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【第三部】黒瞳少女は帰りたい 〜独りぼっちになった私は、故郷を目指して奮闘します〜  作者: 笛乃 まつみ
第五章 州都カーザエルラ

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55. 海千山千の商人

評価いただきありがとうございます!

とても嬉しいです!

 ルーベンさんの言葉を頭の中でゆっくりと反芻する。そして、私はある事に思い至った。


「ルーベンさん、お尋ねしたいのですが、ブルーノさんから私の話を聞いただけでなく、もしかして私の事を独自に調査されたのでしょうか? 例えば人に依頼して私の事を詳細に調べるとか……」

「ああ、もちろん調べたさ。ブルーノは信用しているが、にわかには信じがたい話だったからな。雇うかどうかを判断するにも、別視点の正確な情報が必要だろう」


(良かった……)


 話を聞いて一番最初に私が思ったのはそれだった。メルクリオの街で私の周囲を探っていたのは、ルーベンさんに依頼された人だったのだろう。

 誰が何の目的で調べているのかが分からず、私や孤児院が悪意に晒されている可能性を心配していたから、胸のつかえが取れて心の底から安堵した。


「私の周囲を探る人がいたので不安を感じていたのですが、それを聞いて安心しました。それに、調べた上なのでしたら、能力を評価して頂いたのだと納得できます」


 私が安堵の笑みを浮かべると、ルーベンさんはじっと興味深そうな眼差しを私に向けた。調査されたことに対して、私がどう反応するかを観察していたのかもしれない。


「なるほど、君はそういう風に判断するのか」

「大切な我が子の傍に置く人間に対して、親として当然の憂慮だと思います。ただ、孤児の子供一人に対して複数人使って調べるとは、徹底しているのだなと感心しました」

「ふむ、私が依頼したのはあくまで一人だけだが」


 その言葉に心臓がドキリと跳ねた。


「一人だけ……? その人が更に別の人に依頼したという可能性はありますか?」

「商業ギルドの登録簿の内容にも関わる話だから、別に依頼するということはないはずだ。君の周りを探っていたのは複数人だったんだな」

「はい……」


 危険がなくて良かったと安堵したばかりなのに、喉に石が詰まったように胸が苦しくなる。


「それはいつ頃だ?」

「最初の登録がされてから、一ヵ月と少し経った頃だと思います」

「私が頼んだのもその頃だが、それにしても動きが早いな。早々に君の情報が漏れたのだろう。初めての登録だったというのもあるだろうが、ブルーノも詰めが甘い」


 ルーベンさんが少し眉根を寄せて溜息をついた。私はどう反応していいか分からずに苦笑いを浮かべる。


「州都に来たのは良い判断だったな。あのままメルクリオの街に残っていたら、良くない事に巻き込まれていたことだろう。今回新たに追加登録されたことも考えると、その可能性は非常に高い」


 ルーベンさん曰く、モップの権利云々に関係なく、取り敢えず金になるかもしれないから攫うだけ攫って、実際に使えるかどうかはその後に考えれば良い、などと短絡的に考える小悪党はどこにでもいるそうで、立場の弱い孤児なら尚更格好の餌食とのことだった。


「只でさえ、ここ暫くメルクリオで誘拐が続いていると聞く。良からぬ者が入り込んだのか、些か物騒だな」


(誘拐が、続いている?)


 確かに、実際にメルクリオの北区でそういうことがあることは聞いている。北区の中でも避けるべき場所、注意しなければいけない時間帯はあったけれど、州都のルーベンさんにも知れ渡るほどの話なのだろうか? それともブルーノさんから聞いた?


「あの、ルーベンさん。メルクリオは他の街に比べて誘拐の件数が多いのですか?」

「いや、メルクリオで起きている誘拐事件が少しばかり特殊だから聞き及んでいるだけだ。魔力持ちの子供が誘拐されるという話はよく聞くが、メルクリオはここ数年でそれが連続して起きている」


 ルーベンさんの言葉にすっと臓腑が冷えていく。以前であれば自分には関係ない話だと一蹴しただろう。けれど、今は違う。その危機はとても身近なものだ。自分の危うさに、背中に冷や汗が浮かぶのを感じた。

 魔力持ちであることに自分でも気づいていなかったくらいだから、メルクリオの街でそれが誰かに露見したということはないだろう。これからは、いっそう魔術具の扱いに気をつけないと……。


「顔色が悪いが大丈夫か?」

「はい、大丈夫です。少し驚いてしまって……」

「確かにあまり楽しい話ではなかったな。そろそろ本題に移ろうか」


 ルーベンさんは話題を変えるように本来の話に戻した。


「雇用についての話なのだが、ブルーノに伝えていたように、君には私の娘、ヴィオラのメイドになってもらう予定だ。ただし娘はここ四ヵ月でメイドを何人もクビにしていてね。もし娘が君を自分のメイドにしないということになれば、君には私の商会か、所有している薬草工房で見習いとして働いてもらいたいと思っている」

「……商会? 薬草工房? メイドになれなかった時は、下働きと聞いていたのですが……」


 突然の提案に、私はきょとんとした顔でルーベンさんを見つめる。フィオルテ商会が化粧品類を扱うことを考えると、ルーベンさんの言う薬草工房というのは、おそらく化粧品を作る際に使用する薬草成分の基材や、エキスの抽出、ブレンドなどを行う工房なのだろう。

 人を使って調べた際に、私が孤児院で薬湯を作っていたことを知って提案してくれているのだろうか……?


「見習いは下働きのようなものだよ。君は森の植物を使って薬湯を作っていたという話だから、せっかくの知識や発想力を活かさない手はないだろう?」


 ルーベンさんは片目をパチリと閉じて好奇な笑みを私に向ける。

 こちらの立場に配慮した提案を嬉しく感じる一方、戸惑いもあった。私の薬草やハーブの知識はあくまで民間療法の域を出ないため、私が突如工房に見習いとして入った場合、妬みや不満が噴出するのではないだろうか……。まぁ、孤児という立場上、メイドはもちろんのこと商会の見習いになったとしても波風が立つのは避けられないだろうから、それは今更か。

 メイドになれなかった時はどちらを選ぶべきかと思案していると、ルーベンさんが「私は、君が孤児院で色々とやってきたことを知っている」と切り出した。


「私はね、君という人間を高く評価しているんだ。調べてみて、孤児という立場でありながら、自分の持つ力を使って状況を改善しようとする君にとても興味が湧いた。向上心が高く、おまけに発想も豊かとなれば、声を掛けてみたくもなるというものだ。直接会ってみて思ったが、立ち振舞いも堂々としていて目端も利く。君という人間を、娘がどのように評価するのか、とても楽しみだよ」


 ルーベンさんは商人だから、こういう褒め言葉も手の内なのだろう。そうと分かっていても、手放しで褒められるとどうしても自然と頬が緩む。

 これほど高く評価してくれているのであれば、ルーベンさんの期待に応えられるよう、努力することを心の中で決意する。


「気に入って頂けるよう、出来る限り努力します」

「まぁ、肩の力を抜いて臨んでくれたらいい。本音を言えば、娘のメイドよりも見習いとして働いてもらいたいと考えているからな」

「え……!?」


 メイドとして働くために来たけれど、実際は違うの……? ルーベンさんの先程の言葉の意味は、元から私を見習いとして雇うことを望んでいた、という意味に取れる。

 だとしたら、何故娘のメイドにという話を持ちかけてきたのだろうか? わざわざ回りくどいことをしなくても、誘いをかける時に見習いの話をすれば良いだけの話なのに……。


「意図がわからない、という顔をしているな」


 私の思考を読んだのか、ルーベンさんがニヤリと口元を緩める。読まれた側としては複雑な心境だ。


「最初から見習いとして声を掛けても良かったのだが、君には一度娘のメイドになってほしかったんだ」

「つまり……、何らかの理由で、お嬢さんのメイドになった上でクビになる必要があるということでしょうか?」

「ははっ、概ね正解だがクビになる必要はない。先程も言ったように、娘が君をどう評価するかを知りたいんだ」


 目元にシワを作って面白そうに笑うルーベンさんを余所に、私は一層頭が混乱していた。娘さんに私の選別をさせたい意図があるのは分かったけれど、理由がさっぱり分からない。

 一瞬、私を試すことを指すのかと思ったのだけれど、これは娘さんのことも試している……?


 いずれにせよ、メイドとして声を掛けてもらって良かった。もし最初から薬草工房への誘いが来ていたら、私は周囲を探っていた人物はルーベンさんだったという結論に達しただろう。そうなると、探られていた原因が分かったことで危険はないと判断し、メルクリオの街に残る選択をした可能性が高い。

 ルーベンさんの先程の予測が本当なら、結果的に命拾いしたのかもしれない……。


「聞いてはいると思うが、娘のヴィオラは私の唯一の子供だ。唯一の後継ぎとも言えるが、娘ということもあって私はヴィオラを跡継ぎにとは考えていなかった。将来、婿を取ってヴィオラの夫を後継者にするつもりでいたのだが、ヴィオラが自分で跡を継ぎたいと言い出してね」


 ブルーノさんから話を聞いた際に、一人娘だということは聞いている。そして、遅くに授かった子供ということもあって溺愛しているとも言っていた。


「女性の商会主はいるにはいるが、やはり男性と比べると苦労する点がまだまだ多い。私としては愛娘にそんな苦労をかけたくないというのが本音なのだが、娘から強く希望されて反対することもできなくてね。今は、跡継ぎに必要な教育を少しずつ学ばせているところだ」

「お嬢さんは今八歳と聞いていますが、跡継ぎとなると学ぶことは多そうですね」

「もちろん、多岐にわたる。ヴィオラが本当に跡継ぎを目指すなら、経営学や法律、地理歴史、文化などの知識面に留まらず、交渉力や会話力、判断力、洞察力などの技能も必要になるだろう」


 いわゆる英才教育というものなのだろう。それにしても、わざわざこんな話をするということは、この話が先程の娘さんに私の評価をさせたい理由に関連しているということだよね。


「では、先程お話しされていた、一度メイドになって欲しいというのも、跡継ぎ教育の一環という事でしょうか?」

「ああ、その通りだ。君は理解が早くて助かる。観察眼、人の目利きを養うには実践経験を積むのが一番だからね。君の能力を見極めさせ、側に置くかどうかを判断させることで、娘に学習機会を与えるつもりだ」


 柔和な笑みを浮かべつつこちらを眺めるルーベンさんが、一筋縄ではいかない人だということが良く分かった。私をただ雇うだけに留まらず、追加で自分にとって有益な状況にするとは……。

 海千山千の商人というのは、こういう人達のことを指すのだろうね。

 ふと、メイドが何人もクビになっているという話が頭に浮かんだ。最初は、単にお嬢さんが気難しい人なのかと思ったけれど、この様子ではルーベンさんがわざと難ありの人間を任じたのではないだろうか。

 おそらく、この予想は当たっている気がする……。


「なるほど、お嬢さんのメイドの定着率の低さに得心がいきました。私も含め、今までクビになったメイドの大半が、人の目を養うための教材といったところでしょうか?」

「ははっ、上手いことを言う。まあ、大半ではなく全ての者がそうだ。そう演技するように指示した者もいるが、わざとそういう人物を選んだこともある」


 やっぱり、裏があったのか……。少なくとも、お嬢さんは全ての人に対して、正しい評価をしたということだね。

 跡継ぎ教育って大変だなぁ……と内心思いながらも、お嬢さんが単なる気難しい人ではないことに、ほっと安堵の息をついた。


「とはいえ、そんなに何度も続けば流石に不審がられるのではないですか?」

「私としてもそろそろ気付いて欲しい頃なのだが、まだ気付く様子はないようだ。ヴィオラは根が素直でとても良い子だから無理もない」


 そう言って目尻を下げる様子は、溺愛する娘を自慢する父親そのものだった。

 娘のためを思ってしている事とはいえ、やり過ぎると娘さんに嫌われるかもしれませんよ、と声には出さずに頭の中だけで忠告しておいた。まぁきっと、それは本人も承知の上だよね。


ルーベンさんは、アリーチェがしていた罠猟、罠の講習会、子供たちへの勉強会、薬湯作り、ブルーノさんから聞いたモップ発明などの情報から有能さを確信し、雇うことを決めました。

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