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【第三部】黒瞳少女は帰りたい 〜独りぼっちになった私は、故郷を目指して奮闘します〜  作者: 笛乃 まつみ
第四章 州都への旅路

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48. 急襲

 深い霧に遭遇した日、「この霧では先に進むのは危険だ」というロッコさんの判断により、私達は到着した村で一泊することになった。当初の予定では、今日はもう一つ先の村まで行く予定だったのだけれど、あれほど濃い霧では当然の判断だろう。

 道中ほどではないものの、村の中にも薄い霧が立ち籠めていたため、早い時間の到着だったけれど行商は行わず、この日はそのまま宿屋で静かに過ごすことになった。


 翌朝、目覚めてまず最初に外を確認すると、村の中に漂っていた霧は綺麗さっぱりなくなっていた。朝日を浴びて、浮かび上がる日常の景色に、私はほっと胸を撫で下ろす。なかなか霧が晴れないのではと心配していたのだけれど、どうやら私の杞憂だったみたいだね。

 安心したのも束の間、朝食の場でのロッコさんの言葉によって、私の安堵は覆される結果となった。


「村の中の霧は晴れたが、森の中にはまだ霧が残っているらしい」

「えっ……そうだったんですか」


 驚きの声を上げる私の隣で、ジルダさんがロッコさんに尋ねる。


「そうなると、もう一晩ここに泊まるの?」

「いや、今の天気が日中も続けば、昼過ぎには晴れるんじゃないかというのが、村の人の見立てだ。ひとまず行商を行いつつ、昼を待って出発するかどうかを決めたいと思う」

「分かったわ」


 方針が決まったので、皆で朝食を食べて行商の準備に取り掛かる。とはいえ、時間はたっぷりとあるのでのんびりとしたものだ。昨日の雨上がりすぐに、バタバタと行商の準備をしたのとは大違いだね。

 ロッコさんとジルダさんがいつもの様に行商を行い、ひと通り行商が終わった後には時間が余っているということで、ロッコさんは幌馬車の簡単な整備をすることにしたみたい。ジルダさんはロッコさんを手伝い、私とリオは村の中を散策し、村の子供達と交流したりしながら、空いた時間を過ごした。



 結局、私達が出発できたのは、村のお昼の鐘が鳴ってから暫く時間が経った頃のことだった。このままではもう一泊するかどうかギリギリの所だったのだけれど、どうやら村の人の予想が無事に当たったみたいだね。

 とはいえ、次の村に向かうには余裕のある時刻ではないため、ロッコさんは短い休憩を時折挟みつつ、霧の晴れた森を先へ先へと急いだ。



 ――?


 かなりの時間が経過し、太陽が西に傾いて空は夕焼け色に染まりつつあった。そんな空を眺めながら、そろそろ次の村に到着する頃かと考えていた時、ふと違和感を感じて私は周囲を見回した。

 幌馬車の中に座っているジルダさんとリオに視線を送り、次に幌馬車の後方を眺め、そして最後に御者台に座るロッコさんに視線を向ける。


(何だろう、凄くチリチリする……)


 昨日、濃い霧に遭遇した時に感じた緊張感や不安と似ているけれど、それとは少し違う。それよりももっと本能的で、首の後ろの産毛が逆立つような不気味な悪寒に襲われていた。

 私は堪らず立ち上がり、幌馬車の中を進んでロッコさんに近づいた。


「ん? 何かあったのか、アリーチェ」

「特に何もないのですが、なんだか少し気になって……」


 ロッコさんの邪魔にならないように、私は周囲を一瞥して視線を前に向けた。日が傾いたことで、木々や葉には茜色の影が落ちる。幌馬車の進む音がガラガラと響く以外に、特にこれと言った音は聞こえない、至って静かな森だった。


「次の村は、後少しのはずだ」

 

 もう少しで到着するという言葉にホッとした瞬間、幌馬車が木々の間から抜け出し、前方の景色が広がった。


「あれは……何だ?」


 ロッコさんの言葉に前を向くと、道の先は緩い下り坂になっていて、更にその先の道が右に曲がっているのが見えた。ロッコさんが目を止めたのは、右に曲がる道の直前にあった何かの残骸だろう。

 それを視界に入れた瞬間、さっき以上の怖気が私の背を駆け上がった。


(何か酷く嫌な予感がする……)


 激しく律動する胸を抑え、私は息を凝らすように目を細めてその残骸を見つめ――


「ロッコ……さん……」


 私の喉から、自分でも驚くほど震えた声が漏れ出た。

 下り坂で自然と幌馬車の速度が上がる中、早くなり過ぎないようにとロッコさんは集中してロバ達の手綱を操る。もしかしたら幌馬車を止めて残骸を確認しようとしているのかもしれない。


「ロッコさん!」

「アリーチェ、ちょっと今は待ってくれ。速度が出すぎるとまずいんだ」

「手綱を引かないで」

「え……?」

「ロッコさん、止めては駄目です!」

「はあ!?」


 私の切羽詰まった声に、ロッコさんが意味が分からないといった顔でチラリと私を見た。私はもう一度「お願い、止めないで!」と必死にお願いする。

 私は道の先にある残骸が何なのか予想がついた。ロッコさんからは影になって見えなかったのかもしれないけれど、私の目にははっきりと見えた。


「柵が……、柵が壊れているの!」

「――何っ!?」


 私の言葉にロッコさんが顔色をなくす。街道の両脇に設置されている柵の重要性は、行商をしているロッコさんが誰よりも知っていることだろう。村の中で暮らしていた私ですら知っていることだ。

 開けた場所、危険が少ない場所では密に設置されない場合もあるけれど、今私達が進んでいる道の両脇には、途切れることなく柵がずらっと設置されている。

 私の腰より少し高い程度の、見た目はただの簡素な木の柵だけれど、この柵は魔獣を避けるというとても重要な意味を持っていた。魔獣が嫌がるフューガの木を使って作られた柵が、こうして途切れることなく並べられている場合、それだけ潜在的な危険があることを意味している。

 しかも、そういった場合は魔術具を使って魔獣避けの力を倍増させている事もあるため、柵を粗雑に扱ってはいけないし、絶対に柵を途切れさせてはいけないのだと、幼い頃に村で教えられたことだった。この旅を始めた時も、ロッコさんから柵についての説明を受けたし、休憩する時でも柵は無闇に超えない様にと注意を受けていたくらいである。


 その柵が、壊れていた……。先程、目を凝らして見た際に、道の先にあった残骸――壊れた荷馬車の影に折れ曲がった柵がチラリと見えた。

 その事実を伝えたことでロッコさんは一変し、手綱を緩め、下り坂に任せて速度を早める。


(無理もない、柵が壊れているということは、今にもそこから魔獣が入ってくる可能性もあるのだから……)


 かく言う私も、今いるこの場所から逃げ出したいという焦燥感に駆られていた。もちろん、柵が壊れていてもすぐに魔獣が入ってくるとは限らないと分かっている。でも、魔獣に対する恐怖が、早く早くと気持ちを急かしていた。

 とはいえ、この先の道を右に曲がる必要があるため、このまま闇雲に速度を出しても横転してしまう危険がある。


「右側に寄って、荷馬車にしっかりと掴まれ!」


 ギリギリの速度に調整しながら、ロッコさんが大きな声で指示を飛ばす。一体何が起こっているのか理解できていないジルダさんとリオだけれど、柵という単語で緊急事態を察知したのか、二人共すぐさま右側に身体を寄せた。それを見た私も、急いで右側の荷物の隙間に身体を滑り込ませる。

 坂を下りきり、ギシギシと大きく(きし)む幌馬車が、方向を右に曲げて残骸の隣を通り過ぎようとした直前、影から姿を現した何かが残骸の上に飛び乗った。

 獰猛な目つきでひたりと私達を見据える獣の額には、鋭利な一本角が延びる。体躯は犬に似ているけれど、よく見る犬のそれよりもはるかに大きかった。


(魔狼……)


 私の頭の中に、ぽんと単語が浮かぶ。


(予想はしていた……、あのチリチリとした感覚が何を意味しているか……)


 全ての景色がゆっくりと動き、頭の中の思考だけが加速していく。

 急いで駆け抜けようとする私達を嘲笑うかのように、残骸の影から一匹二匹と魔狼が顔を出すのが見えた。魔狼に怯えたロバが、喉から響く鳴き声を上げる。

 ロバが抗っても加速した幌馬車は止まることも、急な方向転換もできずに、魔狼の方へと私達自らが突っ込んでいく。今の私達に残されたのは魔狼の横を全力で駆け抜ける以外になかった。


 残骸とすれ違う瞬間、残骸の上に立つ魔狼がロッコさんに向かってその身を躍らせた――。


のんびり旅から一転して窮地に立つアリーチェ。

次回、魔手が迫ったアリーチェたちに訪れた結末とは……。

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