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【第三部】黒瞳少女は帰りたい 〜独りぼっちになった私は、故郷を目指して奮闘します〜  作者: 笛乃 まつみ
第四章 州都への旅路

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53. なだらかな道の先

今回、話が少し長めです。

 魔狼に襲われた日の翌日、ロッコさんは村の人たちと共に壊れた柵の修理に向かう。物々しい雰囲気の中、村人たちは各自手斧などで武装し、魔獣避けの松明を焚きながら村の入口に集まっていた。もちろん、その集団の中には、ロッコさんも言っていたように神官様も含まれていた。

 柵の修理に必要な木材をロバの背に積み、彼らが防柵を越えて出発するのを、私とジルダさんとリオは少し離れた所から見送る。ロッコさんを見送るジルダさんとリオの顔は心なしか暗かった。神官様が同行するから大丈夫だと分かっていても、夫であり父親が危険な場所に向かうのは心配なのだろう。


 見送りが終わった後は、私たち三人は急いで露店の準備に取り掛かった。村が魔狼騒動で慌ただしくしているので、ロッコさんは全て片付いた後に露店を開くことを考えていたのだけれど、村長さんから村人の気持ちを明るくするためにも、早めに露店を開いて欲しいと要望があったのだ。その為、この村ではジルダさんが仕切って露店を開くことになった。

 人手が足りないということで手伝うことになったリオは、とてもいい笑顔で商品を並べている。一応は、私も雑用係として裏方を手伝う予定だ。

 ロッコさん主導で準備する時よりは幾分か時間がかかったけれど、村の広場に無事準備を終えると、一人また一人と村人たちがやってくる。最初は神妙な顔つきで商品を見ていた村人たちも、商品を色々と見ていくうちに明るい表情へと変わっていった。

 調味料などの日用品はもちろん、それ以外にも布や化粧品を買う女性もいて、露店は思った以上に賑わいを見せていた。この様子を見た感じでは、気持ちを明るくするという目的は果たせたみたいだね。



 いつもは昼前には畳む露店だけれど、今日は移動もないためお昼過ぎても露店を続けていた。商売の合間に交代で軽くご飯を食べ、お昼をだいぶ過ぎて客足が途絶えた頃、「そろそろ終わりましょう」というジルダさんの言葉で私達は手際よく露店を片付け始める。

 リオが宿屋に戻したロバを取りに行っている間、私とジルダさんの二人で広場に停めた幌馬車に荷物を積み込んでいると、村の入口方向が騒がしくなった。


「ロッコ達が帰ってきたのかしら?」

「そうみたいですね」


 言葉通り、修理に出掛けていたと思われる男の人達が、ちらほらと村の入口方向から戻ってきているのが見えた。

 柵の問題が片付いたということであれば、もう少し賑やかでもいいと思うのだけれど、その割には村の入口から戻ってくる人たちの顔は晴やかではなく、疲れ切った表情をしていた。あの様子だと、あまりよくないことがあったのかもしれない……。

 やがて戻ってくる人の列の中にロッコさんを見つけ、ジルダさんがほっと安堵のため息をついた。


「ロッコ、お帰りなさい。修理の方はどうだった? 魔狼は出なかった?」

「ただいま。ああ、魔狼は出なかったし、修理も無事に終わった。詳しくは後で話そう。それで、露店の方はどうだったんだ?」


 ロッコさんはそれとなく話を切ると、今日の露店の様子をジルダさんに尋ねる。ジルダさんと会話しているロッコさんも、他の戻ってきた人と同様に疲労の色が濃い顔をしていた。

 柵が壊れていた場所は村からそれなりの距離があったため、そこを往復したロッコさん達の疲労は大きいのだろう。けれど、話をそれとなく切った様子からして、あまり往来でする話ではないのかもしれない……。

 残りの荷物の積み込みが終わる頃には、リオがロバを連れて戻ってきたので、ロバに幌馬車を引いてもらいながら私達は宿屋に戻った。



「やっぱり、柵が壊れた原因は荷馬車だったのですね」

「ああ……」


 宿屋に戻り、ロッコさん達の部屋で聞かせてもらった話は、あまり気持ちのいいものではなく、暗澹(あんたん)とする話だった。

 荷馬車の残骸を見たときから、そうだろうとは思っていたけれど、現地に着いて調べた結果、壊れた柵は荷馬車の事故により損壊したものだったらしい。とはいえ、荷馬車が突然あそこに現れるわけもない。そこには荷馬車を引いていた馬かロバ、そして御者がいたことを意味している。

 更にロッコさんから、荷馬車の持ち主はここポーリ村の住人で、私達が通り過ぎた二つ前の村を訪れるため、三日前に村を出発したことが説明された。嫁いだ娘に子供が生まれ、お祝いを届けに行ったのだけれど、帰宅予定の日を過ぎても帰って来なかったらしい。

 私達から、柵が壊れていて魔狼に襲われたという話を聞いた時点で、もしかしてという疑いはあったらしいけど、現場に行ってやはりそうだと判明したみたい。

 言葉を濁していたけれど、その人が亡くなったということは伝わった。


 その人が戻る予定だった日はあいにくの深い霧が出た日だったことから、おそらく運悪く霧に巻かれて荷馬車の操作を誤り、柵にぶつかってしまったのではないかとロッコさんは言っていた。

 確かにあれほどの霧であれば、前方を見誤るのも分かる気がする。もしかしたら通り慣れた道だからという油断もあったのかもしれない。

 一応、その人以外に魔狼の被害に遭った人はいないようだ。霧が出た後にポーリ村から柵が壊れた場所を通った人はおらず、私達が来た方向からも、霧が晴れるのが遅かったため、私達以外は通っていない。

 徒歩で魔狼に遭遇した場合、普通の村人が魔狼から逃げるのは難しかっただろう。一番最初にあの場所を通ったのが私達だったというのは、ある意味幸いだったのだと思う。


 ちなみに、魔狼を撃退した時にえぐれた地面については、村の人達、特に神官様にとても驚かれたらしいのだけれど、複数の魔術具を同時に投げたら相乗効果なのか強い爆発になった、と言ってロッコさんが誤魔化してくれたらしい。

 実際にそういうことがあるので、神官様はそれで納得してくれたみたい。とりあえず、それについて深く追求されなくてよかったとロッコさんは言っていた。

 いずれにせよ、これで魔狼に関してすべき事は全て終わったので、明日の朝早くにここを立つ事を最後に告げられて、ロッコさんの話は終わった。




 翌日、朝の空気がまだ冷たい中、私達は次の村へ向けて出発した。そこからの旅は天気にも恵まれ、順調に旅程をこなしていく。途中の村で一泊して三つの村で行商をした私達は、街道沿いの町に到着していた。ここからは行商をせずに進むから、この町に一泊した後は遅くとも二日後には州都に着く予定みたい。

 この町では部屋が二部屋確保できなかったため、久しぶりに一部屋を四人で使うことになった。レンデの町からずっと二部屋確保できていたから、同じ部屋に泊まるのがなんだか懐かしい感じがするね。

 旅程が残り僅かになったこともあり、私はこの旅が始まった頃に思いついたことについて、ロッコさんに相談することにした。ただ、私にはそれ以外にも謝らなければいけないことが一つあった。


「ロッコさん、今、大丈夫ですか?」

「ああ、いいぞ」


 商業ギルドへ用事で出ていたロッコさんが部屋に帰ってきた所を見計らって私は声をかけた。


「ロッコさんに相談したいことがあるのですが、その前に一つ謝っておきたいことが……」

「藪から棒だな。何か失敗でもしたか?」

「それどころではなかったので気づくのが遅れたのですが、モップとタルトゥのオイル漬けをダメにしてすみませんでした」


 突然、謝罪をした私に対して、口をぽかんと開けたロッコさんが「アリーチェ、そんなこと気にしていたのか」と呆れた声で言った。


「命に比べたらどちらも安いものだ。ダメにしたことに対して、いちいち細かいことは言わないさ」

「緊急事態だったとはいえダメにしたのは私なので、一応、けじめとして謝っておきたかったのです……」

「律義だな、アリーチェは。まあ、謝罪は受け取っておくが、気にしなくていいぞ」

「そう言ってもらえて良かったです」


 真剣な表情を幾分和らげて、私は安堵のため息をついた。ロッコさんならそう言ってくれると思っていたけれど、想像と現実が違うこともあるからね。


 私が魔狼との攻防で破損してしまったのは、モップは三本と魔狼に投げつけて壊した木箱が二つ。そして、木箱の中に入っていたのは、レンデの町でロッコさんが買い足していたキノコのオイル漬けだった。

 瓶の中に入っていたキノコは、あの地方で採れるタルトゥという名前の高級キノコらしい。もちろん、タルトゥ自体が高級品なのだから、それのオイル漬けも当然高級品だ。

 魔狼に襲撃された後はバタバタしていたからすっかり忘れてしまっていたのだけれど、州都で売る予定だった商品を台無しにしてしまったという事実に、昨晩気付いたのだよね……。

 命を守るための代償ではあったけど、気付いた以上はきちんと謝罪するのが礼儀だろう。


「でも、モップは納入予定だったのではないですか?」

「ああ、確かにモップはフィオルテ商会に納入する予定だったが、それとは別に、州都の商業ギルドに卸す用のモップを別途購入しておいたんだ。納入本数は確保できているから、心配は無用だ」

「そうだったのですね。それを聞いて安心しました」


 私は今度こそ肩の荷が下りた心地になる。私がダメにしてしまったのは三本だけとはいえ、納入予定の本数に足りないとなれば、それはロッコさんの手抜かりになってしまうものね。

 問題になるのではと心配していたから、問題がないことに私は安堵の胸を撫で下ろした。



「それで、相談ってのはなんだ?」


 謝罪についての話が終わったので、ロッコさんに次の話をするように促された。


「実は、相談というのはロッコさんが行商で訪れている村に手紙を届けて欲しいのです。お願いできますか?」

「何だそんなことか。どこの村に届けてほしいんだ?」

「パンニ村です」

「ああ、南方の村か。確かに行商先の一つではあるな。知り合いでもいるのか?」


 私は、ドンテさんとベルラさんのことをロッコさんに簡単に説明した。もちろん、娼館絡みの話は省いて、ただ単に水の州に来た時に一番最初にお世話になったことだけを伝えた。


「なるほど、届けてほしいのなら引き受けよう。ただし、そう頻繁に訪れる村ではないから、届けるのに時間がかかるだろうが、それでもいいか?」

「はい、もちろんです!」


 予想していた通り、手紙を届ける依頼をすることは問題なさそうだ。であれば、残る問題は値段か……。


「それで、手紙を届けてもらう代金なのですが、具体的にどれくらいになりますか?」

「ああ、代金はいらないぞ」

「……えっ!? 流石にそんなわけには」


 余りのあっさりとしたロッコさんの返答に、私は驚きの声を上げた。そういうわけには……と言う私に対して、ロッコさんは必要ないと言わんばかりに手をぱたぱたと振った。

 手持ちのお金が少ないから値段交渉は考えてはいたけれど、流石にタダにしてもらうのは申し訳が立たない。


「どうしてもというなら、紙代だけ払ってくれればいい。それとも、既に手紙は用意しているか?」

「いえ、まだです。紙とペンを持っていないので、代金にそれも含めてもらおうと考えていました」

「ならちょうど良いな。今書くなら用意するが?」

「それなら、今から書きます。でも……、本当に運び賃はタダでいいのですか?」


 なし崩し的に進んでいく話に、私は少しだけ待ったをかける。紙代を払うとはいえ、そこまで甘えてもよいのかと迷っていると、ロッコさんはにやりと笑いながらひそひそ声で私に囁いた。


「実を言うと、アリーチェは既に運び賃分の働きをしているんだ。少し前、魔石に魔力を込めてもらっただろう? 運び賃としてはあれで十分だ」


 なるほど、確認の為の作業だったから意識していなかったけれど、考えてみればあれは労働ともいえるのか。普段は魔術具屋にお金を払って魔力を補充してもらっているのだとしたら、確かに十分な働きになるね。

 私としてはロバのお世話とかその他諸々でお手伝いをするつもりだったけど、思いがけないところでより良い埋め合わせができたのなら良かった。私がほっとしていると、「別れる前にもう一度魔力を込めてくれると助かる」とロッコさんに追加で言われて、私は思わず顔を綻ばせた。


(流石は商人、抜け目ないね!)


 私は笑顔を浮かべながら「どんと任せて下さい」と小さく胸を張った。


 その後、紙とペンを借りてドンテさんとベルラさんに宛てた手紙を書き、紙代の小銀貨と共にロッコさんに渡した。

 二人への手紙には、お世話になったことへのお礼と、別れた後も元気だったこと、今度は州都に行って働けることになったこと、そして何も言わずに逃げ出してしまったことへの謝罪を書き連ねた。

 一方的なものにはなるけれど、書き上げた手紙をロッコさんに渡すことができて、喉に刺さった小骨が抜けたような気がした。




「見えたぞ、あれが州都カーザエルラだ」


 二日後の昼過ぎ、ロッコさんが言っていた通り、私達は州都を眼下に収めていた。ここ二日間、幌馬車にほぼずっと乗り続けて腰が痛かったけれど、そこに広がる光景はその全てを吹き飛ばすような景色だった。


「大っきい……」


 私が州都カーザエルラを見て、最初に思った感想がそれだった。メルクリオの街を初めて見た時も大きいと思ったけれど、州都はその比ではない。

 私はこんな大きな街で働くのかと思うと、圧倒される思いがした。


「そうだろうそうだろう。何と言っても、ここ水の州の州都だからな」

「うわぁ〜」


 ロッコさんの言葉と共に、感嘆のような声が私の隣から漏れる。それは、私と同じようにロッコさんの横から顔を覗かせ、州都を眺めているリオの口から漏れたものだった。


「リオも初めてだったな」

「うん……、すっごく大きくてびっくりした」


 リオの言葉に私も同感だ。とにかく、何から何まで大きいのだ。ちょうど今、少し高さのある丘から眺めているという事もあり、州都の奥の広がりまでよく見える。

 州都をぐるりと囲む外壁はもちろん、街の内側にも複数の壁があり、それが街を幾層にも区切っていた。左奥には大きな建造物群があり、街の奥には湖のようにも見える大きな川がある。


(本当に大きい街……。メルクリオの街が二つ三つ入ってしまうのではないだろうか……)


 州都の外、左側には大きな森が広がっているけれど、右側や手前側の道沿いにはいくつもの建物が並び、外壁の外にも人が溢れているのが見えた。


(年数を積み重ねるうちに壁の増築を繰り返し、どんどんと街は大きくなっていったのかな……)


 州都から感じられる長い歴史に思いを馳せていると、しんみりとした口調でリオが呟いた。


「あそこに着いたら、旅は終わるんだね」

「ん? 大丈夫だよ、リオ。家に帰るまでが旅なんだから、カゼッレの町に戻るまで旅は続くよ」

「そうじゃないよ、アリーチェとの旅が終わりってこと」


 少し唇を突き出したリオが拗ねるように言った。


(なるほど、そういう意味だったのか)


 てっきり、州都に私と荷物を届けるという大きな目的を達成したことで、意欲が失われてしまったのかと思ったよ。この様子だと、どうやらリオは私との旅の終わりを惜しんでくれているみたいだね。


「思い返すと色々なことがあったけど、私はリオと一緒に旅ができて楽しかったよ」

「僕も、とっても楽しかった。こんなに長く旅をすること自体初めてだったし、家族以外でこんなに誰かとずっと一緒にいたのも初めてだったから……。僕はきっとこの先も、今回の旅の事を忘れないと思う」


 確かに、私にとってもこの十日間の旅はとても思い出深く、濃密な時間だったと思う。行商を経験したり化粧を教えてもらったり、濃霧に遭遇したりと色々な事があったけれど、やっぱり一番は魔狼と魔力の事だよね。自分でも知らなかった魔力のことを知れたのは、とても大きな転機になることだろう……。


「私も、色々と忘れられない旅になったよ」

「僕のことも?」

「もちろん、リオのことも忘れないよ。リオこそ、私のことを忘れちゃったりしない?」

「そんなことない、アリーチェのこと絶対に忘れないよ!」


 リオが大きな声で言うと、「ふふっ、私も同じよ」と後ろから声がした。振り返ると、私達のすぐ後ろまで来ていたジルダさんが優しい顔で微笑む。


「そうだな、アリーチェの事は俺も忘れないだろうなあ」


 私とリオに挟まれたロッコさんも、手綱を操りながら同意の声を上げた。三人の同じ様な反応がとても家族らしくて、私は思わず頬を緩ませた。


「では、四人とも忘れられない思い出ですね」


 私は満面の笑顔を浮かべ、リオ達に向かって応えた。今この時、笑顔で旅の最後を迎えられて、本当に良かったと心の底から思った。

 それから、私達は互いに近い距離で座り、笑い合いながらこの旅の思い出を振り返る。冬の暖かな日差しの中、幌馬車はなだらかな丘を下り、州都へと続く道を進み続けた。


ここまで読んでくださり、ありがとうございます!

今回の話で第四章が終わり、ここまでで第一部の区切りとなります。

次章から第二部となりますが、開始まで少しばかり時間を頂きたいと思っています。

よければ、ブックマークと下の☆を★に塗り替えて応援いただきますと励みになります。


一応、第二部開始まで二ヶ月はかからない予定ですが、折を見て閑話も上げる予定ですので、宜しくお願いします。

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