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【第三部】黒瞳少女は帰りたい 〜独りぼっちになった私は、故郷を目指して奮闘します〜  作者: 笛乃 まつみ
第四章 州都への旅路

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50. 投げかけられた問い

評価、ブックマークいただきとても嬉しいです!

感想もありがとうございます! 引き続き頑張ります。

 魔狼の襲撃後、無事に私たちは次の村に到着した。着いて早々、ロッコさんが村人に柵が壊れていた事、魔狼に襲われた事を伝えると、のどかな村は一変して上を下への大騒ぎになった。

 とはいえ、人を襲う魔獣の恐ろしさを知っている村人たちの動きは早かった。畑に出ている人はすぐに家に戻るように知らせを出したり、私たちが来た道に続く入口には魔獣避けの木で封鎖する準備が始められた。

 準備に奔走する村人たちを横目に、私達はまず村の礼拝堂へと向かった。もちろん、神官様にジルダさんの傷を診てもらうためである。


「じゃあ悪いが、少しだけ番を頼む。すぐ帰ってくるから頼んだぞ」

「はい、分かりました」


 ロッコさんは礼拝堂の前に幌馬車を停めると、私とリオに荷物の番を任せてジルダさんと礼拝堂へと入っていく。二人を見送ると、幌馬車の中には沈黙が落ちた。

 普段、楽しそうにいろんな話をしてくれるリオも、魔狼に襲われた衝撃が残っているのか、言葉なく落ち込んだ様子を見せていた。私も魔狼襲撃の影響が残っているのか、いつにもなく心が重く沈む。 

 お互いに気持ちを落ち着かせる時間が必要だろうと、私も口を閉じていると、リオが下を向いたまま呟くように話し始めた。


「アリーチェは、どうして……動けたの?」

「え……? 魔狼に襲われた時のこと?」


 私が問いかけると、リオは沈んだ声のまま「うん……」と答える。


「僕は怖くて怖くて、泣いて身体を縮こませることしかできなかった。母さんも怪我をして……」


 顔を上げたリオは、悲しそうな、悔しそうな表情で私を見る。どうやらリオは私と比較し、自分が何もできずに母親が怪我を負うのをただ見ていたことに対して落ち込んでいるみたい。客観的に見れば、私は奮闘してジルダさんを助けたように見えたのかもしれないけど、本当のところはそんな単純なものではない。


「最初、木箱を魔狼にぶつけたまでは反射的に動けていたけど、その後は私も足がすくんで動けなかったんだよ」

「でも、アリーチェは動けてたじゃないか……」


 あの時、一番最初に動いたのはロッコさんの言葉を受けて動いたジルダさんだった。私は、初めて対峙した魔狼の群れに恐怖し、立ちすくんでいた。


「リオにとっては不本意な言葉になるかもしれないけれど、あの時私が動けたのは、リオがいたからだと思うよ。守らなきゃって身体が動いたのだよね。きっとそれは、ジルダさんも同じだったんじゃないかな」


 あの極限の状態では、ほんの一瞬の硬直が命取りになったことだろう。恐怖を上回る強い感情が、私の身体の強張りを解いたのだと思う。

 守るために戦ったのはジルダさんも同じだ。我が子を守る為であれば、持ち慣れない剣だって必死に振るうだろう。

 

「……」


 私の言葉を聞いて、リオは口をきゅっと結んで複雑そうな顔を浮かべる。自分を守ろうとしてくれた事は嬉しくもあるけれど、無力な子供であることが悔しいような情けないような……といった気持ちなのだろう。


「家族を守りたいという強い気持ちがあれば、次は恐怖を乗り越えて立ち向かえると思うよ。要は、心構えの問題だね」


 不慮の事態が起こった時、あらかじめ心構えをしておけば、少なくとも今回よりはきっと動けるだろう。備えも同様に、護身用の短剣しかり、魔術具しかり、僅かな差が生死を分けた……。


「とはいえ、無茶は絶対に厳禁だし、次なんていう機会が早々あっては困るけれどね。あんな命の危機にはもう遭遇したくないよ」

「本当にそうだね」


 落ち込んだ顔が少しだけ緩んで、リオがふふっと笑った。さっきよりも明るくなった表情を見て、私の心の緊張も解けて空気が和らいでいく。リオの表情を見る限り、リオが納得できる答えを得られたのだろう。

 そうしている間に、ロッコさんとジルダさんが礼拝堂から戻ってきた。


「傷はどうでしたか?」


 ジルダさんの顔色がさっきよりもずっと良くなっているのを確認して私が聞くと、ジルダさんは柔らかい笑みを浮かべた。


「神官様に治してもらえたから、もう大丈夫よ。痛みもないわ」

「良かった」


 無事に神官様に癒やしの魔術で治してもらったようだ。治療にはお金はかかるため、小さな怪我なら自然治癒に任せてそのままにする場合もあるけれど、今回は魔獣の爪によってできた傷なので、放っておいて膿んだり熱などが出ては大変だものね。

 その後は、今日泊まる宿屋へ向かい、いつものように荷物を下ろし、魔狼から必死に逃げてくれたロバたちのお世話を皆で行う。ロバたちも襲われないように必死だったのだろうけれど、おかげで助かったのも事実。感謝の気持ちを込めて、私はいつも以上に丁寧にブラッシングをしてあげた。


 それが終わった後、宿屋の一階部分の酒場で早めの夕食を食べていると、村の人がロッコさんを訪ねてきた。到着してすぐの時は、魔狼対策でばたばたとしているから、後で改めて話を聞かせて欲しいと言っていたから、一段落ついてロッコさんを迎えに来たみたい。

 急いで残りの夕食を終えて村人の後をついていくロッコさんを見送り、私達はそれぞれの部屋へと戻った。

 普段は冷たい水で身体を拭くのだけれど、魔狼に遭遇した私達への労りとして宿からお湯を貰えたので、今日ばかりは温かなお湯で身体を拭く。そして疲れた身体を休めるために、私は早々に布団に潜り込んだ。




 ――コンコン


 気持ちは落ち着いたけれど、高ぶった神経は収まらないのか、なかなか寝付けずに何回目かの寝返りを打った頃、私の部屋の扉が小さく叩かれた。ぐっすり眠り込んでいたら気づかないくらいの小さな音だった。

 私が起き上がって扉の方に視線を向けると、もう一度遠慮がちに扉が叩かれた。


(一体誰が……)


 ベッドから降りて靴を履き、肌着の上にいつもの服を着て扉の側まで移動する。外の様子を探りつつ、「どなたですか?」と声を掛けると、扉の向こう側からほっとしたため息が聞こえた。


「アリーチェ、起きていたのね。ジルダよ。今少し時間いいかしら?」

「ジルダさん?」


 私が鍵を外して扉を開くと、そこにはジルダさんが一人で立っていた。


「どうしたのですか? もしかして何かありましたか?」


 窓の外で異変は聞こえなかったけれど、もしかして魔狼絡みで何かあったのだろうか……。


「それが、ロッコが少し話したいことがあると言っているの。今大丈夫かしら?」

「ええ、大丈夫です。今準備をしますね」


 私は部屋の中に戻って軽く袖を通しただけの服を整え、部屋の鍵を持って廊下へ出た。そして、ジルダさんの後に着いて三人が泊まっている部屋へと向かう。

 ジルダさんが扉を叩くと、中からロッコさんが扉を開けてくれた。


「休んでいる最中に悪かったな、アリーチェ」


 小声で話すロッコさんに迎えられ、部屋の奥へと通される。薄暗い蝋燭の明かりの中、廊下側のベッドには寝息を立てながら眠るリオの姿があった。

 奥に置いてあった椅子を勧められてそれに座ると、ロッコさんとジルダさんは窓側のベッドに腰を下ろした。


「何から話せば良いだろうか……」


 言いあぐねる様子のロッコさんが、少しの逡巡の後に口を開いた。


「ひとまず魔狼のことなんだが、魔狼に限らず魔獣に対する防柵の設置は完了した。村に魔獣が侵入することはないから安心してほしい」

「分かりました」

「あと、明日のことなんだが、柵が壊れている場所への案内をすることになったから、もう一泊この村に滞在する予定だ」

「そうなのですね」


 てっきり、明日の朝に行商をしてこの村を出発すると思っていたから、もう一泊することが意外だった。


「意外って顔してるな」

「ええ、少し意外でした。特徴的な場所だったから、わざわざ案内しなくても、村の人なら説明を聞けばすぐに分かるんじゃないかと思って……」


 図星を刺され、私は取り敢えず疑問に思ったことを口にする。明日、柵を修理しに向かうのだろうけれど、坂を下って右に曲がる場所なんて一ヵ所しかなかったから、すぐに分かると思うのだけれど……。


「まあ、場所を伝えるだけなら必要ないんだが、今日と明日で何か変化があるかもしれないから、状況を知っている人間がいた方が安全なんだ。まあ、神官様も同行するから問題はない」

「なるほど」


 神官様がいるなら万が一魔獣が出ても対処できるだろうし、魔獣避けもするだろうから、危険はないのだろう。だとしても、危険な目に遭ったあの場所にもう一度行くのは、それなりに胆力が必要なことだと思う……。


「そんなわけで、すまないが州都への到着はもう少し遅れそうだ」

「そんな、決まった期限があるわけではないですから、気にしなくて大丈夫ですよ」


 「それなら良かった」と安堵を浮かべるロッコさんが、先ほどまでとは空気を変えて真剣な表情で姿勢を正した。


「慌ただしくしていてちゃんと言えていなかったが、アリーチェの言葉や行動がなければ全員命を落としていただろう。改めて礼を言わせてくれ。ありがとう、アリーチェ」

「私からも、ありがとう、アリーチェ」


 頭を下げるロッコさんとジルダさんを、私は慌てて制止する。


「いえいえ、二人共顔を上げてください。助かったのは皆が頑張ったお陰です。私一人が特別なことをしたわけではないですよ」

「…………特別か」


 少しの沈黙の後、何か思う所があるような口振りでロッコさんが『特別』という言葉を口にした。


「そうだな、確かにアリーチェの言う通りでもあるが、それでもアリーチェでなければ皆助からなかっただろう……」


 何故だろう、ロッコさんの言葉に違和感を感じる。何か別の理由があるような口振りに、私は心の中で首を傾げる。


「その……、秘密にしていたなら悪いんだが、アリーチェは魔力持ちだったんだな」


壊れた柵の情報を伝えたロッコさん達は、村人たちにとても感謝されました。

次回、ロッコさんの問いかけの真意は……。

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