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【第三部】黒瞳少女は帰りたい 〜独りぼっちになった私は、故郷を目指して奮闘します〜  作者: 笛乃 まつみ
第五章 州都カーザエルラ

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63. 乗合馬車と菓子店

 心の中で何度もノエミに感謝を告げながら、早々にスープを食べ終わった私は、手提げ籠とお金を持って今度こそ屋敷を出発した。ちなみに、自分で食器を片付けようとしたのだけれど、「さっさと行きな!」とノエミに取られたので、食器の後片付けもノエミに任せてしまった形だ。

 守衛のナリオに見送られながら、私は門を出てまず大きな通りへと向かった。今回、商業区へのお使いということで、必要があれば乗合馬車を使用しても良いと許可をもらっている。そのため、まずは乗合馬車が通る上流居住区の大通りを目指すのだけれど……。さて、運良く乗合馬車に会えるかな。

 

 私は上流居住区の大通りまで出ると、乗合馬車の乗り降り場の目印となっている水色の旗を探す。しばし探すと、目当ての水色の旗と共に、旗の下で乗合馬車を待つメイド姿の女性を見つけた。

 私は急ぎ水色の旗の立つ場所へと向かったけれど、今のところ乗合馬車が通りかかる様子はない。周囲を少し見回した後、私は旗の下で待つ女性へと声を掛けた。


「あの、すみません。乗合馬車をどれくらいお待ちですか?」

「……少し前から待っているわ」

「教えていただき、ありがとうございます」


 ツンとした様子の女性にお礼を言うと、私はその女性の横へと並んだ。私と同じようにお使いに行くと思われる女性は、私よりも少し上の年齢だろうか。無愛想な感じではあったけれど、姿勢を正して隙なく立つ姿は、とても優秀なメイドに見えた。

 ここ上流居住区は主に貴族の屋敷がある区域だから、この女性は貴族の屋敷に仕えているのかもしれない。もしかしたら、メイド同士でも声を掛ける時の礼儀があるかもしれないから、戻ったらゼータさんに気を付けるべきことはないか聞いておこう、と頭の片隅にメモを取った。


 私が女性にどれだけ待っているかを聞いたのは、乗合馬車が次に来る時間をある程度予測するためである。

 乗合馬車は決まった道順を一定の間隔で運行しているとのことなので、もし乗合馬車を待って長いなら、そろそろ来る頃だと予測が立てられる。もし乗合馬車が通り過ぎてすぐの場合は、歩いたほうが早かったりする事もあるから、確認は大事だ。

 特に最初の目的地であるフィオルテ商会は、急ぎでなければ別段歩きでも支障がない距離というのもあり、乗合馬車がしばらく来ないようなら歩いていくのも手だと考えていたのだよね。

 乗合馬車の乗車賃は長い距離でも短い距離でも、一律で銅貨五枚と決まっているらしい。思ったよりもお手軽な価格に驚いたけれど、それでも私からすると短い距離で乗るのはちょっと勿体ないと思ってしまうのだよね。


 ちなみに、基本としては旗の場所で乗り降りするものだけれど、旗以外の場所でも乗合馬車の乗り降りが可能だったりするらしい。乗合馬車が通り掛かった時に、手を上げれば馬車を止めて乗せてくれるし、降りたい時は御者に伝えれば、同じ様に旗のない場所でも馬車を止めてくれるみたい。

 ただし、旗以外の場所で乗り降りをする場合は、通常の乗車賃にさらに銅貨二枚の追加料金を払う必要があるらしいので、よほどの場合でなければ、旗以外の場所で乗る人は少ないとのことだった。


 乗合馬車の到着を今か今かと待つ私の耳に、石畳を走るガラガラという馬車の音が聞こえてきた。期待に胸を膨らませ、通常よりも大きく響くその音の方向に視線を向けると、乗合馬車が走ってくるのが見えた。

 乗合馬車を見るのは初めてだったけれど、一目でそれと分かった。セルジョに乗合馬車は見れば分かると言われていたけれど、本当にその通りの様相をしていた。

 箱馬車と呼ばれる、屋根が作り付けになっている馬車の少し大きい姿を想像していたのだけれど、大きいどころの話ではない。馬車の中は勿論、なんと屋根の上にも人が乗れるようになっていたのだ。

 想像を超えた姿に私が呆気に取られていると、私達に気付いた御者が手綱を引き、二頭立ての立派な乗合馬車が水色の旗のある路肩に止まった。


(近くで見るとさらに大きい……)


 先に並んでいた女性に続いて、乗車賃の銅貨五枚を御者に手渡すと、私は乗合馬車の後ろから馬車に乗り込んだ。後部には屋根に上がる為の階段もあったけれど、私はそのまま車内の方に足を踏み入れる。屋根の上の席に興味はあっても、屋根に上がる勇気が今の私には持てそうもなかった。

 車内を見渡すと、左右の側面に長椅子があり、右側に三人、左側に二人が座わっている。先に乗り込んだ女性は既に右側の長椅子に座っていた。中の広さは、大体ロッコさんの幌馬車と同じくらいだろうか。側面に窓がついているので、思った以上に乗り心地は良さそうだった。

 そうこうしているうちに、乗合馬車が音を立てて動き出す。私は慌てて左側の空いている場所に腰を下ろし、膝の上に籠を置いた。


 ガラガラと音を立てて通りを走る乗合馬車の窓に、上流居住区の景色が流れていく。乗合馬車の車高が高いため、窓から見える景色は徒歩よりも眺めが良かった。


(屋根の上からだと、もっと景色が良いのかな……)


 そうであると分かっていても、出来るかどうかはまた別の話だよね。ぱっと見た感じ、座る椅子は備え付けられてはいたけれど、周りに張り巡らされている手すりは、私には低く見えた。もし、乗合馬車が急に曲がるようなことがあった場合に、はずみで転がり落ちたりはしないよね……。

 

(まあ、乗合馬車に乗るのに慣れたら、屋根の上にも挑戦してみよう)


 私がそんな風に考えていると、窓の外の景色は橋を越えて商業区へと入る。


(徒歩と違ってやはり馬車での移動は早いね。商業区まであっという間だ)


 フィオルテ商会は商業区の中でも上流居住区に近い場所にあるので、私は気を付けながら立ち上がると、開いている小さな小窓から声を掛けて、最初の旗の場所で降りることを御者に伝えた。

 暫くして、乗合馬車が水色の旗の場所に止まったので、私は御者にお礼を言って急いで後部から馬車を降りた。降りたのは私一人だけだったので、他の人はまだ先まで乗っていくみたい。

 周りの景色を見回し、初日に歩いて通った場所であることを確認すると、私は早足でフィオルテ商会に向かって歩き出した。



 フィオルテ商会へ来るのは四日ぶりだけれど、なんだか懐かしく感じるね。そう思うくらい、この四日間は濃密な時間を過ごしたということなのだろう。

 以前来たときと同じように横路にある通用口を叩くと、従業員が顔を出した。


「おや、もしかして君はあの時の子か」

「こんにちは、屋敷からのお使いで来ました」


 顔を出した従業員は初日に見かけた顔で、相手もどうやら私のことを覚えていたみたい。「メイド服がよく似合っているね」などと軽く会話を交わした後、用件を伝えてレターケースから出した手紙を従業員に渡した。もちろん急ぎの手紙であることもちゃんと伝えておいた。



 その後、セルジョから聞いた道順で大通りをしばらく進み、無事ファータ・ドルチェ菓子店へと到着した。

 大きなガラス窓から見える店内には、幾人もの女性客がいるのが見える。


(流石、今人気のお菓子を扱うお店だけあって、賑わっているね)


 外から軽く見ただけでも、賑わっているのがよく分かった。メイド服の女性客もいるようだけれど、私と同じようにお使いで買いに来たのだろうか。


 ――チリンチリン


 入口扉の上部に付けられている小さな鈴を鳴らしながら店内へと入ると、途端にお菓子の甘い香りに包まれた。

 何ともいえない美味しそうなバターの香りが、私のお腹を刺激する。ノエミが危惧していたように、昼食抜きのまま来店していたら、空腹のあまり派手にお腹を鳴らして恥ずかしい思いをすることになっていただろう……。

恥ずかしい思いをした可能性が高い……。


(危ないところだった……。この香りは危険だね)


 口内に溢れた唾液を飲み込みながら、気を取り直して他のお客さんの隙間から陳列棚を確認すると、複数種類の焼き菓子が並んでいるのが見えた。


(マカロンはどれかな? どれもこれも美味しそう……)


 ファータ・ドルチェ菓子店はいくつもの焼き菓子を扱っている様で、私は初めて見るお菓子の数々に目を輝かせていた。前の人の注文を聞いた感じだと、どうやらマカロンはまだ残っているみたい。売り切れていたらどうしようと心配していたけど、この様子なら無事にマカロンを買えそうだね。

 私はほっと胸をなでおろしながら、そわそわと落ち着かない気持ちで自分の順番を待った。



「マカロン十個を贈答用でございますね。お味はいかがなさいますか?」

「それぞれの味を、同じくらいの割合で入れてください」

「かしこまりました」


 店員が簡易の木箱にマカロンを詰める様子を、私は背伸びをしながら陳列棚越しに眺める。マカロンは二枚の生地でクリームを挟むような形をしているのだけれど、ここのマカロンが人気になったのはこの形にあるらしい。

 マカロンというお菓子は、もともとクッキーのように平べったい形をしていたらしいのだけれど、このお店がふっくりとした形に改良し、小さめの生地二枚でクリームやジャムを挟んで新しく売り出したところ、人気に火がついたのだとセルジョが言っていた。

 元々のマカロンを知らない私からすると、説明を聞いても今ひとつピンと来ないけれど、平べったいマカロンを知っているセルジョ達からしたら大変革だったみたい。


「箱代を合わせ、小銀貨八枚と銅貨二枚になります」


 今人気の高級菓子だけあって、流石に良いお値段である。私は小袋からお金を出すと、店員に渡して商品を受け取った。

 お菓子の入った木箱を丁寧に手提げ籠に入れ、私は再び扉の鈴を鳴らしてお店の外に出る。


(さて、次の目的地は書店だね)


 このお使いの肝心要のマカロンが無事に買えたということもあり、私は肩の荷が下りたような心地で足取り軽く書店に向かって歩き出した。


興味はあっても、初見で乗合馬車の二階に登る選択をしないアリーチェは慎重派ですね。

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