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【第三部】黒瞳少女は帰りたい 〜独りぼっちになった私は、故郷を目指して奮闘します〜  作者: 笛乃 まつみ
第六章 お嬢様付きメイド

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79. 月の大市

「やったわ、アリーチェ!」


 自室へと戻ってきたお嬢様が、扉を開けるなり声を弾ませて言った。

 商会視察を中断して戻ってきたのが今日のこと。お嬢様は無言の抗議として、今日の昼食と夕食は自室で済ませていた。そして、つい先ほど旦那様との直接交渉に赴いたというわけだ。

 戻ってきたお嬢様のこの喜びようを見る限り、無事に要求が通ったのだろう。


「お父様が市場に行くのを許可してくれたの。交渉は成功よ!」

「おめでとうございます、お嬢様。良かったですね」


 今回のことでお嬢様が旦那様に要求した褒美は、月の大市への外出許可願いだった。

 私とお嬢様の作戦会議では、早々にお金で解決できるものは避けようという話になった。では何が良いかと考えた結果、いっそのこと何か特別な機会を得るお願いにするのが良いのではないかという結論に至り、今回のお願いに繋がったわけだ。

 春の萌水祭の時に、お嬢様が祭りに行けずに残念な思いをしたことを踏まえ、毎月末に開催される大市なら比較的許可が出やすいだろう、という判断でもあった。

 月の大市への外出も、普段の旦那様であれば難色を示しただろうけれど、今回はお嬢様に対して引け目があるため、旦那様も許可せざるを得なかったのだろう。私の脳裏に浮かんだ旦那様の渋い顔は、「今月末が楽しみだわ」と声を弾ませるお嬢様の姿によってすぐにかき消えた。

 何はともあれ、お嬢様が禍根を残すことなく、しっかりと溜飲を下げることが出来たのは幸いだったと思う。




 夏の初月、最終週の水の日、私はお嬢様と共に揺れる馬車の中にいた。もちろん、目的地は市場で開催されている月の大市である。馬車の中には、護衛として同行しているナリオの姿もあった。


「市場まではもう少しかしら? 待ち遠しいわね」

「お嬢様、お気持ちは分かりますが、絶対に俺から離れないでくださいね。可能な限り、アリーチェと手を繋いで行動するようにお願いします」


 盛り上がっているお嬢様に念押しするように、ナリオが口を挟んだ。


「何回も説明を受けたから分かっているわ。ナリオこそ、間違っても外で私をお嬢様と呼んでは駄目よ。私のことはヴィオ、アリーチェのことはアリーと呼ぶようにして。あと、私達は兄弟という設定なのだから、その丁寧な口調もやめてね」

「もちろん、外に出ればそのようにしますよ。お嬢様こそ、言葉遣いには気をつけてくださいね。そのままの口調ではすぐに女の子だとバレてしまいますよ」

「問題ないわ。私も外に出たらちゃんとするもの」


 そう、私達は兄弟という設定で市場へ行くことになっている。お嬢様が着ているのは、麻で作られた半袖の上着に膝丈のズボン。長い金髪は帽子の中に隠されていて、見た目はすっかり下町の男の子である。そして、兄弟設定ということは、付き添いである私も当然、色合いは違うけれど同じような男の子の格好だ。


 なぜ私達がこんな姿をしているかというと、きっかけは「お忍び観光と言えば、やっぱり変装よね!」というお嬢様の一言である。下町風の服装を着るという話までは良かったのだけれど、お嬢様の要望はそれだけに留まらず、男の子の格好をしたいと言い出したのだ。

 お嬢様がこんな事を言い出した理由は至極単純。お嬢様が最近読んだ、男装した貴族の令嬢がお忍び先で恋に落ちるという恋愛小説に影響されたからである。図らずも小説と同じお忍びをすることになり、盛り上がったお嬢様が、「それなら男装もしなきゃ」と言い出したのだ。

 そして、男装の話を聞いた旦那様はというと、「下町の服程度ではヴィオラの可愛さを隠しきれないだろうから、男の子の格好をするくらいがちょうど良いだろう」とあっさり許可が出て、今回のことが実現したわけである。


 ちなみに、最初は親子設定だったのだけれど、「こんな大きな子供がいるような年齢じゃない」とナリオの反対を受け、年の離れた兄弟ということで落ち着いた。

 兄弟にしては年が離れすぎでは?とも思ったけれど、親子設定よりは現実味がありそうである。



「市場が近くなってきましたから、そろそろ下りて歩きますか。ヴィオ、アリー、準備はいいか?」

「もちろん」

「問題ないよ」


 ナリオの問いかけに、お嬢様と私がそれぞれ返事をする。ナリオが御者のオリンドに声を掛けると、馬車はゆっくりと路肩に停まった。ナリオ、お嬢様、私の順番で馬車を下り、周囲を見回す。見覚えのある景色から、市場からほど近い通りに来たことが分かった。

 私達を下ろして程なく、オリンドが操る馬車は走り去っていった。行きは屋敷の馬車に送ってもらったけれど、帰りは乗合馬車を利用する予定なので、オリンドはこのまま屋敷に戻ることになっている。


「それじゃあ、市場まで歩くぞ。手を繋いで、二人とも遅れずに付いてこい」

「はーい。アリー、手を」


 差し出されたお嬢様の手をぎゅっと握り、私とお嬢様はナリオの後を追いかけた。



「わあ、ここが市場か。凄く人がいるね」


 いよいよ市場の入り口に差し掛かり、興味津々に周りを見回したお嬢様が、人や露店の多さに感嘆の声を漏らす。私も軽く一瞥してから、隣に立つナリオを見上げた。


「前に来た時も賑やかだったけど、今日は一段と凄いね。やっぱり月の大市だからなの?」

「ああ、月の大市の時は近隣の町や村から出店者や人が集まるから、それ目当てにさらに賑やかになるんだ」

「なるほど」


 近隣の町や村で作られた工芸品や加工品、名産や農作物などを売りに、州都へとやってくるということだね。露店や人の出入りが増えることで、相乗的に人も露店も増えるのだろう。普段の市では見かけない高級そうな露店があるのも、おそらく月の大市ならではなのかもしれない。


「後は、月の大市には移動式のちょっとした劇があったり、大道芸人もいたりするから、そういうのを楽しみに来る人も多いな」

「へえ、面白そう! アリー、後で絶対見に行こうね!」

「うんっ」


 お嬢様は興奮した様子で、繋いだ私の手をくいくいと引っ張る。私はお嬢様に明るく返事をすると、市場の人混みの中へと進むナリオの背を追いかけた。


「わっ、動物が沢山いる。あれは何?」

「あれは愛玩用の動物商だな」

「ナリオ兄、あの変わった形のテントは何?」

「ああ、あれは占いの露店だ」

「アリー、見て見て。あの果物すごく大きい。あんな大きな果物、初めて見た」

「あれは、ジローネの実だな。甘そうに見えるけど、ああ見えて実は結構酸っぱいんだ。あれをジュースにして飲むのが夏の定番だな」


 お嬢様と私から次々と投げかけられる質問に、ナリオが一つ一つ丁寧に答えていく。立て続けの質問の後、何を思ったのかナリオが突然私達を見ながら吹き出した。


「どうしたの、ナリオ」

「いや、悪い。目をキラキラさせて質問してくる二人が、親の後ろをついてまわる雛鳥みたいだなって思ったら、笑いを我慢できなくて」


 笑いをこらえるように喉を鳴らすナリオに、お嬢様が憮然とした表情を浮かべる。


「人のことを雛扱いするなんて、やっぱり今からでも父親になったほうがいいんじゃないか?」

「謝るから、父親は勘弁してくれ。ヴィオにあれこれ聞かれるのは想定内だったけど、アリーにまで色々聞かれるとは思っていなかったんだ」


 笑いながら話すナリオの言葉に、今度は私が顔を引きつらせた。確かに気持ちが盛り上がって、お嬢様と一緒になって矢継ぎ早に質問してしまったのは事実だ。

 私は気恥ずかしくなり、口の中でもごもごと呟いた。


「普段の市場にはない露店が沢山あったからつい……」

「アリーは月の大市には来たことがないの?」

「メリッサと普段の市場に来たことはあったけど、月の大市に来るのは初めてだね。萌水祭の時も、こっちの方まで回る時間はなかったし、今までこういう市を見て回る機会はなかったから……」


 メルクリオの街では、大市の翌日の片付けに参加したことがあるだけで、こういう大市を実際に見て回るのは初めてだ。萌水祭の時に訪れた場所は大通りや小神殿の近くだったから、賑やかさの趣が少し異なる。今日の大市のように混然とした露店が立ち並ぶ光景は、萌水祭とはまた違った高揚感を覚えた。


「そうか、なら二人とも思う存分楽しまないとだな」

「そうだよ。見てまわれる時間は決まっているんだから、止まってないで早く次に行こう!」


 ナリオが明るく歯を見せて笑い、お嬢様がそれに続く。私も二人に笑いかけながら頷くと、再び人混みの中へと足を進めた。



 その後、お嬢様と一緒に子供向けの人形劇を見たり、動物を使った大道芸を見たり、木製の的あてゲームに興じたりした。その合間には興味を引かれた露店をのぞいたり、屋台で色んな食べ物を味わったり、ジローネのジュースを飲むなどして、皆で楽しい時間を過ごす。

 五の鐘が鳴り、そろそろ帰る時刻になった頃、お嬢様が「お土産を買いたい」と言い出した。


「さっき、チェンバルムの楽譜を買っていたけど、他に何か追加で買いたいものがあるのかい?」


 お嬢様は露店巡りの途中、屋敷の音楽室にあるチェンバルムという鍵盤楽器の楽譜を購入していた。それ以外にも、リボンやガラス細工にも興味を示していたから、そのあたりの露店で買い物をするつもりなのだろうか?


「いや、僕じゃなくてお母さんになのだけど、やっぱり止めたほうがいいかな……?」

「物にもよるだろうけど、喜ぶんじゃないかな」


 ナリオが顎を撫でながら言う。私は「何を贈りたいの?」と尋ねながら、心配そうに曇るお嬢様の顔を覗き込んだ。


「あっちの露店にあった飴細工。とても精巧で、目でも楽しめるかなと思って」

「なるほど、それはいい。あれならきっと喜ぶだろう」

「僕もそう思う」


 私とナリオが揃って太鼓判を押すと、お嬢様はほっとした表情を浮かべた。


「よかった。それじゃ、飴細工をお土産にするよ」

「父さんには何を買うの?」

「お父さんの分は、気に入ってくれそうな物が見つけられなくて困ってるんだ。お母さんみたいに綺麗なもので喜んでくれるわけじゃないし、本とかは好みがあるから難しいし……」


 お嬢様は言葉を切ると、辺りを伺いながら内緒話をするようにそっと私の耳に顔を近づけた。


「子供が露店で高価な装身具を買っていたら怪しいでしょう? かといって、大衆的な物は好みではないだろうし……」


 確かに、旦那様が身につけるような物を露店で買うのは奇異に映るだろう。お嬢様が悩むのも無理はない。であれば、無難なのは消耗品あたりだろうか。旦那様へのお土産候補を考えながら、お嬢様の言葉に何か引っ掛かりを覚えていた。


(大衆的な物が好みではないのは、本当にそうだろうか……)


「悩むなら、飴細工を二つ買ってはどうだろう? 一対のような物を選べば、それなりに様になるんじゃないか?」

「もう少し探して、見つからなかったらそうしようかな……」


 ナリオの提案に、お嬢様がうーんと唸る。一方で私は無言のまま、さっき引っ掛かったことについて考えを巡らせていた。

 ふと、ある考えが頭に浮かび、私は悩むお嬢様に声を掛けた。


「ヴィオ、いっそ定番の物はどう?」

「定番?」

「月の大市だけでなく、普段の市場でもよく売っているような一般的なお菓子や軽食。もちろん、持ち帰れるという条件が付くけど」

「えぇ、それはお父さんは喜ばないんじゃないかな……」


 お嬢様が困ったような表情で私を見つめる。私は微笑みながらお嬢様に身体を寄せると、先程のお嬢様と同じように耳元でそっと囁いた。


「あくまで私の予想ですが、昔は旦那様もお忍びで市場に来たことがあるのではないかと思うのですよ。今日のお嬢様のように、いろんな物を食べたりしたなら、屋敷の食卓に並ばないような大衆的なお菓子とかは、逆に懐かしく感じるのではないでしょうか?」

「っ!」


 お嬢様はぱっと顔を私に向けると「それよ!」と大きな声を上げた。そして、口調が戻っていることに気づいて慌てて口を抑えた。

 旦那様が過去にお忍びで市場に来たことがあるというのは私の予想だ。ただ、もし仮に違ったとしても、お嬢様のことが大好きな旦那様であれば、お嬢様の選んだ贈り物を嫌がる素振りは見せないだろう。

 小声で「アリー、ありがとう」と言うと、お嬢様はくるりとナリオの方を向いた。


「ナリオ、お父さんのお土産は定番のお菓子にする。子供や大人も食べるような簡単なおやつを教えて。ナリオが昔に買って食べたようなものでもいいよ」

「えっ、本当に定番の菓子でいいのか? それなら、何がいいかなぁ」



 ナリオの助言のもと、お嬢様が選んだのはひよこ豆のハーブローストだった。ほどよい塩味でカリカリとした食感が特徴の素朴なお菓子だ。ひよこ豆は一般家庭の食卓では定番の食べ物だけれど、屋敷では見かけないから、そういう意味でもちょうどいい。

 お嬢様がお土産を買ったので、私も屋敷の使用人仲間にお土産としてジンジャークッキーを買うことにした。お嬢様の付き添いで、良い時間を過ごさせてもらったから、お裾分けしておかないとだね。


「ヴィオやアリーが土産を買うなら、俺も皆に土産を買って帰るかな」

「お酒だね」

「お酒でしょ」


 私とお嬢様の声が重なり、互いに顔を見合わせてぷっと笑い合う。ナリオはそんな私達を見て、やれやれといった表情を浮かべた。


「俺を見くびってもらっては困るな。買う土産は、酒だけじゃなくてツマミもだ」

「……」

「結局、お酒をお土産にすることには変わりないじゃないか」


 お嬢様の呆れた眼差しの中、私からのツッコミを受けたナリオが「大きな違いなんだがなあ」とぼそりと呟く。ツマミの重要性を説くあたり、完全な酒飲みである。

 子供の私達には今ひとつピンとこない話だ。数年後、自分もお酒を嗜むようになれば、ナリオの言葉にも共感する日が来るかもしれないね。



 それぞれ満足いくお土産の購入を終えた私達は、市場から大通りへ移動し、予定通り乗合馬車に乗って帰宅の途についた。辻馬車ではなく乗合馬車を選んだのは、お嬢様の希望だった。

 乗合馬車の中、開いた窓から吹き込んでくる風が、初夏の日差しで少し汗ばんだ肌に心地良い。お嬢様は最初こそ窓の外を眺めていたものの、疲れが出たのか、やがて私の肩に頭を預けてうとうとし始めた。その様子に笑みを深めると、私は肩の重みを感じながら馬車の揺れに身を任せた。


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