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【第三部】黒瞳少女は帰りたい 〜独りぼっちになった私は、故郷を目指して奮闘します〜  作者: 笛乃 まつみ
第五章 州都カーザエルラ

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58. 初顔合わせ

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 ノエミの案内は続き、浴室の次は掃除用具室、手洗い場、そしてその次はリネン室に案内された。


「この棚には家人が使うタオル類やシーツ、テーブルクロスなんかがあるわ。こっちの棚は使用人が使うタオル類とシーツだから、絶対に間違えないように」

「はい」


 リネン室にはタオルやシーツを始め、様々な布類が保管されていた。各棚をそれぞれ指差しながらノエミが簡単に説明していく。


「あと、使用人の仕事着はこっち。仕事着は一番小さいサイズでいいわよね。あと、これとこれと……、下着の替えはちゃんとはある?」

「はい、あります」

「ならいいわ」


 黒い仕事着を私に手渡すと、その上にエプロンや靴下などをぽんぽんといくつも乗せていく。乗せられた中には寝る時用のシーツはもちろん、外出用の外套、寝衣やショール、その他の小物などもあった。

 こんなに様々なものを支給してもらえるのかと驚いていると、ノエミは更に別の棚から靴を取り出して私の足元に置いた。


「はいこれ、履いて確認して」


 持っていた衣類を一旦置き、慌てて靴のサイズを確認する。少し大きかったので、一つ下のサイズに変えてもらう。十歳くらいの子が見習いとして雇われることもあるため、意外とサイズは充実しているみたい。

 ノエミは先程履いた靴とは別の靴をもう一足追加で床に置いた。見た所、二足はそれぞれ異なるデザインのようだ。


「二足を使い分けるの?」

「そう、こっちが屋敷内で履く靴、こっちはお使いなんかで外に出る時に履く靴だよ」


 屋敷用の靴は作業のしやすさを重視したデザインで、外出用の靴はもう少ししっかりとした作りになっていた。靴一つとっても用途が分けられているなんて、なんだか凄いなあ……。


 靴二足をノエミに持ってもらい、衣類を両手いっぱいに抱えた私が次に連れて行かれたのは、最初に入った出入り口の正面にあった階段だった。

 そこから二階に上がると少し開けた踊り場と二つの扉があり、ノエミはそのうちの重厚な扉を指差した。


「この扉の向う側が家人の生活の場よ。あんたがお嬢様の部屋に行くときはここを通って向かうことになるわ。屋敷内には別に階段があるけど、使用人は基本的にこの使用人専用の階段を使うように。用事があったりしたら別だから、そこは適当に判断してちょうだい」

「はい」


 ノエミが残ったもう一方の扉を開けると、その中は小さな倉庫になっており、中には備品の一部やワゴン、掃除道具が収められていた。飲食を家人の部屋に運ぶ際に、トレイだけでは運びきれない場合は、ここにあるワゴンを使って運んだりするらしい。

 夜には、ここの扉と、一階にある家人と使用人の空間を繋ぐ扉が施錠されることも伝えられた。


 更に階段を上り、私達は三階の屋根裏へと到着した。真っすぐの廊下を挟んで左右に扉が並ぶ。ノエミは数ある扉の中から、比較的階段に近い所にある扉を開けた。


「階段から近い場所を私が使ってもいいの?」


 多少の差とはいえ、階段から近い部屋は利便性が高いことから、優先される人が使うものだと相場は決まっている。新参者の私が安易に使っても良いものなのだろうか?

 おまけに、窓から入る陽射しから見ても、日当たりの良い部屋だということも分かった。


「一応、あんたはお嬢様付きのメイドだからね。それに、あんたがこの部屋を使っても誰も気にしないよ。以前のメイドもこの部屋を使っていたけど、すぐに辞めたしね」


 これは、縁起が悪い部屋だからという意味か、もしくは、暗に私もすぐ辞めるだろうから気にも留めない、という意味だよね。ここまで歓迎されないなんて、前任者の印象がよほど悪かったりするのだろうか……。

 今までの態度から思ったけれど、当然ノエミはメイドが頻繁に変わる理由を知らないのだろう。とはいえ、屋敷の者が誰も知らないということはないだろうから、知っているとしたら奥様と上級使用人――アントンさんあたりかな。 

 私の経歴、前任者達の印象、お嬢様付きのメイドは比較的待遇が良いことも合わさり、良い感情を持たれないのにも納得だね……。



 最後に、屋根裏にある別の倉庫から布団やランプ、燭台などを運び込み、ひと通りの支給品が揃った。

 ちなみに、布団は藁ではなく綿である。そのことに私が驚いていると、ノエミに盛大に笑われた。


(私の以前の生活から考えると、綿の布団なんて贅沢品だったからなあ……)


 綿の布団は、全ての使用人が使っているとのことなので、この屋敷の使用人への待遇がよく分かるというものだ。

 部屋にはベッドとクローゼット、簡単な机と椅子まであった。部屋に鍵は付いていないけれど、机の引き出しに鍵がかかるようになっているから、貴重品はそこに入れたらいいとノエミが教えてくれた。


 その後は、ノエミに教えてもらいながら仕事着に着替える。ブラウスの上に黒いワンピースを着て、付け外しができる袖口をワンピースの袖に取り付けてカフスボタンで止める。襟元にリボンタイ、長い靴下とエプロンドレスとキャップ、最後に屋敷内用の靴を履けば完成である。

 この部屋に鏡はないし、特にノエミからの感想もないけれど、見た目だけは一端のメイドになれていることだろう。仕事着に着替えたことで、私の仕事への意欲もぐんと上がる。


 ちなみに、リボンタイは家人の前に出るメイドのみが付けているらしい。掃除メイドが水色、夫人やお嬢様付きのメイドは赤色となっていて、私ももれなく赤色のリボンタイを付けていた。

 リボンタイ以外に袖口にも違いがあり、見栄えを優先するメイドはカフスボタン、実用性を優先するメイドはループボタンといった違いもあるみたい。

 この屋敷は違うけれど、他の屋敷では仕事着の生地にまで差があったりする場合もあるらしい。


「ブラウス、エプロンドレス、キャップ、袖口はこまめに変えるんだよ。ワンピースも適度に洗濯するように」

「はい」


 予想はしていたけれど、袖口が付け外し可能なのは、頻繁に洗うことを前提にしているからなのだろう。


「洗濯は自分でするの?」

「何言ってんだい。何のために洗濯メイドがいると思ってんのかい? 一階の洗濯かごに汚れ物を入れておけば洗濯メイドがやってくれるよ。下着類を自分で洗いたきゃ、洗濯メイドに伝えて自分でするんだね。任せる時は、刺繍か何かで名前を入れておかなきゃ戻ってこないから注意しな」

「はい」


 孤児院でも、洗濯した時に各自の下着が分かるように名前の刺繍を入れていたからそれは問題なさそうだ。支給されている仕事着類は洗濯が終わればリネン室に戻されるので、必要に応じて自分で取ってくるようにと言われた。


「あんたはちゃんと出来ているようだけど、基本的に屋敷内は静かに歩く。あとは、騒がないし走らない。そこら辺を気をつけるんだね」

「分かりました」

「はぁ、やっと終わった。さっさと一階に降りてアントンさんのところへ行くよ」

「色々と教えてくれてありがとうございます」

「仕事だったからしたまでだよ」


 ノエミはふんっと軽く鼻を鳴らして踵を返すと、「早くしないと置いてくよ」と階段へ向かって歩きだした。




 一階へ降りた私は、リネン室の近くにあった事務室へ連れて行かれ、ノエミはさっさと仕事へ戻っていった。アントンさんが私の身だしなみを確認し終えると、私はいよいよアントンさんと共に家人の居住空間へ足を踏み入れた。


(予想はしていたけれど、本当に凄い……)


 外観を見た時に予想はしていたことだけれど、建物の中も想像以上に豪華だった……。天井は高く、大きな窓からは明るい光が差し込んでいる。廊下の壁は薄いクリーム色と赤銅色でまとめられ、ところどころに綺麗な絵が飾られていた。


(きらびやかな内装に目を回しそう……)


 今までの生活とはあまりにも違う世界に、慣れるまでは周りを観察しすぎないようにしようと心に決めた。


 アントンさんの後ろを付いて歩き、屋敷の入口であるホールを抜け、絵画がたくさん掛けられた部屋や楽器が置かれている部屋を抜けて、最後に屋敷奥にある日当たりの良い部屋へと到着した。

 いわゆるサンルームと呼ばれるであろう場所にいたのは、金色の髪をふんわりと結い上げた女性だった。

 ここに来るまでの間にアントンさんから説明を受けたけれど、この屋敷の奥様、ルーベンさんの妻であるスザナさんである。

 ゆったりと一人掛けの椅子に腰掛け、何かの編み物をしているのが見えた。奥様は、儚げという言葉がよく似合う、柔らかな雰囲気を持つ女性だった。


「奥様、失礼致します。本日、屋敷に新しくメイドが入りましたので、ご挨拶に上がりました」


 奥様は編み物の手を止め、私をチラリと一瞥した後、アントンさんに視線を向けた。私は口をつぐんで姿勢を正し、奥様を静視する。


「旦那様が言っていた例の子ね。名前は?」

「アリーチェと申します。お嬢様の身の回りのお世話をすることになっております」

「そう……」


 アントンさんが私を紹介し終えると、今度は奥様の視線がしっかりと私に向けられた。


「ヴィオラのことお願いね。あなたの働きに期待しているわ」

「誠心誠意、努めさせていただきます」


 私は背筋を伸ばすと、一番美しく見える角度で深くお辞儀をする。

 ここに来る前、事務室でアントンさんに指導を仰ぎ、使用人としての心得と、お辞儀の仕方を一度だけ教えてもらった。今私がしたお辞儀は、その時にアントンさんに見せてもらったお辞儀を真似たものだ。

 ちなみに、使用人としての心得は、ノエミに教えてもらった静かに行動すること、あとは無駄口をきかないこと、主人の心の機微を察することの三つ。

 心の機微を察するのはすぐに出来ることではなさそうなので、せめて私が今できる最上のお辞儀をして、私の仕事への意欲を示す。


 私がしっかりと時間を取ってから顔を上げると、奥様は私を見ながら柔らかく微笑んでいた。


(ひとまずお辞儀は合格点をもらえたのかな……?)


 橋の上から見た倉庫の色よりも、澄んだ薄紫色の瞳が楽しそうに私を見ていた。




「お嬢様は自室にいらっしゃるので、今からそちらへ向かいます」

「はい」


 先程とは別の廊下を通ってサンルームからホールへ戻り、ホールの側にあった階段を使ってアントンさんと共に二階へ上がる。作業動線を考えて、今回は使用人専用の階段ではなく、屋敷内の階段を使うみたい。

 階段を上がって右に曲がり、その先の廊下にある扉の一つをアントンさんがノックすると、すぐに中から女性が顔を出した。私と同じ格好をした年配の女性は、おそらくノエミが言っていた元奥様付きのメイド、ゼータさんだろう。


「お嬢様付きの新しいメイドを連れてきました」


 アントンさんの横に立つ私を見てゼータさんはある程度予想したのか、無言でチラリと私に視線を向けた後、「少しお待ち下さい」と言って扉の内側に消えた。

 そのまま扉の外で少し待つと、今度は扉が内側から大きく開かれる。部屋の中は新緑系の薄い色で統一されていて、家具はソファセットに棚やガラス戸棚、右側の窓の前には大きな執務机、正面奥の窓の前に丸いテーブルと椅子、部屋の左奥には天蓋のついたベッドがあった。

 私が促されるままに室内へと足を進めると、窓を背にして執務机に座る愛らしい少女と目が合う。奥様譲りの金色の髪に薄紫色の瞳。奥様と同じ瞳の色だけれど、その瞳からは意志の強さを感じた。

 アントンさんと共に執務机の前で足を止めると、お嬢様は手にしていた羽ペンをインク瓶に立てて私をじっと見つめる。


「アントン、この子が例の子ね」

「はい、本日からお嬢様付きのメイドとなります、アリーチェです」

「分かりました。アントン、もう下がっていいわ」

「かしこまりました」


 アントンさんが一礼して退室し、部屋に私とお嬢様とゼータさんが残された。これからこのお嬢様のお世話をすると思うと、今更ながら緊張感が増してきた。

 お嬢様に認めてもらうことを目標としているとはいえ、気に入られる自信があるわけでもないし……。


「アリーチェはメイドの仕事は今回が初めてなのよね?」

「はい、今回が初めてになります。至らぬ点は多々あると思いますが、少しでも早く仕事を覚えられるよう努力いたします」


 私が深くお辞儀をすると、お嬢様は「そう……」と言いながら小さな溜息をついた。


「遠方からはるばる来たあなたには悪いのだけれど、正直な所、私はあまりあなたに期待していないの。お父様へどのように売り込まれたのかは知らないけれど、能力があると言っても、結局のところそれほど大きくない街でのことでしょう? お父様がわざわざ呼び寄せたのだから、一時的に側には置くわ。でも、そのまま仕えられるとは思わないでちょうだい」


 ルーベンさんは、私が孤児であること、能力は高いけれどメイド経験はないという情報以外は、お嬢様には伝えていないと言っていた。簡単な前情報しか知らなければ、お嬢様の私に対する評価にも納得はできる。むしろ、遠い街から来た怪しい人物に見えているのではないだろうか。

 まあ、詳細を知っていてこの評価だったとしても、不思議ではない。立て続けに厄介なメイドばかり雇われているから、疑心暗鬼になるのも分かるというものだ。


「二週間、その間だけは私付きのメイドとして働くことを許します。その間に不手際を起こさないよう、気を付けてちょうだい」

「二週間の猶予をいただき、ありがとうございます」


 初顔合わせで二週間後にクビにすると言われても、戸惑うどころか笑顔で感謝を述べる私に、お嬢様は意表を突かれたような驚きの表情を浮かべた。

 お嬢様はすぐに驚きから立ち直ったけれど、予想外の反応に驚かされたのが不満だったのか、分かりやすく眉をひそめた。ルーベンさんが根が素直だと言っていたけれど、あながち間違いでもないのかもしれない。


「アリーチェ、あなたはゲームを知ってるかしら?」

「ゲーム……ですか? 簡単な遊戯盤であれば経験がありますが……」


 お嬢様の突然の質問に、私は軽く首を傾げる。礼拝堂に子供が遊ぶような遊戯盤があったから、そういう物の事を言っているのだよね。何故急にそんな事を聞いてきたのだろうか?


「それであれば良かった。では、二週間の間に有能であることを私に納得させる事、この部屋に置いてあるゲームのいずれかで私に一度でも勝利する事、この両方を達成できたら私付きのメイドとして雇うことを考えます」

「……」


(あれ、なんだか微妙に難易度が上がった……?)


 急に追加された条件に戸惑っていると、お嬢様が満足そうな顔で部屋にあるガラス戸棚を指差した。


「あの棚には私が集めたゲームが入っているわ。中に入っている物であればどれでも構わないし、内容次第では多少のルールの変更も考えてあげてもいいでしょう。私に勝てるよう頑張ってちょうだい」

「かしこまりました」

「二週間後を楽しみにしています」


 わざわざ条件に加えるくらいだから、お嬢様はゲームが得意なのだろう。にっこりと笑顔を浮かべるお嬢様は、悪戯を成功させた時のような楽しげな表情をしていた。どうやら、意表を突いた私の返答はお嬢様を刺激してしまったらしい。

 根は素直そうではあるけれど、負けず嫌いな一面もあるようだと、私は脳裏にしっかりと記録したのだった。


ようやくお嬢様と初対面。

屋敷内でアリーチェの詳細な事情を知っているのは、旦那様を含めて五人。(※人数訂正しました)奥様もそのうちの一人です。


今週も一話更新になります。

その分、普段より長めです。

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