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【第三部】黒瞳少女は帰りたい 〜独りぼっちになった私は、故郷を目指して奮闘します〜  作者: 笛乃 まつみ
第五章 州都カーザエルラ

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67. 対戦相手

ブックマークいただきありがとうございます! 嬉しいです。

「アリーチェ、ゲームを一つ用意してちょうだい」


 私がメイドの仕事を始めて十一日目の昼下がり。勉強を終え、ソファに座って紅茶とお菓子で一息ついているお嬢様が、私にそう言った。お嬢様が遊戯盤を用意させるのを見るのは、六日前にゼータさんに準備をさせていた以来、二回目である。

 私は「かしこまりました」と返事をすると、ガラス戸棚の中から一つの遊戯盤を取り、お嬢様に見えやすいように差し出した。


「こちらはいかがでしょうか」

「アリーチェは何故これを選んだのかしら?」

「ご指定がありませんでしたので、お嬢様が好まれているゲームの中で、前回とは異なる物を選ばせていただきました」

「そう、分かりました」


 棚に物を納める場合、ある一定の基準を設けて並べるのが普通である。前回、ゼータさんがゲームを用意した際、どういう順番で並んでいるのかを聞いたところ、お嬢様の好みを基準に並べているとゼータさんは言っていた。

 その時にお嬢様とゼータさんが対戦していたゲームは、お嬢様のお気に入りのゲームの一つであり、それはガラス戸棚の中で目に留まりやすく、かつ取りやすい位置に置かれていた。そしてそれを踏まえ、私は今回、同じような位置に並ぶお気に入りのゲームの中から、前回とは異なるゲームを選んだのである。

 私はソファの前に置かれたローテーブルに盤と小箱を置き、小箱の中からコマを出して盤の横に綺麗に並べ終わると、いつものように定位置に控えた。お茶のおかわりを言われた時に備えて準備をしているゼータさんと違って、今私がすることは特にないため、何か必要になった時に備えての待機である。

 お嬢様はローテーブルの上に置かれたゲームを見つめ、何かを考えるように顎に手を添えた。


「ねえ、アリーチェ。私に何か言うことはないかしら?」


 お嬢様とゼータさんの様子を伺っていると、お嬢様が再び私に声を掛けてきた。突然の問いかけに、私は内心首を傾げる。

 特に何か報告するようなこともなかったと思うのだけれど、今の流れであるとしたら、コマを並べろということだろうか?

 でも、それならコマを並べてと言えば済むことだし、迂遠に尋ねてくる必要もない。


「申し訳ありません。何か他に用意が必要でしたでしょうか?」

「この状況であれば、普通は対戦相手が必要になるのではなくて?」


 これは、遠回しに相手をしろという意味だよね? 何だってまた突然。間違いなく何か裏があるとしか思えないのだけれど……。

 お嬢様の意図は分からないけれど、少なくともこの前ゼータさんがお嬢様の対戦相手を務めていたから、仮に私が仕事中に相手をしたとしても咎められる心配はないだろう。

 とはいえ、私はこのゲームのルールを知らないので、私ほど対戦相手に向かない人間もいない。


「申し訳ありません。私はこのゲームを存じませんので、対戦相手としては相応しくありませんが、それでよろしければお相手を務めさせていただきます」

「ゲームを知らずに選んだの? まあいいわ、座ってちょうだい」

「はい」


 私はお嬢様に断ってから対面に座ると、ゼータさんからルール説明を聞きつつ、盤にコマを並べていく。

 ゼータさんの説明によると、このゲームは『水蛇と蛙』という名前らしい。水蛇のコマ一つと多数の蛙のコマを使い、水蛇側は蛙を一定数以下にすると勝ち、蛙側は水蛇を包囲したら勝ちとなる事や、コマの動き方をゼータさんが教えてくれた。

 並べ終わると、私が水蛇側、お嬢様が蛙側でゲームを開始した。私が水蛇側なのは、初心者は多数の蛙コマを操りきれないからという、お嬢様の配慮である。

 そして、私とお嬢様の対戦が始まったのだけれど、あっという間に勝負がつき、お嬢様の勝ちでゲームは終了した。ルールを十分に把握し切れていない初心者の私が、ゲームの熟練者であるお嬢様に敵うはずもない。

 負けを当然のこととして受け止め、コマを初期位置へと並べ直していると、「本当に知らなかったのね……」と少し困惑した様子でお嬢様が呟いた。


(先程そうだと説明したのだけれど、もしかして油断するための嘘だとでも疑われていたのだろうか……?)


「アリーチェ、一応確認するのだけれど、あの棚にあなたが知っているゲームはあるかしら?」

「いいえ、あいにく私が存じている物は一つもありませんでした」

「なるほど……、そういう訳だったのね」


(そういう訳とは何のことだろう?)


「ゲームを用意させても対戦相手として自ら手を挙げないし、おまけにルールを知らないゲームを用意するし……」


 私が疑問に思っている間にも、お嬢様は腑に落ちたと言わんばかりに、ぶつぶつと呟きながらソファの背もたれに身体を預けた。


「こんな風に機会を作れば、普通は知っているゲームで対戦を求めてくると思っていたのに、あなたったら本当に思い通りに動いてくれないのですもの。それもこれも、知っているゲームが一つもなかったのであれば納得です」


 お嬢様の話を要約すると、ゲームを用意してと命令すれば、自分の知っているゲームを用意し、これ幸いと私が対戦相手を買って出ると思っていたらしい。何か裏があると思っていたけれど、どうやら私が餌に食いつくかを試していたようだ。

 お嬢様の狙い通りにならなくて申し訳ないけれど、たとえ知っているゲームがあったとしても、私は『水蛇と蛙』を選択しただろう。メイドとして仕事をしている以上、優先させるべきは自分ではなく主人である。


「あなたが全くゲームに関心を向けないことにも得心がいきました。通常であれば、あのような雇用の条件を出されたら、私の手の空いた時間を見計らってゲームに誘ってくると思っていたのに、ガラス戸棚を気にする素振りもありませんし……」


 お嬢様はそう言いながら頬に手を当てて深い溜息をついた。

 私は単純に雇用の条件が厳しくなったとしか考えていなかったけれど、この様子を見るに、お嬢様としてはゲームで勝利するという分かりやすい条件を提示することで、仕事中にゲームに誘うように仕向けていたようだ。

 私の場合、初日に軽くガラス戸棚を確認し、知っているゲームが一つもないことは分かっていたから、それ以上気にかける必要もなかったのだよね。


 確かに、二週間の間に有能であることをお嬢様に納得させるという漠然とした条件に比べれば、ゲームで一勝するというのは分かりやすい条件ではある。メイドとして雇ってもらうためにも、先にそちらを解決しようとしても不思議ではない。

 人によっては、ゲームで勝つという条件に引っ張られてそれを目標にしたり、お嬢様がゲーム好きなら対戦相手をすることで気に入られようと考えたり、もし得意なゲームがあったならそれで有能さを示そうとしたり。お嬢様の手が空いた時にゲームに誘うというのは、様々な可能性を考慮してもあり得る話である。


(とはいえ、そんな見え見えの餌に食いつくほど単純ではないのだけれどなぁ……)


 そんなに単純に見えるのだろうかと、少しばかり傷ついていると、お嬢様は蛙コマを手に取りひとマス前へ動かした。どうやら、お嬢様はまだこのゲームを続けるみたい。


「あまりにも反応がないものですから、ゲームで勝利するという雇用条件を忘れてしまったのかと思ったわ」


 お嬢様は納得したと言っていたけれど、コマを進めるお嬢様の表情を見る限り、髄所に憮然とした様子が見て取れた。私が全くゲームを気にした様子がなかったのは、それはそれで些か気に入らなかったようだ。

 先程の勝負を思い出しながら水蛇のコマを横へ一つ動かし、私は笑みを浮かべながらお嬢様の呟きに答えた。


「勿論、しっかりと覚えております。ただ、私はゲームで勝利することよりも、お嬢様に能力を認めてもらうことに重きを置いておりましたから、お嬢様から見てゲームで勝利するという条件を蔑ろにしている様に映ったのかもしれません」

「私に認められることを優先して、最初からゲームでの勝利を諦めたということですね。私はゲームで一勝するという条件は撤回しないですよ?」


 すました表情でコマを進めるお嬢様に対し、私も同じように涼やかな笑みを返しながらコマを進める。


「承知しております。お嬢様のご提示された条件は、全て満たすつもりでおります」

「あら、知っているゲームが一つもないというのに、こんな調子で私に勝てるのかしら?」


 捕食者であるにも関わらず、盤上の水蛇はじわじわと蛙に包囲されつつあった。


「それでもゲームで勝つつもりでいるということは、きっと何か秘策があるということね」


 私の予想は当たっているかしら、と言わんばかりにお嬢様がじっと私の挙動を観察する。私は苦笑いを浮かべながら、水蛇を動かして蛙コマを一匹捕らえた。


 もちろん、ゲームで勝つ算段はある。いくつか方法があるけれど、基本的にお嬢様が雇ってもいいと思ったなら、ゲームで勝つことはさほど難しくない。

 ゲームで一勝するという条件はとても明確だけれど、反面どのようなゲーム内容で勝負をするかなどについてはまったく何も決まっていない。言うなれば、たった一度のゲームで決めると明言していないから、極端な話、こちらから百回勝負を挑ませて欲しいと提案することも可能だ。

 知っているゲームが一つもなかったとしても、五十回百回と勝負を繰り返して学習すれば、流石に一回位は勝てるという算段である。

 もちろんそれを許可するかどうかはお嬢様の判断によるけれど、雇ってもいいと思われるほど気に入られていれば、交渉の余地は十分にあると思う。


 それに、私には奥の手もある。ゲームと言っても種類は様々だ。戦略や情報が重要になるゲーム、単純に運で勝負が決まるゲーム、記憶力を競うゲーム。

 あれだけゲームが揃っていれば、記憶力を競うゲームが一つくらいはあるだろう。もしなかったとしても、既存のゲームのルールを変更して、記憶力で勝負をするゲームにすればいいだけである。仮に、お嬢様に勝負は一回だけと言われたとしても、記憶力を競うゲームで勝負すれば、必ず勝つ自信があった。

 とはいえ、この方法でお嬢様に勝ったとしても、雇ってもいいと思ってもらえなければ、何の意味もないのだよね。結局のところ重要なのは、お嬢様に能力を認められて、側に置いてもいいと思ってもらえること、それに尽きる。

 それさえ達成できれば、ゲームの勝利は如何様にでもなるのだから。


「今は申し上げられませんので、その時の楽しみということでお願いいたします」


 秘策があるかと聞かれて、素直に答えるほど短見浅慮ではない。こういう手札は、ここぞという時に切らないとね。

 お嬢様は柔らかに微笑む私を見つめると、ふうんと言いながら蛙コマをまた一つ動かし、楽しそうな笑みを浮かべた。


「その言葉が強がりでないことを期待しています」


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