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【第三部】黒瞳少女は帰りたい 〜独りぼっちになった私は、故郷を目指して奮闘します〜  作者: 笛乃 まつみ
第七章 光の騎士

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85. 神紋を宿す者

 秋の初月、最終週の風の日はよく晴れ、澄んだ秋空が広がっていた。

 私とお嬢様、そしてナリオが同行し、私たちは徒歩で宿屋へと向かっていた。途中までは屋敷の馬車に乗っていたのだけれど、途中から馬車の乗り入れが制限されていたため、そこからは歩いて進むことになった。

 凱旋行列まで時間があるというのに、騎士団の姿を一目見ようと、街頭には続々と人が集まっている。メリッサが「凄い観衆」と言っていたのも納得だね。


 歩くこと少し、私たちは通りに面した落ち着いた雰囲気の宿屋に到着した。旦那様が手配しただけあって、穏やかさの中にもしっかりとした格式を感じる立派な宿屋である。

 外から見上げると、二階の各部屋には少しせり出したバルコニーがあったので、これなら前の道を通る騎士団を眺めるのに絶好の場所だろう。



 宿屋の入り口でフィオルテ商会の者だと伝えると、案内係の人がすぐさま私達を部屋へと案内してくれた。部屋に入ると、そこには既にメリッサともう一人の女性――エンマが到着していた。


「おはようございます、ヴィオラお嬢様」

「メリッサ、エンマ、今日はよろしくね」


 エンマはフィオルテ商会の従業員で、メリッサの同僚にあたる。お嬢様は定期的にフィオルテ商会を視察しているため、当然二人とは顔見知りだけれど、こうして直接会話するのは初めてではないだろうか。

 ふわふわした茶色の髪が特徴的なエンマは、まるで女の子の可愛いを詰め込んだような甘い雰囲気を持つ女性だ。今日の凱旋行列の観覧を希望するフィオルテ商会の女性従業員の中から、見事くじを引き当てて参加が叶った女性である。

 メリッサの話によると、今回は旦那様が宿屋を手配した事もあって、商会の女性従業員全員が観覧を希望したらしい。旦那様の公認なら、堂々と休みの申請ができるし、手配した宿屋が豪勢なものになるのも間違いないものね。

 事実、通された部屋は、外観と同様に上品な家具や装飾で整えられていた。宿屋の者が事前に準備したのか、バルコニー近くに配置されたテーブルには真っ白なテーブルクロスが敷かれ、その上には美しく並べられたお菓子の皿、カトラリー、茶器一式が並ぶ。


(流石は旦那様が手配した宿、本当に至れり尽くせりだね)


 初対面のナリオやメリッサ達をそれぞれ紹介した後、お嬢様とメリッサ達は着席した。普段は、お嬢様と同席することはないけれど、今日ばかりは私とナリオの席も用意されていた。とはいえ、ナリオは護衛として部屋の隅に控え、私も席には座らずにそのまま紅茶の準備を始める。

 用意されている茶葉の中からお嬢様の好みを聞いて準備していると、メリッサが何かを思い出したように「あっ」と声を上げた。


「そういえば、今回の遠征には光の騎士様が参加されているみたいですよ」

「えっ! それ本当!? 知ってたなら教えてよ、メリッサ。そんな話を聞いたら、俄然楽しみになってきたわ」

「光の騎士様ってルキス様のことよね? 私、一度もお見かけしたことがないの」


 メリッサの話にエンマが食い入るように前のめりになり、お嬢様は興味深げに質問を口にした。その問いに対して、エンマがキラキラした眼差しをお嬢様に向ける。


「遠目ですが、一度だけ見たことがあります。遠くからでも分かるくらいの、まさに太陽のような見事な金髪でしたよ」

「私は、以前の騎士団の凱旋で見たことがあります。とても美しい方でしたよ」


 メリッサも加わり、ルキス様とやらの美貌について熱心に語り合いながら女子同士でわいわいと話に花を咲かせる。

 出来上がった紅茶を各自の前に置いていると、「アリーチェはルキス様のこと知っている?」とお嬢様に聞かれた。


「申し訳ありませんが存じ上げないです。有名な方なのですか?」

「ふふっ、とても有名よ。なんと言っても、ルキス様は神の寵児――神紋者様ですもの」

「――!」


 お嬢様の言葉に、私は心の底から驚いた。神紋者といえば、礼拝堂の教えで何度も聞いたことがある。生まれながらに身体に神の御印を宿した神の愛し子だ。光の騎士という名の通り、光の神の御印を授かった神紋者様なのだろう。

 昔、火の州で火の神紋者様が峠を切り開いたという昔話を、父から聞いたことがある。でも、あくまで“物語”のように語られる存在だったから、まさか実在する姿を目にする日が来るなんて――。


(そういえば、ベルラさんが水の州には神紋者様がいらっしゃるって噂話を教えてくれたけれど、本当にいたのだね)

 

「神紋者様……本当に実在したのですね」


 私が呆然と呟くと、お嬢様は微笑を浮かべて頷いた。


「ええ、そうよ。ここ水の州が誇る神紋者様、それが光の騎士ルキス様よ。お父様から聞いた話では、神紋者様はこの国に二人いらっしゃるそうよ」

「この国に二人も? 一人でも驚きなのに、二人もいらっしゃるのですね」

「噂では、もう一人の神紋者様は風の州にいらっしゃるそうよ」


 この情報はメリッサ達も知らなかったのか、「そうなのですね」と口々に感心していた。そんな特別な人を拝見できるなんて、今回の凱旋行列はとても希少な機会なのではないだろうか。


「そんな方が凱旋行列に参加するということは、魔獣討伐にも参加されたのですよね。類稀なだけでなく、お強い方なのですね」

「州公子の騎士をされているから、とてもお強いのではないかしら。神に愛されただけでなく、きっとそのお力も特別なのでしょう。私も実際にお見かけするのは今回が初めてだし、エンマと同じくとても楽しみだわ」

「今日、来てよかったですね」

「ええ、本当に」


 お嬢様の嬉しそうな笑顔に頬を緩めながら、茶器を片付けた私は自分の席に静かに着席する。お話の中でしか聞いたことのない神紋者を見られると思うと、期待に胸が膨らむのを感じた。


 

 私たちがお菓子と紅茶を楽しみながら歓談し始めてから少しした頃、外の様子が急にざわざわとしたものになってきた。


「外が賑やかになってきましたね」

「そろそろ騎士団の方が通る頃かしら?」


 お嬢様の言葉にナリオが一歩前に出ると、迷いなくバルコニーへ出て外の様子を確認する。バルコニーから身を軽く乗り出し、手をかざして遠くを見たナリオが、「そろそろいらっしゃるみたいですね」と言った。

 その言葉を聞くなり、エンマが椅子から立ち上がり、急いでバルコニーの手すりへと向かい、ナリオと同じように手をかざして遠くを見た。


「本当、旗が見えます。ヴィオラお嬢様、メリッサ、観覧いたしましょう」


 エンマの素早い行動に思わず笑みをこぼしながら、ウキウキとしたエンマの声につられる様に、私達も動き出す。そわそわした様子のお嬢様の椅子を引いてあげると、お嬢様は素早く立ち上がって私を見た。


「アリーチェ、行きましょう」

「はい」


 メリッサの後を追いかけてお嬢様と共にバルコニーへ出ると、ちょうど旗を持った先頭が宿屋近くに差し掛かり、歓声が一段と大きくなった。


「わぁ」 

「お嬢様、手すりから身を乗り出すと危ないですから、お気を付けください」


 手すりに前のめりになったお嬢様に注意を促しながら、私も騎士団の凱旋に視線を向けた。道の真ん中を騎乗した鎧姿の騎士が進み、その両脇を赤色の隊服を着た騎士が徒歩で随従する。

 金の紋章の入った鮮やかな青色の旗をはためかせ、先頭の騎士が前を通り過ぎようとした時、ふと違和感を覚えた。


(あ……、この馬、普通の馬じゃない)


 姿形は私が知っている馬とほとんど似ているけれど、決定的な違いはその額にある長い角だろう。

 州都の第一騎士団は、騎馬ではなく魔物を騎獣として使っていると聞いたことがあるけれど、これがその噂の騎獣……。

 魔物といっても全てが獰猛な獣ではなく、種類によっては人に飼い慣らされるものもいるらしい。騎士団で使われている騎獣は、全て人が扱えるように飼い慣らされた魔物なので、危険はないとのことだった。

 ちなみに、騎獣として扱われている魔物の中には、空を飛べる魔物もいるみたいで、運が良いと州都の上空を飛んでいる騎影を見ることが出来たりする。


「魔獣って、こんな姿をしているのね。騎士団の騎獣とはいえ、魔獣が街中にいる光景は少し不思議な感じがするわ」

「本当に、色々な姿の魔獣がいますね。見たことがない魔獣ばかりなので、とても興味深いです」


 お嬢様と会話をしながら興味津々に行列を見ていると、最初に目を引いた馬の魔獣以外にも、様々な種類の魔獣が視界に入ってきた。鹿のようにしなやかな体躯の魔獣、半分鳥で半分獣の魔獣、さらには羽の生えた馬など姿形は様々だ。  

 その中でも、白銀の翼を持つ馬はひと際優美で、まるで神話から抜け出してきたようなその姿に、私は思わず見とれてしまう。

 観衆の中には、この物珍しい魔獣達を見に来ている人もいるのではないかと思うほど、目を引く美しさだった。


――ワァァ


 声援が一層大きくなった。歓声にルキス様の名前を呼ぶ声が混じったところを見ると、例の騎士様が来たのだろう。


(メリッサの話では、金髪の美青年ということだったけど、どの方だろう……?)


 少しの期待をこめて騎士様を探す私の目が、ある一点で止まる。


(金の髪の騎士……)


 白銀に輝く鎧を身にまとった騎士が、観衆の声援を受けながら柔らかな笑顔を浮かべて進んでいた。金色の髪が光を弾くように輝き、その穏やかな微笑は、見ている者すべてを惹きつけるようだった。その姿は、まるで絵画の中から抜け出してきたかのようで、目が離せない。


(あれ? あの顔、見覚えがある……)


 観衆のざわめきも耳に入らないくらい、私は手すりを強く掴みながら、遠くの顔を凝視する。そして、その瞬間、私の心臓が激しく跳ねた。


(あの人、メルクリオの街の裏路地で、私に声を掛けてきたルーカそっくり!)


 一度見たら忘れられないほどの印象的な顔立ち。あれ程美しい人が世の中に何人もいるとは思えない。


(いやいや、さすがに別人だよね……? 神紋者様がメルクリオの街の裏路地にいるなんて、どう考えてもおかしい。名前だってルーカだったし……)


 私は頭に浮かんだ考えを必死で否定する。


(でも、私と同じように、彼も本当の名前を名乗っていなかったとしたら……?)


 混乱する頭を抱えながら、ぐるぐると考えが頭を回る。


「ルキスさまぁー!」


 バルコニーから飛んだエンマの声援に、意識がはっと引き戻される。それと同時に、歓声が耳を突き刺すように響いた。 


「ねぇ、見て。あれ、イグナツィオ殿下じゃない?」

「本当、殿下だわ!」


 弾んだ声で話すメリッサとエンマの視線の先を追った私は、再びぎょっと息を呑む。貴人を表す敬称に目眩を覚えながら、「殿下……?」と私はメリッサ達に聞き返した。

 メリッサは「ええ」と答えると、先ほど私が驚きに目を見張った青年を指差す。


「あそこの二本の角を持つ馬に騎乗した男性は、ここカーザエルラを治める公爵のご子息、イグナツィオ殿下よ」

「殿下も、ルキス様に引けを取らない美丈夫でいらっしゃるわよね……」


 頬に手を当てながら、ほぅと溜息をつくエンマだけれど、私はそれどころではない。冷や汗をだらだらと流しながら、イグナツィオ殿下を凝視する。メルクリオの街で見たルーカとは別のもう一人、薄い青色の髪の青年がそこにいた。


(確かに、美しい所作から間違いなく貴族だろうとは思ったけれど、まさか公子だったなんて……。えっ、本当にメルクリオで出会った二人!? どうしよう、私、何か失礼なこととかしていないよね!? 高額な駄賃をもらったけど、別に騙してなんていないよね!?)


 半ば恐慌状態になりながら、頭の中で必死に自己弁護を繰り返す。

 激しく混乱しながらも、今後関わることのない人達なのだから、いい思い出だったということで心の中に秘めておけばいいよね……、と私は強引に結論付けた。

 ちょうどその時、今まさに宿屋の前を通り過ぎようとしていたルキス様が、不意にこちらを見上げた。視線を向けてきたルキス様の金色の瞳が、私をはっきりと捉える。


――ドクン


 心臓を鷲掴みにされたような衝撃が走り、心臓がひと際大きな音を立てた。視線に射抜かれるような感覚に、呼吸すらままならなくなって足元から力が抜ける。


(私を、見ている……)


 ぞわりと肌が粟立つような、よく分からない不可解な感覚が波立ち、全身を支配する。あの時と同じ感覚……、私の中の疑念が確信に変わる。


(間違いない、あの時の青年……ルーカだ)


「きゃっ、ルキス様がこちらを見たわ」


 エンマは頬を朱に染め、手すりにしがみつくようにして歓声を上げた。ルキス様はその声に応える様に柔らかな微笑を浮かべ、ルキス様に魅せられたエンマが、興奮してさらに黄色い声を上げた。

 そんなエンマの歓声を背景に、何事もなかったかのように凱旋行列は進んでいく。

 光の騎士の後ろ姿を見送りながら、私は今度こそ膝の力が抜け、手すりにもたれ掛かるようにうずくまる。目が合ったのはほんの一瞬のはずなのに、永遠にも思える時間、背筋を冷や汗が伝い落ちたような気がした。




「アリーチェ、大丈夫?」

「すみません、見たことのないものをたくさん見過ぎて、目を回してしまったようです。お騒がせして申し訳ありません」


 椅子に座って休憩している私を、隣の椅子に座ったお嬢様が心配そうに覗き込む。私が急にうずくまったせいで、お嬢様に心配させてしまったようだ。


「ふふっ、まさに腰が抜けるほどの美丈夫だったものね。私も、目が合っただけで幸せだわ……」


 エンマがからかうように笑った後、頬を染めてため息をついた。

 確かに、私がへたり込んだ原因はルキス様ではあるけれど、エンマの想像とは全くもって異なる理由だ。もちろん、それを訂正する気はないけれど……。


「もう、エンマったら、あなたと一緒にしないの。アリーチェ、紅茶をどうぞ」

「ありがとう、メリッサ」


 椅子に座った私の代わりに、今度はメリッサが紅茶を淹れてくれた。

 凱旋行列は終わったものの、予定ではもう少しここに残ることになっている。今すぐ帰ると、集まった観衆の混雑に巻き込まれてしまうため、少し時間を置いて戻る予定だ。


(衝撃が強すぎて、まだ頭が混乱している私には、この休憩時間はありがたい……)


 メリッサが淹れてくれた紅茶を飲んで、波立った心を落ち着けていると、突然部屋の扉がノックされた。お嬢様がナリオに視線を向けると、ナリオは軽く頷いて扉へ向かう。

 程なくしてナリオが戻ってきたが、その表情には困惑の色が浮かんでいた。それに気が付いたお嬢様が、ナリオに声を掛ける。


「どうしたの、ナリオ?」

「扉を叩いたのは、宿屋の主人だったのですが……」


 ナリオは歯切れ悪く言い淀み、ちらちらと私に視線を向ける。


「それが……、その者が言うには、第二騎士団の騎士が銀灰髪の少女を探しているみたいなんです」


 ようやく落ち着いてきた私の心臓が、再びどくりと跳ね上がる。背中に滲んだ汗が、私の背筋を冷たくさせた。


ついに、かの青年と再会しました。

アリーチェのことを探している人物は一体……。


拝読、ブックマークやいいね、評価等の応援をいつもありがとうございます。とても励みになっていました。


連載を開始して約一年、予定していた以上にここまで長かった……。

さて、約一年間コンスタントに更新してきましたが、しばらく更新をお休みしたいと思います。

最近は筆がなかなか進まず、週一の更新もギリギリが続いていたので、気分転換に短めの物語か短編でも書いて、モチベーションが戻り次第続きを書こうかと思っています。

引き続き応援いただけると嬉しいです。

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― 新着の感想 ―
ついに再会してしまった。これからどうなるのかとても気になります! 最近寒さが半端ないのでお体にはお気をつけください。 続き待ってます!!
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