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【第三部】黒瞳少女は帰りたい 〜独りぼっちになった私は、故郷を目指して奮闘します〜  作者: 笛乃 まつみ
第六章 お嬢様付きメイド

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77. 商会視察と見習い業務

 リナ・アズル湖畔の青色が一層深みを増した頃、季節は夏の初月に入った。誕生季節を迎えた私は十二歳になり、あと一ヵ月もすれば、私が故郷を出て一年になる。

 一年前は故郷を出ることすら考えていなかった私が、一年後には水の州都に来ているなんて、誰が予想しただろうか……。まだ過ごしやすい日差しの中、私は数奇な運命を感慨深く思った。



 パーティーや萌水祭で慌ただしかった春が終わり、お嬢様が中等学級の生活にも慣れたことで、お嬢様は商会を視察するようになった。これはつまり、お嬢様の後継者教育が一段階進んだ事を意味していた。

 そして今日は、週に一度の商会視察の日。中等学級の授業がない日を選んで旦那様と共に馬車に乗り、商会へ向かっているのだけれど、その馬車には私も同乗していた。同じ馬車に乗るのはこれで三回目とはいえ、旦那様が一緒となると流石に緊張するね。


 商会に着くと、旦那様とお嬢様と一緒に執務室に向かう。そして、お嬢様専用に用意された小ぶりの机に、カバンから取り出した用紙や筆記用具を並べて置いた。


「では、お嬢様、行ってまいります」

「ええ、行ってらっしゃい」


 お嬢様に会釈をし、執務室を後にした私は商会の二階にある、とある部屋へと向かった。扉をノックし、特に反応がないことを確認して部屋に入ると、室内には木製のロッカーがずらりと並ぶ。この部屋はいわゆる更衣室で、女子従業員が制服に着替えるための部屋である。

 私はその中の一つを開けると、中に掛けていた従業員見習いの制服を取り出し、メイド服から制服に着替え始めた。何故私が制服に袖を通しているかというと、話はお嬢様が商会に視察に来た初日に遡る……。




「こちらは貴賓室になります。特別なお客様の接客の際などに使用します」


 商会視察の初日、商会の仕事を知るにあたって、お嬢様はまず商会の建物案内を受けていた。私はというと、その日は商会に向かうお嬢様に付き添い、一緒に建物を回っていた。

 ひととおり建物の案内が終わった後は執務室に向かい、お嬢様は旦那様から商会の仕事について説明を受ける。その際、会話の流れで建物案内の感想についての話題になった。旦那様がお嬢様に感想や意見を求め、お嬢様がそれに返答していたのだけれど、何故か私にも感想を求められたのだ。

 想定外の質問に驚きはしたけれど、お嬢様が貴賓室について真剣に意見を述べていたので、私もお嬢様に倣い、案内の際に気になった点について意見を述べた。


 私が気になった点というのは、倉庫の商品管理についてだ。私達が倉庫に案内された際、前面に商品名と在庫数が書かれた箱が整然と並んでいるのを見せてもらった。箱にはそれぞれ同一の商品が収められていたのだけれど、その箱の中は特に区分けなどはされておらず、並び順のみで商品の新旧を管理するようになっていた。

 案内中、ちょうど見習いの少年が商品を取り出していたのだけれど、まだ経験が浅いのか、取り出しに手間取っている様子だった。その姿を見て、私はふと疑問に思ったのだ。在庫出しを複数人で行う場合、この管理方法では不確実なのではないだろうか、と。


 私はその疑問を踏まえた上で、化粧品は様々な有機物や香料を使用しており、鮮度が重要だという説明を案内時に受けたのに、もし箱の中の並び順が乱れた場合、新旧の判断がつかなくなる可能性があることを指摘した。

 これは鮮度に影響のない商品や普通の商店であれば大きな問題にはならないだろう。けれど、一流を謳う商会であれば、問題視するべき点ではないだろうかとも伝えた。

 あまり起きないとは思うけれど、もし製造段階で不手際があり、特定の時期に納入された商品の回収が必要になった場合、現在の管理方法だと正確な判断が難しく、その商品の在庫全てを回収せざるを得ない可能性についても、合わせて意見を述べた。


「商品管理などは任せきりで、気に留めていなかったな。ちなみに、何か改善策は思いつくか?」

「そうですね……。商品それぞれに作られた年月が刻印されていないわけですから、納品時に一つの箱にまとめず、別々の箱で管理するだけで解決するのではないでしょうか。それぞれの前面に商品名と在庫数、納入年月を書いて分けるだけですから、現行の管理方法から大きく変更せずに済むと思います」

「なるほど。確かにそれであれば、導入の余地はありそうだ」

「商品の入れ替わりが激しい場合や、種類が多い場合は、また別の効率的な方法を検討する必要があるかと思いますが、今回の倉庫の規模であれば、この改善案で十分かと思います」

「ふむ……」


 この後、私の意見は取り入れられ、実際に倉庫の商品管理が少しばかり変わることになった。凄腕の商人だけあって、意思決定の早さには驚かされる。

 この話はここで終わりかと思っていたのだけれど、少し続きがある。その日の夜、旦那様から呼び出しを受け、大きな倉庫で多数の商品管理を行う場合ならどのような方法をとるべきかについて意見を求められたのだ。

 一応、自分なりに線引きをして発言したつもりだったのだけれど、どうやら出過ぎてしまったらしい……。私は、「素人考えですが……」と断りを入れた上で、とりあえず思いついた管理方法を旦那様に提案した。

 その時は、ただの思いつき程度の提案だったのだけれど、これらの発言が、思いもよらない結果を招くことになるとは、この時の私は知る由もなかった。



 二度目の商会視察の日、前回と同じように旦那様とお嬢様の馬車に同乗して商会に向かっていたのだけれど、その馬車内で旦那様に驚くべきことを提案された。


「アリーチェ、ヴィオラの後ろで控えているだけでは手持ち無沙汰だろう。せっかく商会へ行くのだから、ヴィオラが学んでいる間、従業員見習いとして働いてみないか?」

「お父様、アリーチェは私のメイドです。都合よく使わないで下さいませ」

「おや、ヴィオラは反対かい?」

「勿論です。アリーチェはメイドなのですから、従業員見習いなど職務外もいいところですわ」


 旦那様からの突然の提案にどう反応していいか戸惑っていると、お嬢様が論外だと言わんばかりに強く反対した。

 確かに、私が時間を持て余しているという旦那様の指摘は、ある意味的を射ている。お嬢様に付き添っているものの、商会での私の仕事は、お嬢様が商会の仕事を学ぶために必要な物の準備やメモ取り、お茶の準備など補助的なものばかりだ。

 はっきり言って、旦那様の秘書が補完できる仕事内容だというのも事実である。


「そうかい? それを言うのであれば、写本作業もメイドの職務からはかけ離れているのではないだろうか?」

「それは……」

「写本がよくて、従業員見習いが駄目な理由はないだろう?」


 写本の事を出されると、お嬢様も強く出られないようだ。にこやかにこちらの様子を伺う旦那様を見るに、私が神殿図書館に登録した経緯も、委細承知の上なのだろう……。

 そして、それを仄めかされた以上、お嬢様が選べる選択肢は決まっているようなものだ。


「アリーチェがいいのであれば、良いですわ」

「それは良かった。アリーチェはどうだろうか?」

「謹んで、お引き受けいたします」


 私に至っては、最初から拒否権はないようなものである。私は間髪入れずに旦那様に了承を返した。いろんな経験を積むという点に関して、異論はないしね……。

 こうして、お嬢様が視察で商会を訪れている時は、私は従業員見習いとして働くことが決まったのである。




 見習い服に着替え終えた私は、着ていたメイド服をシワがつかないようにロッカーに仕舞うと、更衣室を出て吹き抜けの階段を下りた。

 旦那様が私を見習いにした理由は簡単だ。せっかくの機会だから、見習いの仕事を経験させ、初日のように何か思いついた事があれば報告させようという狙いである。まさに、前回の私の発言を受けての着想だということが、よく分かる理由だね。

 私自身はメイドになるため、商会の見習いを断ったつもりだったけれど、旦那様としてはまだ未練が残っていたようだ。折良く機会を見つけたといった所なのだろう。まさに商人らしい一挙両得の考え方である。


 階段を下りていた私が一階近くに差し掛かった時、ホールに立ち止まって私を見上げる錆色の髪の少年と目が合った。少年は露骨に嫌そうに目を細め、「また来たんですね」とため息混じりに悪態をつくと、私から視線を逸らして倉庫の方へ早足に歩いて行った。

 彼の名前はイヴァン、私より一つ年上の従業員見習いの少年なのだけれど、先程の態度を見て分かるように、現在進行形でとても嫌われている……。


 どうやら、部外者である私が倉庫の管理方法について提案し、それが取り入れられたことが不満だったみたい。前回、初めて見習いとして仕事をした際に、イヴァンは敵対心をむき出しにして「あなたの余計な発言のせいで、今まで真面目に働いてきた人間の評価が下がるでしょう」と強く非難された。

 曰く、長年同じ管理方法で商品管理をして、イヴァン自身も先輩の指示に従って真面目に取り組んできたのに、私がその管理方法の穴を指摘してしまったということらしい。「欠陥に気づかない無能だと思われたらどうしてくれるんですか。メイドならメイドらしく、人の領分に口出ししないでください」とイヴァンは声を荒げていた。

 私としては質問に答えただけのつもりだったけれど、結果的に余計な口を挟む形になってしまったため、イヴァンが怒るのも無理はない。特に、イヴァンは今年の春に商会に見習いとして入ったばかりだから、自分の立場が脅かされたように感じて、余計に焦ったのだろう……。


 とはいえ、旦那様に言われた以上、見習いとして働かないわけにもいかない。その結果、イヴァンに「領分を侵した」と睨まれるのだから、まさに板挟み状態である。

 さらに、旦那様が「変則的に仕事をさせる代わりに、目新しい提案をした場合は、内容に応じて特別賞与を支払う」と約束してくれたため、故郷に帰るための旅費を稼ぐ身としても、手を抜くわけにもいかない。

 とりあえず、イヴァンの領分を侵さない部分で提案できそうな箇所を探そうとは思っているのだけれど、そんな私の心の内をイヴァンは露ほども知らない。当然、イヴァンの態度が軟化する気配は一向にないというわけだ。同じ見習いということで、一緒に指導を受けたり仕事を任されたりする機会が多いだけに、余計に敵視されている気がする。

 唯一の救いは、他の従業員の前ではイヴァンも敵愾心を隠していることだろうか……。



 本日の見習いとしての仕事は、発注書の書き方を教えてもらった後、実際にそれを工房へ届けるという仕事を任された。本来であれば一人で済むような内容ではあるけれど、私が工房の場所を知らないということで、イヴァンも同行することになった。

 イヴァンにとっては迷惑極まりない役目である……。


 当然のことながら、イヴァンは終始無言で、私に背を向けたまま早足で先導する。肩越しに私を一瞥することなく、まるで「あなたと馴れ合うつもりはない」という無言の意思表示のようだ。

 気まずい沈黙が続くものの、少なくとも置き去りにされるような意地悪をされないだけマシなのだろう……。

 イヴァンの歩調はそれなりに早かったけれど、山間育ちの私にとってはこの程度の速さであれば全く問題ない。初めて通る職人通りを興味深げに眺めたり、街路樹に咲く花に目をやりながら、私はイヴァンの後を軽やかに追いかけた。


 その結果、工房に到着する頃には、意地を通したイヴァンがへばってしまうという事態になった。一応、途中で心配して声を掛けてみたのだけれど、それが逆効果だったようで、余計にイヴァンがムキになった結果である。

 お使いを終えた帰り道はというと、行きとは異なり通常の歩調に戻っていた。流石に、嫌いな相手にへばった姿を見せてしまったことで、イヴァンも気力を喪失したみたい。やや肩を落とし、地面に視線を向けたまま無言で歩くイヴァンの背中からは、行きとはまた違った種類の気まずさが滲んでいた。


 商会に戻り、下働きの男性に「戻りました」と声をかけて、従業員口から中へ入る。ホールに差し掛かったところで、私の目に飛び込んできたのは、唇をきゅっと引き結び、不機嫌さを露わにして勢いよく階段を下りてくるお嬢様の姿だった。


お嬢様がご立腹。その理由は……?

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