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6. 約束

 後日、ピエラに、ピエラのお兄さんに嫁入りするのではなく、奉公に行くことを決めたと伝えた。それを聞いたピエラには、「村に残ってくれると思っていたのに……」と泣かれてしまった。でも、奉公が終われば戻ってくるつもりだと話したら、泣き顔で「待ってるからね」と返事をしてくれた。


 結局、ピエラからの提案は家族に内緒にしたまま、私は奉公の準備を始めた。奉公に向けた準備は着々と進んでいき、私の生活は更に慌ただしくなっていった。

 奉公に持っていく服を新たに作る時間もお金もないため、姉のお下がりの衣類を私のサイズに直し、下着類を少しだけ新調する。

 サイズ直しは母がやってくれたけれど、刺繍に関しては母に教えてもらいながら私もほんの少しだけ頑張った。今まで縫い物を避けていたツケで、私の刺繍は全くもって不格好だったけれど、「あなたと一緒に縫い物が出来て良かったわ」と母が言ってくれたから良しとしよう。

 母は針仕事が得意ということもあり、刺繍を入れ、袖や裾に手を加えたお下がりの服は、多少なりとも見られる衣装に仕上がったと思う。


 衣類以外にも、荷物を入れるための袋の用意も必要である。時間があまりないため、衣類を入れる大きな袋は簡単なものにしたけれど、それとは別に母の提案で小物を入れるポシェットを作ることになった。

 幸い、私が罠猟で捕まえたウサギの革があるため、材料には事欠くことはない。ポシェット本体を母が作ってくれることになったので、私は紐部分を編んで作ることにした。


 フィンの罠猟の腕は、付きっきりの指導の甲斐あってか、少しずつ成果が出てきた。時おり獲物が罠に掛かるくらいの腕前にまで上達したので、これで定期的にお肉は食べられると思う。

 時間を見つけては森に行き、私がみっちり指導したのもあるけれど、私の言葉を必死に聞いて、精一杯努力したフィンの頑張りも大きかったのではないかな。

 人手が減って、これからしばらくは畑作業も大変だと思うけれど、来年には兄嫁としてカッミラさんも家族に加わってくれるから、それまでの辛抱だね。

 それに、そう遠くない未来にフィンはぐんと背を伸ばし、きっと葡萄畑の手伝いも難なくこなせるようになると、私のいない家族の未来に思いを巡らせた。



 更に別の日、私の罠猟と薬草作りの師匠であるチェロンさんからは、餞別として新品の革靴を貰った。

 奉公に行くことを伝えた時は、「そうか」くらいの薄い反応しかなかったのに、捕まえた獲物の皮をフィンと一緒に持って行った時は、「これを持ってけ」といつも駄賃でくれる果実のような気軽さで、ぽんと靴を渡された。

 しかも、それが高級に分類される鹿の革製とくれば、驚くなという方が無理である。


「チェロンさん、とても嬉しいけど、こんな上等な物受け取れないよ」

「餞別だ、持っていけ」

「そうは言っても……」

「折角だからもらっておきなよ、姉ちゃん」


 突然のことに動揺していた私の背を押すように、フィンが隣から口を挟んだ。


「服はお下がりばっかりなんだから、靴くらい新品を履いていたって罰は当たらないよ。それに、どうせ靴まで気が回ってなかっただろ?」

「うぅ、確かに」


 靴は服と違ってそれほど目立たないから、正直、靴のことは後回しになっていた部分でもあるのだよね。


「なら、素直に受け取っておきなよ。それ、チェロンさんが姉ちゃん用に作ってくれた物だろ」


 私も薄々そうだろうと思っていたことをズバリとフィンに指摘される。むず痒い気持ちになりながらチェロンさんをちらりと見ると、少し照れた顔でチェロンさんが頬をかいていた。


(それなら、断れないよね……)


「チェロンさん、ありがとうございます。大切に使わせてもらいますね」

「あぁ、元気でな」


 靴を抱えて満面の笑顔でお礼を言うと、チェロンさんからぎこちない笑顔が返ってきた。靴に込められたチェロンさんの気遣いが、私にはとても嬉しかった。




 雨が降る日が多くなり、夏の初月も終わりが近づいてきた。奉公先への旅立ちまで後一週間となったある晴れた日、私は森でカルロに声をかけられた。

 その日は久々の晴れ間だったので、フィンと一緒に罠のチェックと採集をしていたところを、カルロに話しかけられた形だ。カルロに二人きりで話したいと言われ、フィンは物凄く嫌そうな顔をしたけれど、面と向かって誘われた以上、流石に断れないよね。


 実を言うと、私が奉公へ行くと決めたあの日から、カルロとは話をしていない。遠巻きにじっと見つめられることはあったけど、カルロから直接声をかけられることはなかった。

 二人で向かい合ったものの、落ち着かない様子でなかなか用件を切り出さないので、私の方から話を切り出した。


「今日はどうしたの?」

「……奉公へ行く考えは変わらないんだよな?」

「変わらないよ」

「あちこちで、帰って来るって言ってるみたいだけど、本気か?」

「もちろん、本気だよ」


 私なりの意思表示というか、人に話すことで自分を奮い立たせて絶対に実現させる、と気持ちを強く固めるためでもある。


「そうか……、せいぜい頑張れよ」

「ええ、頑張ってくるね」


 いつも通りの高圧的なカルロの言葉。話はこれで終わりなのだろうと思っていると、カルロが私の前に握り拳を出した。何だろうと不思議に眺めていると、「手を出せ」とカルロが私の手を取って何かを押し付ける。

 恐る恐る手を開いて確認すると、私の手の中にあったのは装飾彫刻が施された白色のペンダント。よくよく観察すると、それは少し前に村長の所にお裾分けで持って行った角ウサギの白い角だった。


「もしかして……、カルロが彫ったの?」

「他に誰がいる」

「カルロにはこんな特技があったんだね」

「この程度、大したことないだろ」


 この程度と言うけれど、細かな彫刻は簡単に真似できるレベルではないだろう。もしかして、これは贈り物なのだろうかと思って「私にくれるの?」と聞くと、「違う」とカルロに即答された。


(うぅ、この流れならそう思ったって仕方ないじゃないか……)


 心の中で言い訳をしながら、自惚れていた自分自身が恥ずかしくて、私は下を向いた。


「……角ウサギの角は、幸運のお守りだろ。幸薄そうなお前に貸してやる」


 俯いていた私の耳に、ぶっきらぼうな声が飛び込んできた。ゆっくり頭を上げると、いつになく悔しそうに顔を歪めるカルロと目が合った。

 

「だから……必ず返せ」


(本当に……、素直じゃないんだから)


 カルロの言葉がじわりと染み込む。必ず村に帰ってこいと応援してくれる、カルロの気持ちを嬉しく思った。

 

「分かった。ありがとう、カルロ」


 私は両手で優しく白角のペンダントを握りしめると、柔らかく微笑む。


(必ず返せ……か)


 手に乗せたペンダントをじっと見つめながら、私は少しの間考える。心を決めると、もう一度ペンダントを目に焼き付けた後、両手で握り込んで瞳を閉じた。


「心穏やかな幸運がカルロに訪れますように……」


 手の中のペンダントをぎゅっと握り、言葉に出して心から祈る。そして、瞳を開いてカルロと再び視線を合わせると、カルロにペンダントを差し出した。


「カルロ、受け取って」

「馬鹿っ! 返せって言ったのはそういう意味じゃなくて――」

「分かってる。私がいつか村に戻ることを目標にしたから、必ず戻ってきて返せって、発破を掛けてくれたのでしょう?」


 再び不機嫌そうな顔になったカルロが「分かってるならそのまま受け取っておけよ」と、ブツブツと文句を言う。

 

「でも……、必ずという約束は守れないかもしれないから」

「アリーチェ、おまえ……」

「もちろん村に戻るつもりだよ。でも、何があるか分からないのが人生でしょう? 私だって、数カ月前はこんな形で村を出るなんて考えもしていなかったもの」


 眉根を寄せたカルロが、苦悶の表情を浮かべる。カルロからしたら、すぐに返されてしまって複雑な気持ちだろう。でも、必ずという言葉は私には少し重い。他の皆にも、必ず帰るという約束はしていない。

 言葉にはしていなかったけど、やはり頭の片隅には漠然とした不安がずっと残っている。自分の意志だけではどうしようもないことも、この先たくさんあるだろうから……。

 もし、カルロが贈り物だと言って渡してきたら、ちゃんと受け取ったのだけどね。


「心を込めてみたのだけど、やっぱり駄目かな?」

「…………不運に見舞われた時に、後悔しても知らないからな」


 カルロはしばし無言でいた後、少し乱暴に私の手からペンダントを奪った。一瞬泣きそうな顔をしたかと思うと、「せいぜい気を付けろよ」と捨て台詞を吐いて、カルロは私に背を向けて歩き出した。


「ありがとう、カルロ」


 私はカルロの背中に向かって声を上げる。カルロの歩みは止まることなく、ぐんぐんとその姿が遠ざかる。


「いつか戻ってきたら、また見せてね!」


 さっきよりも大きな声で叫ぶと、今度は足を止めてカルロが振り返る。そして私に負けないくらいの大声で「いつかきっと……、約束だぞ!」と叫ぶと、再び私に背を向けてカルロはそのまま歩き去った。


素直になれなかったカルロ、それに対し、融通を利かせなかったアリーチェ。

この約束はいつ果たされるか……。


次回、奉公への出立です。

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