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【第三部】黒瞳少女は帰りたい 〜独りぼっちになった私は、故郷を目指して奮闘します〜  作者: 笛乃 まつみ
第五章 州都カーザエルラ

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70. 青天霹靂

「隠し子……なのでしょう?」


 嬢様からの問いかけに、「……へっ?」と間の抜けた声が私の口から溢れた。青天の霹靂ともいえるお嬢様の言葉に、私の頭が真っ白になる。

 数秒が数分にも感じる中、重なっていた視線をお嬢様が逸らしたことで、私の思考が駆け巡る。視線を落とし、布団をぎゅっと握りしめるお嬢様を見つめながら、私は絞り出すような声で言った。


「お嬢様は、勘違いされています」

「誤魔化さなくてもいいわ……。お父様がわざわざ遠い街から呼び寄せたという時点で、おかしいとは思っていたの。あなたを初めて見た時、お父様と似ている髪色に、もしかしてという疑いを持ったわ……」


 確かに、私も旦那様も灰色の髪である。けれど、同じ灰色系と言えども、旦那様は僅かに赤みがかった灰色で、私はくすんだ灰色だ。ぱっと見、似ているように見えても、間近で見比べれば髪色が微妙に異なることには気付けるはず。

 とはいえ、私と旦那様を並べて見比べる機会はなかっただろうし、似ている髪色なのは事実ではあるから、そういう考えに至ったのだろう……。


「最初はただの勘違いだと思っていたのだけれど、ゼータにあなたの事を聞いたら、お父様かあなたに直接尋ねて欲しいと言われてしまって……。普段のゼータであれば話してくれることだから、何か特別な理由があるのだろうと疑いを深め、そして今日、メルクリオの街出身ではないことを聞いて確信したの。元々お父様との繋がりがあったのであれば、余所者であるあなたがエルミーニ商会に推薦されたことも頷けます」


 ゼータさんが私のことを話さなかったのは、私がお嬢様の跡継ぎ教育の一環である裏事情を知ってはいても、詳細までは知らなかったという可能性がある。もしくは、詳細は私本人か旦那様から直接説明するという通達があった、というあたりだろうか。

 とはいえ、ゼータさんから話を聞けなかったことで、特別な事情があるのではと疑ってしまったのも分かる。メルクリオの街出身でない孤児が、商人のツテを使ってメイドになれるはずがないという判断は、至って自然だ。


(なんというか、本当にいろいろな条件が重なって隠し子だと誤解されたのだね……)


 とんでもない誤解に現実逃避したくなったけれど、お嬢様の誤解をこのままにしておくわけにはいかない。私はベッドの脇に膝をつくと、俯いたお嬢様と視線を合わせた。


「状況だけを聞くと、お嬢様が誤解されるのも頷けますが、本当に違うのです。私と旦那様の間に血縁関係はありません。光の神に誓って、私の言葉に嘘偽りはないと約束します」


 戒律と秩序を司る光の神は、誓約の際に誓いを立てる神である。余程の罪深い者でなければ、神に誓った言葉に嘘偽りは述べないものだ。

 お嬢様もそれを知っているから、私を見つめる瞳に少しだけ安堵の色を浮かべた。


「本当の、本当に……?」


 おずおずとした様子で尋ねるお嬢様に対して、「はい、本当です」と強く断言しながら微笑みを浮かべる。


「では、あなたが推薦されたのは何故なのですか?」

「先程、説明しようとした話になりますが……」


 そう切り出し、私がこの屋敷で働くことになった経緯をお嬢様に掻い摘んで説明した。

 私が発案した商品がエルミーニ商会の目に留まり、商業ギルドの登録簿に商品が登録されたこと。登録簿の審査を申請する際に、エルミーニ商会長の既知である旦那様に口添えをお願いし、結果として旦那様が私を知ったこと。私は孤児院の窮状を改善しようと様々な改革をしていたけれど、その事を知った旦那様が興味を持ち、メイドの勧誘を受けたこと。

 孤児院の改革と言うと、もの凄く大仰な説明になってしまうけれど、私が行った罠猟や勉強会、作成した薬湯などを簡潔かつ客観的に説明すると、そうなってしまうのだよね……。


「登録簿に載るほどの商品の開発……、それが本当であれば確かに凄い話ね。お父様がわざわざ呼び寄せたというのにも納得です」


 登録したと言っても掃除道具だし、実際の商品開発や諸々に関しては全てブルーノさんが手を回して行ったことだ。ただの発案者として名前が載っていることを高く評価されるのは、私としては少し面映ゆく感じる……。

 とはいえ、せっかく隠し子疑惑が晴れたばかりなのだから、変に腰を折ったり評価に水を差す必要もない。そう判断した私は、空気を読んで口を噤んだ。


「それにしても、お父様も人が悪いです。最初にちゃんと説明しておいてくれれば、こんな誤解をすることもなかったのに……。もちろんそれは、詳しく話を聞こうとしなかった私にも責任があることですけど……」


 憮然とした顔で呟くお嬢様に対して、私は小さく苦笑いを浮かべた。

 当然、旦那様は後継者教育の一環としてわざと話さなかったのだろうけれど、お嬢様がその場で深く質問していたら、ちゃんと情報を与えた可能性は高い。孤児という先入観で、お嬢様がそれ以上の情報を得ようとしなかったから、旦那様は話さなかったのではないかな。


(推測だけど、当たらずも遠からずといったところかな……)


 そんな風に考えながら、私は膝をついた状態から立ち上がると、お嬢様は目で追うように私を見上げた。そして、真剣な顔つきで私をじっと見つめる。


「……アリーチェ。あなたが発案したという商品に興味があるのだけれど、よかったら話してくれないかしら?」

「それは……」


 私の脳裏にセルジョの顔が浮かぶ。鍵を締める役目を負った同僚は、今も起きて私が戻ってくるのを部屋で待っているはず。もちろん、セルジョのことだから、横になって休眠を取りながら待っているだろうけど……。

 とはいえ、それが待たせてもいい理由にはならないし、夜遅くにお嬢様の部屋に長居するのもあまり良くないよね。


「もしかして、発案した内容は秘匿しているのかしら?」


 私が言い淀んでいるのを見て、お嬢様は情報を秘密にしているかと勘違いしたみたい。別段、お嬢様に話しても問題ないと思うけれど、話すにしても流石に今は適していないだろう。


「秘匿はしていないのでお話しすることは出来るのですが、なにぶん夜も更けておりますので、お嬢様の明日への影響を心配しておりました」

「あ……、確かにそうね」


 お嬢様は肩を落として少し残念そうにしたけれど、すぐにぱっと表情を変えた。何か妙案でも考えついたのだろうかと様子を伺っていると、「それなら、今度でいいわ」とお嬢様が明るく言った。


「これから、話を聞く機会はいくらでもあるのだから、また今度教えてちょうだい」


 少しはにかむように言ったお嬢様の言葉の意味は明白だ。また今度、いくらでも機会があるという言葉の裏には、今後も私を側に置くという意思が表れている。

 最初は胡散臭そうに私を見ていたお嬢様が、しっかりと私を見て、知った上で側に置くと言っているのだ。お嬢様に認められたという実感がじわじわと私の胸に広がっていく。


「お嬢様のお望みとあらば、いくらでも」


 私は喜びに顔をほころばせながら、満面の笑みでそう返事をした。

 自分にとってできうる限りの人事を尽くしたつもりだったけれど、最終的に雇用しないと判断されることも覚悟していた。傷が少ないように、一歩引いて粛々と評価を待っていたつもりだったのだけれど、お嬢様に認められたということが、自分でも思っている以上に嬉しかった。

 二週間もずっと側でお世話をしてきたわけだから、お嬢様に対する情が芽生えたのもあるのだろう。

 お嬢様は私の返事に満足した様子で頷くと、布団へと潜り込んだ。


「今日はもう寝ます」

「はい、おやすみなさいませ。お嬢様に良い眠りが訪れますように」


 就寝の言葉をお嬢様に告げ、私は留めていた紐を引いて天幕を閉めた。明かりの灯っていたサイドテーブルのランプを消し、コップの乗ったトレイと私のランプを手に取ると、静かにお嬢様の部屋を後にする。

 先程から何度も通った静かな廊下を、私は軽快な足取りで歩く。暗闇の中、明かりは私の手元の小さなランプ一つだったけれど、そんな暗さも気にならないくらい私の心は弾んでいた。




 翌日、眠気を覚えつつもちゃんと起床時刻に起きた私は、普段と同じようにゼータさんと共にお嬢様の傍らで仕事に従事する。いつもと変わらない日常の中、お嬢様が私にゲームを準備するように言ったのは、三日前と同じ昼下がりのことだった。

 前回と違うのは、お嬢様が最終試験だから私に勝てると思うゲームを選ぶようにと言ったことだろう。そして私も、今回はちゃんとゼータさんに相談した上で、記憶力で勝負できるゲームを選ばせてもらった。

 記憶力を競うゲームは二種類あったけれど、私はそのうちの絵合わせカードというゲームを選択した。ルールは単純で、順番に裏返されたカードをめくり、同じ絵柄の二枚を当てれば自分のものに出来るというものだ。

 カードには花の絵柄と共に数字が書いてあり、最終的に手に入れたカードに書いてある数字の合計が多い方が勝ちである。記憶力はもちろん、いかに大きな数字のカードを手に入れられるかが勝負の鍵だろう。


 公平を期すため、私ではなくゼータさんがカードを並べて準備を終えると、早速私とお嬢様の勝負が始まった。

 手に入れたカードの枚数が相手より少なくても、書いてある数字によっては逆転も可能というのがこのゲームの醍醐味なのだろうけれど、私とお嬢様の勝負の結果は火を見るよりも明らかだった。


「最初からこのゲームを狙っていましたね」

「記憶力には少々自信がありましたので……」


 じとりとした眼差しを向けるお嬢様に対して、私は柔らかな笑みを返す。

 このカードは枚数が多い上に、絵柄の花々が淡い色合いで描かれているため、似通った絵がとても多い。このゲームに慣れており、絵柄をある程度熟知しているお嬢様の方が有利ではあったのだけれど、それでも手札の枚数は圧倒的だった。

 念の為ということで、ゼータさんに両方の点数を確認してもらい、計算の結果はお嬢様が二十四点、私が六十点ということで、私の勝利が確定した。

 お嬢様の敗因は、高得点のカードを優先して記憶し、点数の低いカードを切り捨てたことだろう。まんべんなく記憶しておけば、ある程度いい勝負にはなっただろうに……。

 お嬢様は憮然としながらも、どこか晴れやかな様子で肩を落とし、大きく息を吐いた。


「これで全ての条件を達成したわけですね」

「全て、ということでよろしいのですか?」


 お嬢様から言われた条件は二つ。側に置いてもいいと思わせること、ゲームに一勝することだ。

 ゲームの一勝は今達成できたけど、側に置いてもいいと、まだはっきりと口にはされていない。それを明確にするため、私が改めて確認すると、お嬢様は迷いのない吹っ切れた表情で「ええ」と頷いた。


「アリーチェ、今後も私付きメイドとして働くことを許可します」

「ありがとうございます。誠心誠意、務めさせていただきます」


 私は椅子に座ったまま背筋を伸ばすと、満面の笑みと美しいお辞儀をお嬢様に返したのだった。


無事、雇われることが決まりました。長かったですね。

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