表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【第三部】黒瞳少女は帰りたい 〜独りぼっちになった私は、故郷を目指して奮闘します〜  作者: 笛乃 まつみ
第五章 州都カーザエルラ

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

62/113

60. メイドのお仕事

ブックマークいただき、ありがとうございます!

とても嬉しいです。

 ――カラーンカラーン


 遠く鳴り響く鐘の音で、私は目を覚ました。いつもと違うぬくぬくとした布団から抜け出すと、鎧戸の隙間から洩れる明かりを頼りにガラス窓と鎧戸を開ける。とたんに冷たい空気が吹き込み、私は寒さに身を縮こませた。


 窓の外を見ると、朝が明ける前の静寂の中、街の景色が広がっていた。

 昨夜、鎧戸を閉めた時は真っ暗で景色を確認するどころではなかったけれど、屋根裏にあるこの部屋からは街の様子がよく見える。緑が多く広がる上流階級の居住区の奥には、背の高い建物か見えていた。あれは商業区だろうか……。

 私は冷たい空気で深呼吸をし、完全に眠気を吹き飛ばすと、急いで自分の身支度に取り掛かった。ベッドを整え、寝衣を脱いで掛けておいた仕事着に袖を通す。手ぐしで髪を整えてキャップを付けると、私は部屋を出て一階へ下りた。


 同じように起き出して一階へ集まっていたメイド達に挨拶をすると、皆ぎこちないながらも挨拶を返してくれた。既に厨房にいたノエミに服装の最終確認をしてもらっていると、他の使用人達も厨房へ集まってきた。

 主に屋敷内で働く使用人が全員集まった所で、アントンさんから本日の連絡事項や、新しく雇用された私の事も改めて通達があった。そしてアントンさんの話が終わり、各自の仕事準備を始める中、掃除道具を持ったゼータさんが私に声を掛ける。


「では、行きましょう」

「はい」


 掃除道具を半分受け持ち、私はゼータさんを追いかける。昨日はただ見ていただけで、仕事らしい仕事はまだ何もしていない。ある意味、今日からが本番と言えるので、私は気合を入れてお嬢様の部屋へと向かった。

 部屋に着くとゼータさんはカーテンを開け、少し冷える部屋を暖めるべく暖炉に火を入れる。その後、ゼータさんから初めて指示をもらった私は、ゼータさんと共に静かに部屋の掃除を始めた。

 あらかた掃除が終わったところで、私は掃除道具を片付けに行き、ゼータさんはお嬢様の目覚めの支度を始めた。顔を洗うためのボウルや水、タオル、今日着る衣装の準備などがそれだ。

 その支度も整った頃、本日二度目の鐘が鳴り響いた。


「おはようございます。お嬢様、お目覚めですか」


 天蓋ベッドの天幕を開けながら、ゼータさんがお嬢様に声を掛ける。お嬢様は、普段この二番目の鐘で起きるみたい。

 昨日、ゼータさんに働き始める時間を聞いた際に、州都カーザエルラでは、一日に八回もの鐘が鳴るのだと教えてもらった。メルクリオでは一日に六回だったから、ここでは更に二回多いみたい。

 なお、メルクリオでは朝と昼の中間に一回鐘が鳴っていたけれど、州都では朝と昼の間に二回鳴るみたい。昼と夕方の間も同じように二回鳴るため、朝と昼と夕方と夜の四回に加えて、朝と昼、昼と夕方の間に各二回、一日に合計八回というわけだ。

 鐘の回数が多いため、各鐘の名前を一の鐘、二の鐘といった風に数字で呼称するみたい。街によって鐘の回数や呼称が異なるなんて興味深いね。


 ゼータさんに手伝って貰いつつお嬢様が身支度を終えると、私達を連れて食堂へと向かった。基本的に、朝と晩は食堂で家族そろって食べることになっているみたい。昨夜もそうだったけれど、和やかな食事の風景を見る限り、家族仲は良さそうに見えた。

 食事中はゼータさんの給仕の様子を観察し、お嬢様が食事を終えると再びお嬢様の自室に戻った。この後は私たちが朝食に行くのかと思ったら、お嬢様が私を指名して仕事を振ってきた。


「アリーチェ、昨夜の続きを読むので、図書室から本を取ってきてちょうだい」

「かしこまりました」


 私は即座に返答すると、お嬢様の部屋を出て図書室へ向かった。本の題名を言わず、昨夜の続きとしか言われなかったけど、ゼータさんが戻した場所も本の題名もちゃんと覚えているので問題ない。

 件の本を早々に見つけると、私はそのまま回れ右してお嬢様の部屋へと戻る。道すがら軽く中身を覗いた感じだと、お嬢様が読んでいたのは童話集だったみたい。

 商会の後継者を目指すくらいだから、もっと難しい本を読んだりするのかと思ったけれど、年相応の本でなんだか少しほっとした。


「こちらの本で宜しかったですか?」


 部屋に戻りお嬢様に本を差し出すと、チラリと本に視線を向けたお嬢様から「ええ」と短い返事があった。もしかして、違う本だと言われたりするかと構えていたのだけれど、そんなことはなくお嬢様はあっさりと本を受け取った。

 どうやら、能力に疑いは持っていたとしても、筋の通らないことは言わないようだと、内心安堵の息をついた。



 その考えが間違いだと知ったのは、それからほんの少し後、お嬢様が午前中の自習をしている時のことだった。


「アリーチェ、この本を図書室から取ってきてちょうだい」


 お嬢様から指定された本は三冊。『花と植物の詩』『エーベ詩集』『詩作入門書』、いずれも詩に関しての本だった。お嬢様は今の時間は詩についての勉強をしているので、それの参考資料なのだろう。

 了解して図書室に向かったのは良いのだけれど、これが少しばかり厄介だった。



「改めて見てもすごい数の本……」


 昨日も思ったけれど、こんな数の蔵書を揃えられるなんて、お金持ちというのは凄い。日差しが入らない北向きの部屋には壁一面に本棚が並び、さらには部屋の真ん中にも背中合わせで本棚が置かれていた。各棚には、様々な種類の本が並ぶ。

 扉を入って右へ行った所にある棚、この部屋の中でも一番日差しの届かない場所にある棚には、見るからに古そうな本が平積みにされていた。

 しばし沢山の本に目を奪われていたけれど、本来の目的を思い出した私は、お嬢様に言付けられた本を探し始めた。


「さて、目的の本は……」 


 本を探すことしばし、私の本探しは難航していた。昨日、図書室に並んだ本を見た時に何となくそうだろうとは思っていたのだけれど、たくさん本が並んでいる割にあまり整理されていないのだ。同系の本がある程度まとまっていたりするのだけれど、そのまとまりは数カ所に及ぶ。


(分類や作者で分けているわけではなさそうだし、もしかして年代で分けているのだろうか?)


 整理整頓が行き届いていない様子から見るに、おそらく図書室に家人が入ることはあまりないのだろう。メイドや執事が、主人の言付けで本を取りに来るのが日常なのだろうね……。

 規則性が分からないので、探すのも一苦労である。端から順に確認していき、二冊まで見つけたところまでは良かったのだけれど、残り一冊が見つからずに難航していた。


「見つからない……」


 もしかして題名が微妙に違っている可能性も考慮して探しているのだけれど、それらしい本は見つからない。平積みにされた古い本も一つずつ動かして確認したけれど、目的の本は見つからなかった。

 全ての本棚を丁寧に確認し、それを二巡しても見つからなかったので、一度報告も兼ねてお嬢様の部屋へ戻ることにした。



「遅くなって申し訳ありません。ご指定の本二冊は見つかりましたが、残りの一冊が見つからず、時間が掛かっておりました」


 図書室から持ってきた二冊の本――『花と植物の詩』『詩作入門書』を見せながら、私は申し訳なさそうに説明する。お嬢様はチラリと本を一瞥した後、落ち着かなさそうに視線を逸らした。


「おかしいわね、しっかり探したのかしら?」

「はい、各棚を丁寧に二巡確認したのですが、『エーベ詩集』だけが見つかりませんでした」

「そう……」


 頬に手を当てて視線を泳がせているお嬢様に対して、もう一度探しに戻るか、代わりの本を持ってくるかを提案しようとしたところで、ゼータさんから静かな声が掛かった。


「お嬢様、そちらの詩集は取り寄せ中ではなかったでしょうか。先日購入した本は、『ミネルヴァ詩集』かと存じます」

「あっ、そうね、そうでした。教えてくれてありがとう、ゼータ」


 ゼータさんからの助け舟に、お嬢様は明らかにほっとした表情を浮かべた。


(これは、もしかして……)


 お嬢様の反応から見るに、おそらく取り寄せ中だと理解した上で見つからない本を探させていたのではないだろうか。こんな風に分かりやすく仕掛けてくるとは、少し意外だった。

 故意か過失かはひとまず置いておくとして、本を間違えたことをすぐに明かさずに、見つかるまでもっと探してと無理難題を言ってこないあたり、意地悪な性格ではないのがよく分かる。動揺して企みを隠しきれていない所も、まだまだ可愛らしいね。


「アリーチェ、悪いけれどもう一度図書室へ行って、『ミネルヴァ詩集』を取ってきてくれるかしら」

「かしこまりました」


 私は笑みを浮かべたまま端然と返事をする。無用な仕事を増やされるのは困るけど、それによって反応や行動を見ているのであれば、私としては全力を尽くす以外の選択肢はない。


 私は再び図書室へ行くと、入って左側、二番目の棚の上の方にあった本を一冊手に取る。そして、すぐさま踵を返してお嬢様の眼前に笑顔でその本を差し出した。


「ご要望の本をお持ちしました」


 指定した本をすぐさま取ってくるとは思っていなかったのか、お嬢様は驚きを隠せない表情で、食い入るように本を見つめる。


「早かったわね……」

「先程本を探した際に、いくつかの詩集の場所を覚えておりましたので」


 お嬢様の狙いとしては、また手間のかかる仕事を頼んだつもりだったのだろうけれど、丁寧に二巡確認したこともあり図書室の本は全て把握している。

 お嬢様が想定していたように、わざと時間を掛けて本を取ってきても良かったのだけれど、有益性を示すことを優先するならこの方が良いよね。

 お嬢様は驚きからすぐ戻ると、澄ました顔で私から本を受け取った。


「そうね、さっき時間を掛けて探していたのだから、見つけるのが早くてもおかしくはなかったわね」


 お嬢様は視線を逸らし、ある意味当然だと言わんばかりの表情をしていたけれど、そんな中でも「ありがとう」と小さくお礼を呟くお嬢様に、私は口元を綻ばせた。


(うん、ちゃんと早く取ってきて良かった)


メイド生活が始まりました。


執筆速度がなかなか上がらず、暫くは週一の更新になりそうです。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
改めてお嬢様の意図を想像して、「なるほど~!」と思いました。 想像が合っているか判りませんけれど。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ