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【第三部】黒瞳少女は帰りたい 〜独りぼっちになった私は、故郷を目指して奮闘します〜  作者: 笛乃 まつみ
第七章 光の騎士

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91. 認識できる者

誤字報告ありがとうございます!

 お店を出る直前、ルキス様が思い出したように「土産を買って帰るんだったな。何にするか?」と尋ねてきた。

 気を遣わせてしまって申し訳ないと思いつつも、お菓子を選び、箱に詰められる様子を見ていると、自然と心が躍ってしまう。


(……きっと、そういうのも読まれているんだろうな)


 感情を読める人の前では、誤魔化しや遠慮はあまり意味をなさないため、私は必要以上に取り繕うことをやめていた。どうせバレているのだからと、自然と気持ちを割り切って行動することを選んでしまう。

 ルキス様が私に感情を読めることを伝えたのは、誤魔化しや遠慮をさせないためでもあったのかもしれない。



 店を後にすると、当然のようにお菓子の入った包みはルキス様の手の中に収まった。それに対し、私の両手は空いたままだ。

 こうした何気ない仕草の一つ一つが、ルキス様が誰に対しても紳士であることを実感させる。


「これから屋敷へ帰るのか?」

「はい。今日は屋敷の方に戻ります」


 そう答えると、ルキス様はあっさりと「では、乗合馬車だな。停留所へ向かおう」と返してきた。

 私が止める間もなく、なぜか一緒に乗合馬車へ乗る流れになってしまった。


 そうしてしばらく揺られ、屋敷に最も近い停留所に到着した。私はここまでで大丈夫だと伝えたものの、案の定、あっさりと却下された。


「屋敷へ戻る前に、もう少し話がしたいんだが……少し歩けるか?」

「はい、大丈夫です」


 話はもう終わったと思っていた私は、内心少しだけ身構える。いろいろ話したから、もう何も残っていないと思うのだけれど……。

 私は屋敷へ向かう道ではなく、川沿いの遊歩道へと道筋を変えた。遠回りにはなるけれど、ここは風が気持ちよく通り抜けて、話をしながら歩くにはちょうどいい場所だった。

 たまにしか人とすれ違わないから、周りに聞かれたくない話になったとしても問題ない。



 空は秋らしい澄んだ色で、川面には陽の光がきらきらと反射していた。風も涼やかで心地よく、歩いていると、自然と心がほどけていくようだった。

 遊歩道をしばらく歩いたところで、道の途中に設けられた開けた場所に差しかかる。ルキス様がそこで足を止めたので、私も同じように立ち止まって彼を軽く見上げた。

 私を見つめる眼差しは思っている以上に真剣で、私は反射的に気を引き締めた。


「今日、君にいろいろと確認したけれど、実はもう一つ、確かめたいことがあったんだ」


 ほんの一拍、言葉が途切れた。ルキス様の声は穏やかだけど、その間に漂った静かな圧が、胸の奥をざわつかせる。


「君は、本当に私を“認識”できているのか?」

「……?」


 予想外の問いに、私は戸惑いを隠せなかった。

 今日一日、ルキス様と普通に会話して、見て、やりとりをしていたけれど、それを確認する意味とは……?

 “認識”という言葉に微かな引っかかりを覚え、もしかして――という仮説が頭をよぎる。


「メルクリオの街で会ったときも、そして今日も、私は“認識阻害”の魔術具を使用している」


 その言葉に、心臓がどくんと跳ねた。


「普通の平民であれば、私を正しく認識できないはずだ。だが君は、メルクリオの時も今も、私を正しく“見ている”」


(やっぱり、そういうことか――)


 まさか、ルキス様の姿を正しく認識できていることが異常なことだなんて、普通は思わないよ……。


「もちろん、認識阻害が効かないこともある。完全に人の目を騙せてしまうと、犯罪に悪用される危険があるため、この魔術具は特定条件下では簡単に見破られるよう設計されている」


 私の混乱を汲んだのか、ルキス様は淡々と説明してくれる。


「例えば、同じ認識阻害関連の魔術具を使っている者や、効果を打ち消す魔術具を持っている者。魔力に対し、高い抵抗力を持つ者。あるいは、魔術の影響を一切受けない体質の者。そして、特殊な目を持つ者」


 例をいくつか挙げられたけれど、私に特に思い当たるものはなかった。ただ一つの可能性を除いて……。


「凱旋行列の時に君が私を見て驚いたことで、もしかしてメルクリオの街で会った際に認識阻害の魔術具が効いていなかった可能性を疑った。そして、次に会った時、君の口からメルクリオの名前が出て、確信した。平民の君に認識阻害が効かなかった理由で一番可能性が高いのが、魔術具を持っていた可能性だ。先ほど、誘拐事件の目撃証言が極端に少ないと話しただろう。おそらく認識を歪める魔術具で目撃を遮断しているのだと、私たちは睨んでいる」


 ルキス様の目が鋭くなる。問い詰めるのではなく、ただ静かに、私を確かめるように見ていた。

 ルキス様が淡々と話す内容が頭を駆け巡る。ようやくすべてが繋がった気がする。状況的に疑わしかったのは、メルクリオで会った人物と光の神紋者が同一人物だと認識できていたこと。認識阻害を看破できるような魔術具を、所持していた可能性が高かったこと。

 ドゥルチェッツァで共犯者と疑われた時は、突然のことに驚いたけれど、これだけ状況証拠が揃っていれば、ルキス様が私を共犯者だと断定したのも頷ける。

 ルキス様が人の感情を読む力を持っていなければ、私は確実に尋問を受けることになっていただろう。本当に危ないところだった……。

 けれど、危機という意味では、現在も進行中だ。


「念の為に確認するが、君は認識阻害を打ち消すような魔術具を持っているか?」

「……持っていません」


 もし私が何かを持っていたなら、どれほど気が楽だっただろう。


「じゃあ、君はなぜ、認識阻害を見破れたと思う?」

「……それは私にも分かりません。もしかしたら、特殊な目や体質という理由かもしれません……」


 感情を読むルキス様に対して、明確な嘘はつけない。私はあくまで“知らない”という点だけを、静かに押し通した。


「特殊な目については分からないが、魔術の影響を一切受けない体質という線はない。先ほど遮音の魔術具の影響を、君はしっかり受けただろう?」


 心臓がどくりと跳ねた。周りに人がいる中でわざわざあの魔術具を使ったのは、私の反応を見るためでもあったのかと、今になって納得した。


「では、もう一つ質問だ。君は洗礼式を受けたとき、神官から魔力について何か言われたか?」


(その質問は――)


 ルキス様の問いに、私は一瞬で心臓が凍りつく。

 州都への旅の途中、旅商人のロッコさんに言われた言葉が、頭の中をよぎる。


『もし、その手の質問をしてくる大人がいたら、すぐ距離を取るように』


 私に魔力があることに気付いた時、真っ先に注意されたことだ。私は慎重に息を吐き出し、冗談めかした口調で返した。


「その質問は、少しばかり下手な探り入れではありませんか? 子供は普通、そういう質問をしてくる大人には警戒するように教えられるものですよ」

「……そういう教えを受ける子供は、そうする必要があるからだろう?」


 ルキス様の言葉は、言い得て妙だった。私は小さく息を吐き、観念するように彼を見つめる。


「私は洗礼式を受けましたが、神官様から魔力については何の指摘もありませんでした」


 それは嘘偽りのない事実だ。私はその気持ちを込めて、ルキス様の金の瞳をまっすぐに見つめ返す。


「……本当に?」

「本当です」


 私は洗礼式の日、神官様から何の指摘も受けなかった。ただその真実を、何度も心の中で繰り返す。


「……そうか。また、私の勘違いだったか……」


 ルキス様の呟きが、風に乗って秋の空へと消えていった。ルキス様が納得したような顔をした瞬間、信じてもらえて良かったと、私は思わず胸をなで下ろす。

 けれど、次の瞬間、その安堵は静かに破られた。


「であれば、少し困ったことになったな……」


 ぽつりとこぼされたその言葉に、私は再び身構える。


「何か……問題があるのですか?」


 問いかけた私を、ルキス様は覗き込むようにじっと見つめ、そして、ゆっくりと言葉を紡いだ。


「アリーチェがどうかは知らないが、実は君といると不可解な違和感を感じるんだ。なぜか存在が気になって無視できないのに、本能的に距離を取りたくなるような、相反する感覚だ。今この瞬間も、そう感じている」


 胸の内を鷲掴みにされたような衝撃を受けた。


(まさか……あの違和感は、私だけじゃなかったの……?)


 ルキス様は眉間に皺を寄せながら続ける。


「私はてっきり君が魔力を持っていて、魔力干渉が起きているのかと思ったんだが……違うようだな」

「魔力……干渉?」


 思わず反芻した私の言葉に、彼は頷いた。


「ああ。魔術学では、相互属性や相反属性の組み合わせでごく稀に起こる現象だと言われている。ただ、属性の条件が揃えば誰にでも起きるというわけではなく、はっきりとした条件はまだ解明されていない。仮に君が魔力持ちであれば、魔力抵抗によって認識阻害を看破したという理屈も通る。高い魔力を持つ者は魔力抵抗も高くなるし、魔力が低くとも、そういう体質の魔術士もいる。君は闇属性の色を持っているし、今まで感じたことのない違和感だったから、てっきりそう思ったんだが……」


 光と闇の反発、認識阻害の看破。私が魔力持ちであれば、すべての理屈が通るというわけか。背中にじっとりと汗が滲み、私は引きつるような笑みを浮かべた。

 ルキス様はそんな私の心中を見透かすように眺めながら、にやりと笑みを浮かべた。


「だが、魔力がないとなると……その違和感の正体は、ただ一つ。私は、どうやら……君に一目惚れしたらしい」


 一瞬、時が止まった。


「……へ?」


 私の口から、間抜けな声が漏れた。


「君といると胸がざわめくんだ。恋は、こんなふうに始まるものだろう?」

(これは……絶対に魔力のことに気づいた上で、泳がせてるでしょう!)


 到底本気とは思えない、楽しげな笑みを浮かべるルキス様に、私は心の中で八つ当たりをする。


「いくらなんでも、冗談が過ぎます。年の離れた平民の子供に、そんなことを言って……変な噂が立ったらどうするのですか」

「そんな心配は不要だ。平民の子供一人を秘密裏に囲い込むなんて、容易いことだ。噂にならなければ、存在しないのと同じだろう?」


 本気とも冗談ともつかない言葉に、私は一気に混乱の極地に落とされる。


「……それに、仮に噂になったところで、私の立場になんら影響はない。なにしろ私は、この国に三人といない神の寵児だからな」


 そう言いながら、彼は私の髪の一房を指先に絡めるようにすくい上げた。


(――っ!)


 思考よりも先に、頭の中で警戒音が鳴り響く。流石にこれは冗談の域を超えてる。

 羞恥で頬が熱くなり、それと同時に怒りが胸にこみ上げる。


(……このまま、やられっぱなしでなるものか)


 私は瞬時に思考を巡らせ、頬に乗った熱をそのままに、極上の笑みを浮かべながら、ゆるりとルキス様に視線を返す。


「ルーカの目にひと時でも映れたのであれば、光栄です」


 一瞬、私の視線を受け止めたルキス様がわずかにたじろぐ。

 その隙を逃さずに一歩後に下がると、ルキス様の手からするりと髪が解けた。そして、頬に手を当て、笑みを物憂げなものへと変える。


「ですが、私は自分の立場を重々に理解しています。路傍の小花は、ひととき目を癒やすだけのもの。季節ごとに咲き誇る花に優るものではありません。どうぞ、秋風のイタズラに目を曇らせず、真に美しく咲く花を探してくださいませ」


 私は儚げに微笑みながらも、きっぱりとお断りの言葉を口にした。そちらがそういう手を使ってくるのであれば、こちらは真っ向から受け止めた上で断るだけだ。

 私をじっと見返しながら、ルキス様は驚いた表情でポツリと呟いた。


「……もしかして私は、振られたのか?」

「平たく言うと、そうですね」


 にっこり笑って言い切ると、ルキス様はしばらく唖然としたあと、突然、少年のような笑い声を上げた。ルキス様は二十代くらいだとは思うのだけれど、笑った顔はそれよりもずっと若く見えた。


「初めて振られたな」

「……随分とおモテになるのですね」

「自ら女性を誘ったことが一度もなかっただけだ」


 それはまた、ある意味でなおさらおモテになる。まあ、見た目も地位もこれだけ整っていたら、寄ってくる相手には事欠かないだろう。

 しばらく笑い続け、ようやく笑いを収めたルキス様が、軽く咳払いをした後、表情を先ほどとは打って変わって真剣なものへと変えた。


「さっきは少しばかり冗談を言ったが、もし本当に君に魔力があるなら、私が後ろ盾になってもいい」


 やっぱり……さっきのは、私をからかっていたのだね。そうだろうとは予想していたけれど、からかわれる側の気持ちも考えてほしいものだ。

 魔力があることを正直に打ち明けなかった私も悪いのだろうけれど……。


「君が警戒する気持ちもわかるが、悪いようにはしない。望むなら他の信用できる貴族を紹介してもいい。メイドの仕事を辞め、魔術を学べる学院に入ることもできるだろう」


 真っ直ぐな眼差しで提案されたその言葉に、冗談の気配は微塵もなかった。

 魔力があることを前提に語られたその提案は、もう言い逃れはできないということを示していた。


(やはり、バレてしまったか……)


 魔力持ちであることがバレてしまったにも関わらず、私の気持ちは不思議と落ち着いていた。おそらくだけれど、ルキス様は利用しようという下心ではなく、本気で、私の未来を案じて言ってくれているのだろう。

 こんなにも誠実に向き合ってもらえるなんて、私には贅沢すぎるほどの厚意だ。


「……勿体ないほどの申し出だと思います。ですが、私にはある目標があります。それは、後ろ盾を得て学院に入ったら、成し遂げられないことなのです」


 本音を言えば、魔術の勉強には興味がある。いずれは、その道に進む可能性も高いと思っている。でも、それは今ではない。今、それを選んでしまえば、私はもう火の州には戻れないだろう……。

 私の言葉を聞いて、ルキス様は少しだけ眉を下げたが、すぐに何事もなかったかのように表情を繕った。


「……君にその気がないことは分かった。無理強いをしたいわけではないから、この話は引き下がろう」

「お気遣いいただき、ありがとうございます」


 私の意志を尊重してくれるルキス様の気持ちが、何よりもありがたかった。ルキス様の言葉を受け、私は自然と頭を下げる。


「もし、何か魔力絡みで困った時は、私に相談するといい。断られはしたが、その時は力になろう」

「重ねがさね、本当にありがとうございます。ご負担を掛けないように気をつけますが、もし本当に困った時は、頼らせていただきます」


 できることなら、そんな時が来ない方がいいけれど、人生は何が起こるか分からない。貴族相手の問題となれば、旦那様の手が及ばない場合も出てくるし、そういう意味で、頼れる相手が一人増えるというのは、きっと大きな意味を持つと思う。

 ルキス様は少し思案するように目を細めたあと、ふいに話題を変えた。


「――あと、追加でもう一つ。先ほどのようなことは、止めておいたほうがいいぞ」

「……先ほど?」


 私は思わず聞き返す。そして、さっき少し仕返しをしたことだとすぐに気がついた。

 ムッとして、ついやり返してしまったけれど、やはり貴族相手にあれはまずかったかな。

 そんな私の心の中を見透かしたかのように、ルキス様が私を見てニヤリと笑った。


「男相手ならなおさらだ。貴族に、囲い込まれたくはないだろう?」

「……!?」


 その言葉の意味を理解した瞬間、私はギクリと身体を強張らせた。あの時の行動が、相手によってはいかに危うい行動だったかを、今になってようやく理解した。

 気安く接してくるルキス様についつられてしまい、今更ながら軽率だったと猛省する。


「以後、気をつけます……」


 私は小さく答え、気まずさに視線をそっと下げた。



 その後、私たちは再びフィオルテ家の屋敷を目指して歩き出した。私は歩きながら、隣のルキス様をちらりと盗み見る。


(魔力のこと、バレた相手がルキス様で本当によかった)


 心の底からそう思う。もしも違う誰か――魔力持ちの平民の子供を都合よく利用しようとするような相手だったら、今こうして落ち着いて隣を歩くことすらできなかっただろう。

 もしそうなら、逃げ出す計画を頭の中で必死に立てることになっていたと思う。


(……それにしても、魔力干渉か)


 ずっとルキス様に対して感じていた違和感の正体がわかったことに、少しほっとしながらも、それとは別に、胸の奥に形容しがたい不安がぽつりと沈んでいくのを感じた。

 これ以上バレないように、魔術具の扱いはもちろん、魔力についても一層慎重になろう。私は気を取り直し、静かに唇を引き結んだのだった。

凱旋行列から続く、さまざまな行動の謎が全て判明しました。

ルキス側から見ると、疑うのも当然の案件でしたね。


ルキスは、アリーチェが口にするまで「メルクリオ」の単語は一度も出していませんでした。手紙などのやり取りでも同様です。

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