像できる姿で炊飯器一つ分の米を食べられる。


 堪らない。


 鼻血が出そうだ。


 もう、本当に、抗えない。


 古来より、こういうのは惚れた方が完全敗北すると決まっている。


 本当は戦う前からわかっていたのだ。


 決して彼に勝つことはできず、ろくに反省を促すことも怒りきることもできぬままに彼を甘やかしてしまうのだと。


 私は潔く勝利を捨て、羽毛布団をシュバッと勢いよく開くと、滑空中のモモンガのような姿になった。


 すると、彼が嬉しそうに瞳をキラめかせて抱き着いてくる。


 そして、もう一度締め出される前にガッチリと私を抱き締めると、そのままコテンと寝転び、器用に布団を動かして上手く二人でシェアできるように調整した。


「貴方は本当にかわいいね。その可愛さがズルすぎる。可愛いは正義とか、よく言ったもんだよ」


 何度も詐欺行為を見逃し、今日も今日とて完全敗北してしまった理由のほとんど全てがここにある。


 胸に顔を埋めて猫のようにゴロゴロと喉を鳴らす様子が愛おしくて、つむじにキスを落とした。


 ちなみに翌日、彼は約束通り洗濯物を洗って干し、畳んで仕舞うところまで行い、数日間は真面目に食器洗いをしていたのだが、一週間後には例の如くサボり始め、懲りずに詐欺行為に手を染めた。


 溜まりゆく汚れた食器に向き合ったのは果たしてどちらなのか。


 そこについては、まあ、触れないでほしい。

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