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【第三部】黒瞳少女は帰りたい 〜独りぼっちになった私は、故郷を目指して奮闘します〜  作者: 笛乃 まつみ
第七章 光の騎士

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86. 銀灰髪の少女を探して

「第二騎士団の騎士が、銀灰髪の少女を探しているみたいなんです」


 ナリオの言葉が部屋に落ちた瞬間、空気が張りつめた。

 それまで談笑していたエンマもメリッサも、思わず息を呑んだ様子でこちらを見る。

 「銀灰髪」という言葉に、私は自然と自分の髪へ視線を落とす。昔は薄汚れた灰色で、そんな上品な呼び方をされたことなんて一度もなかったけれど、今は違う。毎日湯浴みができて、三度の食事も欠かすことのない生活。気づけば艶が出て、銀灰と言われても違和感のない髪になっていた。


 ナリオの話によれば、その騎士は先ほどバルコニーに姿を見せていた少女を探しているらしい。けれど、部屋までは特定できなかったため、宿屋の従業員に確認を依頼しているとのことだった。

 ナリオの見立てでは、騎士は一人きりで来ており、雰囲気も物々しいものではなかったらしい。

 エンマが「ねえねえ、これってアリーチェが見初められたってことじゃない?」と弾んだ声ではしゃぎ、メリッサがすかさず「声が大きいわよ」とたしなめていた。

 エンマの明るい声に、私は曖昧に笑う。貴人に見初められた――そんな軽口が出てもおかしくない状況ではあるけれど、あの短い時間でその可能性は低い。どちらかと言えば、私を知っている誰かが、私を探しているという可能性の方が高いだろう。

 頭に浮かぶのは、先程見かけた「ルーカ」の顔。私を探すとしたら彼だけれど、私を探す理由が分からない。凱旋行列の中で目が合ったときの不可解な感覚が思い出されて、胸の奥にちりちりとした焦りが生まれる。


 「どうされますか?」とナリオが、お嬢様に確認した。けれど、お嬢様はそれにすぐには答えず、私の方をじっと見つめる。


「アリーチェ。あなたは、どうしたい?」


 その問いに、私はしばし考え込む。ここで「該当者はいない」と答えてもらえば、それで終わりかもしれない。けれど、見つからなかったからといって、あちらが諦める保証はない。それどころか、逆に手を広げ、より強引な手段に出ることだって考えられる。

 相手は騎士団の人間。つまり、貴族の可能性がある。ここで下手な対応をすれば、部屋を手配してくれた旦那様に迷惑がかかるかもしれない。

 面倒なことになるくらいなら、最初から素直に「いる」と返事をしておいた方が、後々のためにもいいはず。


「……お気遣いありがとうございます。お伝えいただいて大丈夫です」


 お嬢様は私の言葉に静かに頷くと、ナリオへ目配せをした。

 ほどなくして、ノックの音が響く。ナリオが出て、確認に来た従業員に探している人物がこちらにいると告げた。

 部屋に緊張が走る中、少しして再び扉がノックされた。ナリオが扉を開けると、現れたのは赤い騎士服をまとった一人の青年。短く整えられた髪は濃い紺色で、瞳は濃い青。年は若いながらも、その体躯は服の上からでも鍛え上げられていることが分かった。


「第二騎士団・第三小隊所属、ガスパロ・ファルネッリです。入室を許可いただき、感謝いたします」


 騎士はそう名乗りながら、胸元の刺繍に手を添えて一礼した。その口調にも態度にも威圧的なところはなく、むしろ誠実さを感じる。


「ご丁寧にありがとうございます。私は、フィオルテ商会のヴィオラと申します。ご要件は、とある少女を探しているとお聞きしましたが……?」


 ガスパロ様はお嬢様の問いに頷くと、今度は私に向き直って言った。


「よろしければ、そちらのお嬢さんの名前を教えてもらってもいいだろうか」


 視線が一身に集まる中、私は一歩前に出て小さく頭を下げた。


「アリーチェと申します。ヴィオラお嬢様のメイドを務めております」


 ガスパロ様は何かを考えるように眉を寄せ、ふむ……と小さく呟いた。


「もしかして、お探しの方ではありませんでしたか?」


 お嬢様から気遣いの声が飛ぶ。彼は少し困ったように表情を曇らせると、「いや」と首を横に振った。


「私はある方に依頼されて、銀灰髪の“アリー”という名の少女を探しています。髪は条件に合っていますが、名前が違っていて……。ただ、“アリー”が愛称であったなら一致するなと、考えていました」


 その瞬間、私の心臓がどくりと大きく鳴った。


「依頼主は、先ほどの凱旋行列で帰還した騎士なのですが、何か心当たりは?」


 その問いかけで、ルーカと名乗ったあの神紋者様が、私を探しているのだと確信した。そして同時に、何故という疑問が頭をもたげる。


「私は一介のメイドにすぎませんので、立派な騎士様方と面識があるはずもなく……。ご期待に添えず、申し訳ありません」


 どう考えても、彼が私を探す正当な理由が思いつかないし、情報源は彼で間違いないとしても、私を探している人が本当に彼とも限らない。

 メルクリオの街で出会った時に、彼に救われたと言っても過言ではないので、お礼を伝えたい気持ちはあったけれど、この場での対応は避けることにした。

 ガスパロ様は「そうですか」と軽く頷き、しばし私を見つめた後、話題を変えるように言った。


「そういえば、お嬢様方はそろそろ商会へ戻られるのでしょうか? 街道も混雑しています。もしよければ、私が商会までお送りします」


 その申し出に、お嬢様は一瞬たじろいだけれど、すぐに笑顔で返す。


「騎士様にお手を煩わせるわけにはいきません。護衛もおりますし、昼間に騒ぎを起こす者などおりませんから、ご心配なく」


 商会の後継者としての教育の賜物か、お嬢様は毅然とした口調できっぱりと辞退された。

 しかし、ガスパロ様も引かなかった。


「フィオルテ商会はちょうど詰所への途中ですし、どうぞ遠慮なさらず」


 これはおそらく、“送る”という名目の監視だ。先程お嬢様が名乗った商会名などが真実かを確かめる意図があるのだろう。お嬢様もそれを悟ったのか、表情を崩さずに「では、お言葉に甘えます」と微笑んだ。



 その後、私たちは宿屋を出て、そう長くないフィオルテ商会への道のりを歩く。本来であれば、人出が引くまで宿屋でゆっくりする予定だったのだけれど、随行者が増えたとなればそうも言っていられない。

 街道にはまだ人がぽつぽつと残っており、その中をお嬢様を中心に、私とナリオが左右に並び、その後ろをエンマとメリッサに挟まれて、ガスパロ様が歩く。

 本当は、道中に私から話を聞きたかったのかもしれないけれど、残念ながらその思惑は外れたようだ。エンマが横にピタリと並び、ガスパロ様へ質問を次々と投げかける。自身の自己紹介や仕事について話し続けるエンマに押され、彼が私に話しかける隙はなかった。

 きらきらとした目で話しかけ続けるエンマに苦笑いしながらも、何も聞かれずに済んだことに、私は内心で安堵の息をついた。


 商会に到着し、私たちが迎え入れられる様子を確認すると、ガスパロ様がお嬢様に尋ねた。


「……もしかすると、依頼者から改めて手紙を届ける場合がありますが、その際はこちらでよろしいですか?」

「ええ、かまいませんわ」


 お嬢様が頷いたのを見て、彼は深く一礼して去っていった。


(これで、終わりになるといいのだけれど……)


 その背中を見送りながら、私は心の中で呟く。そうなるといいなと思いながらも、胸の奥では漠然とした不安が燻り続けていた。




 エンマとメリッサは、今日はお休みということもあり、そのまま帰宅し、ナリオは馬車の手配のため屋敷へと向かった。私とお嬢様は、馬車を待つ間に旦那様のいる会長室へ向かう。

 扉をノックすると、すぐに「どうぞ」と返事があった。扉を開けると、執務机の前に座っていた旦那様が、顔を上げて柔らかな笑みを浮かべた。

 入室するお嬢様に続いて、私も会長室へと足を踏み入れる。


「おかえり、ヴィオラ。楽しめたようだね」

「ええ。宿屋からの眺めもよくて、とても良い思い出になりましたわ。お父様が手配してくださったおかげです」


 お嬢様が明るく応じると、旦那様も目尻を下げて満足そうに頷いた。ソファへ座ったお嬢様の前に紅茶が運ばれ、しばらく凱旋行列についての感想を話していたけれど、秘書が部屋を出て行ったところで、お嬢様が真剣な表情で話題を変えた。


「でもね、お父様。凱旋行列が終わった後に、ちょっとしたことがあったの。騎士の方が“銀灰髪の少女”を探していたのよ」

「ほう……」


 旦那様は少し驚きの声を上げると、興味のある視線を私に向けた。そして、お嬢様が宿屋での出来事を説明していくと、その目をわずかに目を細めた。


「なるほど、凱旋に参加していた騎士がアリーチェを……。この前のレナート様の件といい、アリーチェは貴族に好かれやすいようだな」


 旦那様が冗談めかして笑う。その言葉に、私は小さく苦笑いを浮かべた。


「……おそらく、そのような類のものではないかと存じます」

「ということは、心当たりはあるのだな?」


 お嬢様が勢いよく振り返ると、ソファの背もたれ越しにわくわくとした表情で私を見た。


「外では聞くのを我慢していたけれど、私もずっとそれを聞きたかったの。どうなの、アリーチェ?」

「それが、ないわけではないのですが、相手が相手でしたので、あの場で頷いていいものかが分からなくて……」

「“相手が相手”とは?」

「実は……心当たりのある騎士様というのは、ルキス様だったのです」


 その名を口にした途端、部屋の空気がぴたりと止まる。旦那様の眉は上がり、お嬢様も驚きで目を見開いていた。


「……ルキス様といえば、あの神紋者の?」

「アリーチェ、でもあなた……光の騎士様のこと、知らなかったのでしょう?」

「凱旋行列でお姿を拝見して、初めて気づきました。……お嬢様には以前お話ししましたが、メルクリオの街で、ルーカと名乗る青年に道案内をしたことがありまして……」


 昔にあった出来事を簡単に説明すると、旦那様は何かを考えるように腕を組んだ。


「なるほど……その“ルーカ”という青年がルキス様だったということか。神紋者様とは、またずいぶんと大物に見込まれたものだな。わざわざ探したというのなら、よほどアリーチェのことが気に入ったのだろう」

「私としては、お嬢様のメイドを続けたいので、見初められるのは困ります」


 旦那様の冗談めかした言葉に、私も軽く冗談を返した。そんな私を見ていたお嬢様が、「ふふっ」と小さく笑う。


「あら、普通の女の子なら、飛び上がって喜ぶような話なのに。アリーチェがメイドを辞める方が困るから、私はそれでいいのだけれど」


 軽口の応酬をしながら、脳裏に凱旋行列で目が合ったときの彼の表情を思い出す。おそらくではあるけれど、あの時の彼の表情を見る限り、そういう色めいた眼差しではなかったのは確かだった。


「あくまで予測ですが、おそらく色恋のような話ではないと思います。実は、あの時――メルクリオの街でイグナツィオ殿下も見かけたのです。もし仮に何か事情があって、ルキス様と殿下がお忍びでメルクリオの街にいらしていたとすれば……」


 私の言葉に、旦那様が少しだけ顔を引き締める。


「なるほど。つまり、アリーチェは“何か余計なもの”を見てしまったのではないかと、危惧しているのだな」

「はい。ですので、諸々を考慮して、心当たりはないと返事をしました」

「それが正解だったかもしれんな。重要なことでなければ、そのまま差し置かれる可能性もあるだろう」


 お嬢様が眉をひそめて旦那様を見た。


「でも、もし“大事なこと”だったら?」

「その時は、先方から連絡が来るだろう」


 その言葉に、私も思わず眉が寄った。上位貴族からの呼び出しとなると、考えただけで胃がきゅうっと縮むようだった。


「……もし仮にそうなった場合、お断りはできますか?」

「無理だな。召喚状であれば絶対に逆らえない。召喚状でなくとも、相手が神紋者様なら、断れないと思っておいた方がいい」


 予想していた返事に、私は心の中で「そうですよね」と呟く。

 メルクリオの街で出会った“ルーカ”が親切な青年だとしても、彼は神紋者様だ。私とは住む世界が違う。平民である私が軽々しく関わっていい相手ではないし、なにより目が合った瞬間に感じた、あの不可解な感覚。

 “神紋者ルキス”という存在に、私は迂闊に触れてはいけない気がした。


(魔獣の巣に、自分から手を突っ込むようなことは避けよう……)


 できることなら、これ以上は関わらないままでいたいと、私は心の底から願ったのだった。


連載再開しました。

宜しくお願いします。


活動報告に少し補足があります。

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待ってました!! 再会は次回かな?楽しみです!
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