51. 不識の異才
「魔力……持ち?」
ロッコさんから投げかけられた問いの意図が分からず、私はただその言葉を繰り返す。
(私が魔力持ちだなんて、突然何を……?)
「何か勘違いをしていると思いますよ。私はただの平民ですし……」
「……隠しているわけじゃなく?」
「隠すも何も、本当に勘違いなんです。私は魔力なんて持っていませんよ」
唐突な話に、私は戸惑いながらロッコさんの誤解を解くために言い募る。どうしてそんな勘違いが生まれたのかは分からないけれど、突然降って湧いた荒唐無稽な話に、私は困惑を隠せないでいた。
「まさか、知らないなんてことがあるのか……?」
独り言のように呟くロッコさんの言葉に、私は僅かに眉を寄せた。ロッコさんの様子を見る限り、それなりに根拠を持った上で私に聞いたみたいだけれど、私に思い当たる事は……。
「何か、ロッコさんがそう思う理由があるのですか?」
私の問いかけに、ロッコさんは私を見ながらどう答えたものかと難しい顔を浮かべた。
「まずは、魔獣の襲撃を予見したことだ。荷馬車の残骸を見つける前から何かを察知していただろう?」
「あれは別に魔力とは関係なくて……」
確かに、ああいう風に何かを感じる事は、幼い頃からたまにあった。とはいえ、私はあれを森の女神の囁き――五感が得たほんの僅かな情報を本能が無意識に感じ取っているものだと思っていた。
感覚的なことだから、他の人と感じ方が違うことには特に違和感を持ったことはなかったけれど、ロッコさんは魔力持ちだから気付いたと思っているのだろう。
「それに、決定的なのは魔術具だ」
「あれは、紐を引けば誰でも使えるものですよね?」
質問を口にしながら、ふと渡された時にロッコさんが気休めだと言った言葉が頭に浮かんだ。実際の魔術具の威力は、気休めとは程遠い強い威力を持っていた。
(もし、あの魔術具が本当に気休めのものだとしたら……)
急に大きくなった不安が、胸の鼓動を早くする。そんな、まさか……と思っていると、ロッコさんとジルダさんが顔を見合わせ、やがて意を決した表情でロッコさんが口を開いた。
「あの魔術具は、閃光と大きな音で獣を追い払うためのもので、地面をえぐる程の威力はないはずなんだ」
予想していた返答に、私は頭を軽く叩かれたような目眩を感じる。私はあがきのように、今日に見た魔術具の威力を思い出す。
「でも、初めて使うなら想像以上に威力があったなんてことも……」
「それはないわ。あの魔術具は以前に使ったことがあるの。その時はただの眩い光と大きな音だけだったわ」
首を振りながら、ジルダさんがきっぱりとした口調で私の予測を否定する。使ったことがあるなら、効果に違いがあったことはハッキリしているのだろう。
「なら、魔術具を買う際に、店側が誤って威力の高い魔術具を売ってしまった可能性だって……」
「それもない。威力の強い魔術具は特別な許可がなければ買うことも出来ないんだ。平民が普通に手にすることはない威力の物を、間違って売るなんてことはありえない」
あの威力が普通なのだと思っていたけれど、特別な許可がいると言われて少し納得した。あれ程の威力のものがお金で簡単に購入できるのは危険だものね。
許可が必要な物を誤って売ってしまったとなれば、店の信用問題にも関わるし、下手をすると魔術具の取り扱いの認可が取り消されるようなこともあるかもしれない。店側の誤りの可能性も低いということか……。
「もちろん、店側が間違えたという可能性も僅かにはあるが、あり得る可能性としては魔術具を投げたアリーチェなんだ。故意に魔力を込めて暴発させたんだと思っていたんだが、認識していなかったとは……」
確かに、投げる際に藁にも縋る思いで魔術具の筒を握り締めはしたけれど、魔力なんてものを込めたつもりは全くない。でも、魔術具に原因がないのだとしたら、ロッコさんの言うように私なの……?
「でもやっばり、前提がおかしいです。私は魔力持ちでもない普通の両親の子供なのに……」
「普通の平民の両親からでも魔力を持った子が生まれることは時々あるぞ。まあ、そのほとんどは微力らしいが、ごく稀にそれなりの魔力を持つ子もいたりするらしい。そういう例があるから、洗礼式の時に選定の水晶で確認するんだろう」
「選定の水晶……?」
初めて聞く単語に、私は首を傾げた。
「ああ、魔力の有無を判定する魔術具だ。アリーチェの村にはなかったのか?」
「はい、洗礼式の時に選定の水晶という魔術具で確認するなんて話も初めて聞きました」
記憶をいくら掘り返しても、礼拝堂にそんな水晶の魔術具はなかったのは確かだ。
ティート村の洗礼式で行われたのは、身を清めて身体検査を行い、明かりの灯った小さなトーチを持った後、神話の説法を聞いて、最後に祝福された水を額に付けて終わりだったはず。洗礼式の時のことを思い返しても、水晶を触った記憶はない。
「なるほど……、だからアリーチェは自分の魔力に自覚がなかったんだな。俺もあくまで自分たちの住む町の事情しか知らないから、小さな村だと選定はしていないのかもしれん」
ロッコさんもそこら辺の詳しい事情は知らないらしく、私と同じ様に首をひねっていた。
(あれ、でも……)
同年代ではないけれど、二つ年下の子達の洗礼式の時に、魔力を持っている子がいたという話を聞いた。選定の水晶なる魔術具が使われていなかったとしても、別の方法で魔力の有無を確認していた可能性は高い。
あの時は魔力なんて無縁のものだったから気にしていなかったけれど、私の洗礼式の時も何かしらあったはず。洗礼式の時に持たされた小さな明かりの灯ったトーチが、何かの魔術具だったという可能性も……。
少なくとも、洗礼式の時になんの指摘もされなかった私は、やはり魔力持ちではないのだろう。ホッとしたような、少し残念のような気持ちでいると、ロッコさんが立ち上がって何かの箱を手に戻ってきた。
「いずれにせよ、確認すればはっきりするだろう。アリーチェが魔力持ちなのか、魔術具の問題だったのか……」
「確認できるのですか?」
「ああ、簡単にできるぞ」
ロッコさんは手にした箱を開け、少し触った後に私の前に箱を差し出す。中には、描かれた魔法陣とその中央に小ぶりの黄色い石があった。
「これは……?」
「野営する際に使用する、野犬などの獣を避けるための魔術具だ」
「……これを使えば魔狼も逃げていったのでは?」
「生憎と、魔狼を避けられるような高価な物ではないんだ。効いても弱い魔獣が精々だろう」
上手い話は早々ないということだね。おそらく、魔獣を避けようと思ったら更に高価な魔術具が必要なのだろう。
私からしたら、野犬などを避けるだけでも十分に高価なものだと思うけれど、行商で野営することもあるロッコさんからすると必需品なのかもしれない。魔獣は魔獣避けの柵があるから問題ないのだろうけれど、あれば普通の獣には効かないからね……。
「こんな間近で、じっくりと魔術具を観察するのは初めてです」
「魔術具はたいてい一回使い捨てと、使い回せるものがあるが、これは魔力を補充してもらうことで何回も使える魔術具になる。この中央の石が魔力を貯める為の石なんだが、これに魔力を流すよう想像しながら触れて、色が変われば魔力があるということだな」
「そんな簡単な方法で分かるんですね」
こんな簡単な方法があるなら、洗礼式でも魔力の有無はこれで調べたらいいのではないだろうか……。
「ちなみに、この方法で調べることは危険だと言われている。魔力持ちでない者がこれで確かめようとすると、体調を崩したり最悪倒れたりすることもあるくらいだ」
「ロッコさん、そんな物騒な物、勧めないで下さいよ!」
私は伸ばそうとしていた手を慌てて引っ込めた。少し大きな声を上げてしまったため、静かに、というようにジルダさんが唇に人差し指を当て、私は慌てて手のひらで口を覆う。
(寝ているリオのことはすっかり頭から抜け落ちていたよ……)
「大丈夫だ、長く触れなければ危険はない。一瞬触れてすぐに離せば体調を崩すような事もないだろう。一応は、魔力を流すつもりで触らなければ何の変化もなかったはずだ」
「でも……」
「もちろん、アリーチェが嫌であれば無理にする必要はない。ただ、魔術具が原因だったなら然るべき処置を取る必要があるし、アリーチェが魔力持ちかどうかも、今後の身の振り方を考えるなら、ちゃんと確認しておいたほうがいいと思うぞ」
ロッコさんはそう言うけれど、体調を崩す可能性を聞くとそう簡単に頷けるものではない。とはいえ、魔術具に問題があったなら、普段それを購入しているロッコさんとしては、ちゃんと確認しておきたい気持ちも分かる。
そもそも、選定の水晶があるのであれば、町や州都の神殿に行って確認をお願いするという方法も取れるはずだ。洗礼式に使用されるものとはいえ、流石に年齢的な制限はないだろうし、お願いすれば確認くらいはしてくれるのではないだろうか。
とはいえ、そんな大仰なことをして魔力はありませんでした、となったら恥をかくのは間違いない。それなら、この方法で確認する方が平和な気もする……。
「ちなみに、洗礼式ではない時に選定の水晶の使用をお願いするのは、あまりないことですか? 稀なことでなければ、大きな町や州都の神殿で確認をお願いする方法も取れるかなと考えたのですが……」
一応、危険が少なくなる方法を提案してみると、ロッコさんは難しい顔で「それは止めておいたほうがいい」と言った。
あまりにきっぱりとした言葉に、私は思わず息を呑む。
「それは、洗礼式の時にしか使えないということですか?」
「おそらく、お願いしたら普段でも使えるとは思う。ただ、これはあくまでアリーチェが魔力持ちだったというのが前提になるんだが、町や州都で確認する場合、アリーチェの身に危険が伴う可能性がある」
「それは、今みたいに体調が悪くなったり倒れるということですか?」
「いや……、誘拐の可能性だ」
私の背筋を冷たいものが走る。それは、身近でよく聞く子供が巻き込まれやすい事件の一つだ。実際に、メルクリオの街でも誘拐の話は耳にしていた。
「選定の水晶を使うとなれば、それなりに自分たちの出身や名前などの身元を示さないといけないだろう。そうなると、孤児で庇護者のいない魔力持ちの子供なんて格好の餌食だ」
「でも、お願いするのは神殿ですよね? 神殿がそんな事をするとは……」
「もちろん、俺も神殿が誘拐なんて真似はしないと思っているが、情報っていうのはどこからか漏れるものなんだよ。特に高値がつく情報はな……」
ロッコさんの言葉に納得がいってしまった。微力の魔力持ちでも平民の中では希少な存在だ。魔力持ちというだけで、仕事は引く手あまただろうし、それこそ悪いことを企む人間もいるのだろう……。
弱い立場の人間から搾取しようとするのは、悲しいことによくある話だ。メルクリオの街でもその危険を避けるために州都行きを決めたのに、こんな風に別の危険を指摘されるなんて皮肉だね……。
「結果的に、確認するだけならこの方法が一番安全だって話だ。魔力の有無だけでも確認しておいた方が良いと思うが、どうする?」
ロッコさんは親身になって言ってくれているのだろう。今後、魔術具に触れた際などに意図せずに周りにバレてしまう可能性だってある。
洗礼式のことがあるから私が魔力持ちの可能性は低いけれど、魔術具が原因なのか私が原因なのかくらいはハッキリさせておいた方がいいよね。多少くらっとしても、元が健康であれば影響も少ないだろうし、こんなにもロッコさんが言うくらいなのだから……。
「分かりました、試してみます」
「そうか……」
ロッコさんがほっとした表情を浮かべ、「気をつけて、触れるのは一瞬だけだぞ」と言いながら箱を私に手渡した。
軽いはずなのに重苦しく感じる箱を膝に乗せ、私は右手の人差し指を箱の石部分に近づけていく……。
(触れるのは一瞬だけ、魔力を流す……魔力を流す……魔力を……)
――トン
瞬きにも満たないほんの一瞬、私が触れた黄色い石はふわりと透明さを増した。
アリーチェ自身も知らなかった力に気付いたロッコさん。
魔術具の威力の違いは見過ごせないですよね。




