74. 佳なる遊宴
「庭のテーブルと椅子の設置が終わりました。チェックお願いします」
「注文していたお菓子、届きました!」
「装飾花が一つ足りないです。誰か見ていませんか?」
「演奏家の方々が到着しました」
屋敷の中を慌ただしい使用人たちが報告と連絡をしながら行き交う。私も例外ではなく、ばたばたとした足音には、庭へ厨房へと移動する私の音も含まれていた。
何故こんな慌ただしいことになっているのかというと、話は一ヵ月前に遡る――
「この時期は本当に大変なのよね……」とのゼータさんの呟きから一週間が経ったある日、朝の業務連絡でアントンさんから使用人に通達があった。
「来月の第三週、風の日に当屋敷でパーティーが開かれます。この一ヵ月弱の間、皆、心して準備に取り組んでください」
(……パーティー?)
確かに、今の時期はいろいろと催し物があるとは聞いているけれど、パーティーって個人の屋敷で行うものなの? アントンさんからの通達を聞いて私が慌てて周囲を見回すと、緊張はあるものの皆それを普通に受け入れていた。
アントンさんの話の後にニルデに確認すると、どうやら新作の化粧品の発表会も兼ねて、毎年春に屋敷でパーティーを開催しているらしい。招待客は貴族と平民の富豪らしく、毎年このパーティーは緊張するとニルデは言っていた。貴族が参加するのであれば、その気持ちも痛いほどよく分かる……。
なるほど、ゼータさんが大変だと言っていたのは、おそらくこのパーティーのことだったのだろう。
その後の朝食の席で、旦那様から奥様やお嬢様にパーティーのことが伝えられた。今年から、招待客の選定や招待状作りにお嬢様も参加されるようで、お嬢様は真剣な表情で旦那様の話に耳を傾けていた。
招待状作りと言っても、奥様やお嬢様が全ての招待状を書くことはないだろう。重要な招待客にはお嬢様たちが自筆するだろうけれど、それ以外の招待状を書くのは使用人だ。
(アントンさんやゼータさん達は大変なのだろうなあ……)
そんな他人事の様に考えていたのも束の間、当然のように私にも代筆の仕事が回ってきた。お嬢様関係で呼ばれる招待客のうち、お嬢様が自筆しない残りは、私の担当らしい。
お嬢様付きのメイドなのだから当然といえば当然なのだけど、ちょっとした手紙と違い、招待状の代筆はかなり重要な役目だ。屋敷の品格を示すことにもなるので、責任重大である。
「アリーチェ、あなたなら大丈夫でしょう?」
そんな重要な仕事を、まだ勤めて浅い私に任せて大丈夫なのかと確認すると、お嬢様から笑顔と共にそんな言葉を返されてしまった。信頼してもらえて嬉しい反面、失敗できないと私は気合を入れた。
幸い、孤児院にいる時に書写の内職をしていたので、均整の取れた美しい文字を書くのは得意である。招待状の中身をアントンさんに一度確認してもらい、大丈夫だとお墨付きをもらえた時はほっと安堵の息をついたものだ。
ちなみに、奥様とお嬢様が招待客を選定している際に知ったことだけれど、基本的に参加するのは男爵や騎士爵といった下位貴族で、参加しても子爵までらしい。それより上の貴族への新商品の売り込みはどうするのだろうかと疑問に思っていると、そういう貴族には屋敷へ呼び出された際に、既に新商品の紹介をしているのだと、お嬢様が教えてくれた。
上位・中位貴族へは屋敷に呼ばれた際に、下位貴族や富豪は屋敷のパーティーで、普通の市民には萌水祭で新商品をお披露目する流れになっているみたい。紹介する時期をちょっとずつ上手い具合にずらしているのだと納得した。
招待状を出し終えた後も、慌ただしく準備に追われる日々は続く。招待状の返事が返ってくれば出席確認をし、それを元に奥様とお嬢様に席順を決めてもらう。また、新商品の発表を兼ねるため商会の従業員との打ち合わせも必要だった。今回のパーティーの装飾テーマが決まれば、それに合わせてカーテンや装飾花を手配する。
毎年開催していると言っても、毎年テーマは異なるらしく、それによって調度品を新しく購入したり、借りたりするみたい。特に今年は香水の新商品に力を入れているらしく、装飾テーマは「香りと光の遊宴」となっていた。手配している調度品にアロマランプが含まれているのは、そのテーマに合わせてなのだろう。
他にも、会場が庭と屋敷内なので、念入りな清掃や点検はもちろん、パーティーの仕様に合わせてレイアウトを考える必要もあった。
私は携わっていないけれど、飲み物や料理やお菓子のメニュー決めや準備、庭の整備、パーティーを音楽で彩る演奏家の手配など、準備は多岐にわたる。
通常の仕事をしながら準備も進めないといけないので、掃除メイドや料理人や庭師、アントンさんやセルジョ達は本当に大変そうだった。
萌水祭を翌週に控えた春の中月の第三週、予てより準備してきたパーティー当日を迎えた。開始時間を間近に控え、使用人達が慌ただしく動き回る。この一ヵ月、様々な準備に追われ、三日前には設置や段取りの予行演習まで行っているため、使用人の士気は高い。
この屋敷のメイドとして多くの人の目に触れる以上、私も手抜かりなく頑張ろうと、気合を入れ直す。
「アリーチェ、今到着されたのがカルルッチ男爵とそのご家族です」
玄関先で招待客を出迎えていると、到着した招待客の一家を示してゼータさんがこっそりと私に言った。失礼のないように頭を下げたまま、主会場となる庭へ案内される一家――男爵と男爵夫人、そして三人のご子息をそっと観察する。
(あの方々が、カルルッチ家の……)
私は招待客の選定の段階から手伝っているので、今回の招待客は全て把握しているけれど、その中でも特に注意を払うようにと使用人全員に通達されている要人がいる。さきほど到着したカルルッチ家の方々がそのうちの一つである。
カルルッチ男爵の領地は水の州の北西地方にあり、特に知名度の高い領地ではないけれど、唯一抜き出た特産品がある。化粧品の材料となる珍しい鉱物が産出するのだ。
化粧品を製造販売するフィオルテ商会とは付き合いも長く、特に注意を払うように言われている理由でもある。
注意を払うというのは、失礼のないようにという意味でもあるけれど、様々な招待客が来ているから他の客との摩擦も含めて注視するようにという意味みたい。
まぁ、今回参加している貴族は、平民が主催するパーティーに参加する貴族だけあって、貴族特有の傲慢さは低いらしいから、そういう問題も少ないだろうとのことだった。
残りの招待客も到着し、様々な装飾花と柔らかな花の香りで彩られた庭に一同が集まったところで、シャンパングラスが各自へ配られた。そして、今回の主催者である旦那様が前に出て、グラスを持った手を掲げた。
「本日はお忙しい中、我が家にお集まりいただき、誠に感謝いたします。様々なもてなしを用意していますので、楽しんでいただけたら幸いです。では、皆様の良き時間に、乾杯」
乾杯の声が響き、パーティーが開始された。私は乾杯で空になったシャンパングラスを招待客から手早く回収し、決められた場所へと集めていく。
乾杯後、しばらくは庭のそこかしこで歓談に花が咲いていたけれど、グラスの回収が終わる頃には次第に男性客は屋敷内へと入り始めた。
パーティーは新商品のお披露目も兼ねているため、庭には化粧品と香水が展示されている場所もあり、実際に手に取ったりも出来るようになっている。そういう事もあり、女性客と子供は庭に設置されたテーブルでお茶とお菓子を味わいつつ、化粧品やお喋りを楽しむ。男性客は屋敷内のシガー室やサロン、娯楽室で楽しむといった風に、もてなしの準備がされていた。
ちなみに、庭には商会の従業員も来ているので、化粧品に関して質問や疑問が出ても、接客に問題はない。来ている従業員の中にはメリッサもいて、目が合った私にウィンクで合図出来るくらい余裕があるみたい。そんなメリッサに微笑みながら軽く合図した後、私は屋敷内の持ち場へと急いだ。
私が今回割り振られた場所は、娯楽室である。最初は、女性客が多い庭に配置されるのだと思っていたけれど、庭に集まる妙齢のご婦人のお世話をするには年齢が若すぎるということで、経験豊富な奥様付きメイドが主に担当している。
では、私が担当する娯楽室はというと、男性客の中でも若い年齢層が集まりやすい場所らしい。わざわざ私を配置したのは、雰囲気を華やかにするという意図なのかと思ってアントンさんに聞いたら、年頃のメイドだとちょっかいをかけられてしまう可能性があるけれど、私なら若すぎて逆に安全だからだと言われた。
(まだ色気の欠片もないのは自覚しているけど、華を添えるとか勘違いした自分が恥ずかしい……)
パーティーの給仕には、掃除メイドは勿論、洗濯メイドのニルデたちも駆り出されているから、彼女達がちょっかいをかけられて嫌な思いをするよりはマシだと思うけれど……。
それなら、男性使用人が給仕すればいいのではと思ったのだけれど、アントンさんはシガー室とサロン、セルジョは様々なことに対応するため事務室に控えているので、手が空いていないから仕方がないみたい。
(娯楽室は若い年齢層が集まりやすいとは聞いていたけれど、確かにこれは凄い……)
娯楽室の複数のテーブルには、ボードゲームやカードゲームなどが用意され、彼らはワインやシャンパングラスを片手に、ツマミを食べたりお喋りしながらゲームに興じていた。成人したばかりの年齢くらいから二十歳過ぎ位の青年達が集まっているものだから、そりゃ賑やかにもなるというものだ。
適宜、娯楽室とその隣のサロンの様子を見回って、飲み物やツマミなどの補充をしているけれど、今のところ大きな問題は起きていない。アントンさんが予想していたように、流石にまだ子供の私にちょっかいを掛けてくる人はいないみたい。
ただ、少し気になるのは娯楽室のお酒の進みが早くて、顔を赤らめる人も出てきたという点だろう……。
パーティーも半ばを過ぎた頃、娯楽室にいた一人の男性客が軽く手を上げて私を呼んだ。
「すまないが、水を頼む」
「畏まりました」
「何だ、もう飲まないのか? せっかく久しぶりに会ったというのに付き合いが悪いじゃないか」
角を挟んで斜め横に座っている青年が、顔を赤くした黄土色の髪の青年に声を掛ける。二人は元々の知己のようで、親しげな様子で会話をしていた。
「そうは言うが、私は君ほど酒に強くないんだ」
「まあまあ、あと一杯くらい良いだろう?」
「まあ、一杯くらいなら……」
最終的には黄土色の髪の青年――カルルッチ家の三番目の子息が折れたみたい。仕方がないといったふうに肩をすくめる様子から、いつもこんな風に押し切られている姿が想像できた。
この手の人は、あと一杯と言いつつ三、四杯は付き合わせたりするんだよなぁ……と思いながらも、私はおくびにも出さずに笑顔で了承を返した。
その後、厨房へ行き、彼らが要望した赤ワインを大急ぎで準備し、娯楽室へと戻った。一応、トレイには赤ワインと共に水の入ったグラスも用意してはみたのだけれど、一杯付き合うと言った手前、三男が選んだのは赤ワインだった。
未練の残る様子で水に視線を向ける三男を確認しながら、私は水の隣にあったグラスを三男に渡した。
「さあ、久しぶりの再会を祝して」
二人が共にグラスを掲げて、グラスの中身を口に運ぶ。酒を勧めた青年は勢いよくワインを呷り、カルルッチ家の三男はというと少し目を見張った後、そのまま何も言わずに見た目は赤ワインにしか見えないそれを仰いだ。
少しの仕草も見落とさないよう、私は三男の様子をじっと伺っていたけれど、三男はその後も何も言わず、ただ一度私に軽く視線を向けると、こくりと小さく頷いた。
(余計なことをしてしまったのではないかと気を揉んでいたけれど、どうやらその心配はなさそうだね)
案の定、最後の一杯を飲み干した後も、三男は予想通り「もう一杯だけ」と誘われていた。酒の席での付き合いが大変なのは、貴族も平民も同じみたいだね……。
聞き耳を立てながら私がしみじみと思っていると、結局根負けしたのか、私は再び三男に呼ばれた。
「悪いが、先程と同じワインを一杯頼む」
三男は目配せするようにチラリとグラスに視線を落とし、控えめな声でそう言った。
「流石、レナート。話が分かるやつだな!」
ご機嫌な様子の青年にぽんと肩を叩かれた三男は、私に軽く視線を向けて苦笑いを浮かべた。私はその視線に柔らかな笑みを返すと、軽く会釈して先程と同じ赤ワインを用意すべく、急ぎ厨房へと向かったのだった。
アリーチェのさりげない気遣いでした。




