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【第三部】黒瞳少女は帰りたい 〜独りぼっちになった私は、故郷を目指して奮闘します〜  作者: 笛乃 まつみ
第四章 州都への旅路

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47. 初めてのこと

ブックマークありがとうございます!

評価もいただき、本当に嬉しいです! 頑張ります!

「これで仕上げ……。うん、とっても可愛いわ」 


 私を覗き込んでいたジルダさんがにっこり微笑みながら離れていく。ジルダさんと入れ替わるように、今度はリオが覗き込み、「わぁ、アリーチェ、凄く綺麗!」と感嘆の声を上げた。盛り上がる二人を余所に、家族や友人以外からは言われ慣れていない『可愛い』という言葉に戸惑いながら、私は頬に触れた。


「アリーチェ、触ってはダメよ。化粧が落ちちゃうわ」

「は、はい」


 ジルダさんの言葉に、私は慌てて頬から手を離した。薄化粧ではあるけれど、基本的なおしろい、口紅、頬紅に加えて、私が持っていない化粧品も加えた一通りのお化粧である。せっかくジルダさんが化粧を施してくれたのに、崩してしまっては申し訳ないものね。

 旅の三日目、移動中の幌馬車の中で私はジルダさんに化粧の仕方を教えてもらっていた。きっかけは、今朝出発の準備をしている時に、ジルダさんのある変化に気付いた事だった。



「今日のジルダさんはなんだか一段と綺麗ですね」

「あら、分かる?」

「それはもちろん分かりますよ。もしかして今日は化粧をしているのですか?」


 私は失礼にならない範囲で、じっとジルダさんの顔を覗き込む。いつもより肌艶が良く、肌全体が明るくなっていることから、化粧をしているのだろうと推測を立てる。


「ええ、そうなの。今日は行商の予定だからね」


 ジルダさんによると、行商する時は身だしなみを整え、いつも見栄え良くしているらしい。行商では穀物や調味料などの日用品の他に、衣類や化粧品、嗜好品なども扱っており、化粧をして綺麗にしておくことは、印象を良くしたり集客目的、化粧品の宣伝効果も兼ねているみたい。


(ブルーノさんが身だしなみを整える為に化粧品を贈ってくれていたけれど、使い方まではちゃんと聞いていなかったな……)


 もちろん、基本的な使い方は知っているけれど、改めて人に教わったことはない。せっかくだし、この機会にちゃんと一通り教わっておこうかな。


「ジルダさん、移動中の手が空いている時間に、化粧の仕方を教えてもらっても良いでしょうか? ブルーノさんに餞別として化粧品をいただいたのですが、化粧をしたことがなくて……」

「そうだったのね、もちろん良いわよ」



 そして今に至る……。

 ジルダさんから借りた手鏡を覗き込んだ私は、初めてのことに落ち着かない気持ちになっていた。もちろん、化粧が初めてだったということもあるけれど、鏡というもので自分の顔をはっきりと見たのは、これが初めてだった。


(私ってこんな顔をしていたんだ……。確かに、特徴的な虹彩だね)


 母さんが「星が瞬く夜空のような瞳」と言っていたのがよく分かる。自分で見ていても不思議なきらめきだと思う。


(それにしても、化粧をしているのもあるのだろうけれど、思っていたよりも顔立ちは悪くない……よね)


 水やガラスに映った姿を見て、ある程度自分の容姿について把握していたけれど、明瞭ではなかったから、こうだったら良いなという願望も含まれているのだろうと、期待値半分でしか見ていなかったのだよね。

 手鏡が小さいのであくまで一部分しか把握はできていないけれど、鏡に映る自分の姿は、客観的に見てそれなりに可愛らしく見えた。

 私の手の中に収まるほどの小さな手鏡の中、黒い瞳の少女がこちらを見て、はにかむように微笑む。


「ふふっ、気に入ってもらえたみたいね」

「――っ!」


 これは恥ずかしい! ジルダさんやリオのことを忘れて、じっと見入ってしまっていた。自分の世界に没頭していたことに羞恥で顔を赤くしながら、私は慌てて手鏡をジルダさんへと返す。


「ジルダさん、化粧の仕方を教えてくれて、ありがとうございました。とても良い経験になりました」

 

 最後は恥ずかしくていたたまれない感じになってしまったけれど、手鏡で見た鮮明な自分の姿や、初めて経験したお化粧に、私は気分がふわふわと高揚しているのを感じた。


「私もとっても楽しかったわ。手順はもう大丈夫そう?」

「はい、大丈夫です」


 私に化粧をしながら、ジルダさんがその都度、これはどういう風に使うのかを教えてくれていたので、手順もバッチリである。もし何か化粧が必要になった場合でも、これで一人でも化粧できそうだね。


「本格的に化粧をするようになったら、小さくてもいいから手鏡を一つ持っていると便利よ」

「分かりました。頃合いを見て探してみます」


 貰った化粧道具の中には、流石に手鏡までは入っていなかったものね。ティート村に来ていた行商人が売っていた手鏡はとても値が張っていたけれど、州都で買うなら輸送費分の上乗せはないし、店同士の競争もあるだろうから、比較的求めやすい値段で買えるのではないかと予想する。

 すぐに必要なわけではないけれど、そう遠くない未来で購入を検討しておいた方が良いだろう。州都でやることが更に一つ増えて、私は少し心が浮き立つような気持ちになった。



 朝早くに町を出発したこともあって、私達は早い時間に次の村に到着し、予定通りその村で行商の準備を始めた。私も加わって皆で商品の荷下ろしを行うと、後はロッコさんが手際よく商品を並べていく。

 行商人が来たことを知った村人たちが集まる頃には、すっかり露店の準備も整っていた。流石に店番のお手伝いはできないので、ロッコさん、ジルダさんが村人の応対を始めると、私とリオは幌馬車の綱を外してロバを休憩させながら、離れたところから商売の様子を見守る。


「リオ、気になるなら近くで見てくる?」

「えっ、いいの?」

「もちろん、ロバは私が見ているから大丈夫だよ」

「ありがとう、アリーチェ!」


 商売の様子が気になって仕方がないのか、首を長くして両親を見ているリオに提案してあげると、リオは満面の笑みでロッコさん達の元へと駆けていった。

 邪魔にならないところで見学しているリオを遠目で見ながら、草を喰むロバの隣で私は空を見上げる。昨夜、予想していたように、今日の天気は曇り。分厚い雲が広がり、今にも雨が降りそうなどんよりした空模様だった。


「どうやら、ひと雨来そうかな……」



 昼過ぎには行商を終え、荷物を積んで再び出発した直後、私が言葉にしていたように、大粒の雨が降り出した。おそらく、ロッコさんも空模様を見て、行商を早めに切り上げたのだろう。

 天気が良ければ、幌馬車を路肩に停めて休憩しながら食事をしたりするのだけれど、今日ばかりは移動したまま幌馬車の中で干し肉や硬いパンを食べる。容赦なく打ちつける冷たい雨は、どんどんと気温を下げていった。

 私は堪らず、カバンから松葉色のコートを出して羽織る。ジルダさんも防寒具を出して、リオやロッコさんに手渡していた。


「急に寒くなったわね」

「こうして寒くなると、冬が来たって実感しますね」

「これだけ雨が強いと、次の村の行商は中止かもしれないわね。こんな天気ではお客さんも来ないでしょうし……」



 しばらくして次の村に着いたけれど、ジルダさんの予想通り、ロッコさんは降りしきる雨のため、今日の行商を中止した。今日はもともとこの村に宿泊する予定だったので、そのまま宿屋に直行し、明日の朝に改めて行商することにしたみたい。

 雨が降り続くことを危惧していたけれど、翌朝の天気は昨日の大雨が嘘のようによく晴れた、とてもいい天気だった。地面はぬかるんでいたけれど、朝早くから開いたロッコさんの露店には、村の人達が代わる代わる訪れては商品を買っていった。


 朝早くから露店を開いたこともあり、余裕を持って昼前には行商を終わらせて次の村へと出発した。少し行ったところで、リオが弾んだ声で私の名前を呼んだ。


「見て見て、山に雪が積もってる!」


 リオが指差す方向を見ると、確かに遠くの山の頂き部分が白く覆われているのが見えた。


「わあ、本当だね!」

「昨日の雨が、山では雪になっていたのね」


 雪になるほどだったのなら、昨日の冷え込みにも納得だね。とはいえ、本格的に寒くなるのはまだ早いと言わんばかりに、一転して今日は暖かな日差しが降り注ぐ。澄んだ水色の空と白い冠を乗せた山、裾に広がる赤茶や深緑の森との対比が際立って、とても美しい光景だった。

 「綺麗だな」と呟くリオの言葉に賛同しながら、幌馬車から見える景色を、私達はのんびりと堪能していた。



 途中、幌馬車を止めて休憩し、もう少しで次の村に到着するといった頃、周りの景色が急変した。その変化に最初に気がついたのはロッコさんだった。


「霧が出てきたようだ」


 さして大きな声ではなかったけれど、振り返って投げかけたロッコさんの言葉は、私達にはっきりと届いた。さっきまで普通の景色だったのに、確かにロッコさんの言う通り、白い薄もやが道や木々の輪郭をぼんやりとさせる。

 太陽はまだ高いところにあるけれど、木々が立ち込める場所だから森の中は薄暗く、幌馬車が進めば進むほど、乳白色の霧はどんどんと深さを増していく。


「この季節、ここらでは霧が発生しやすいんだ。俺も以前に遭遇したことはあるが、今回は特に霧が濃いな」


 固唾をのんで皆が外を眺めている中、ロッコさんの声が届く。異常事態というわけではなく、この地方ではよくあることだと聞いて、少しホッとした。

 ティート村では山から吹く風があったから、基本的に霧が発生することはなかったのだよね。森の中で、極稀に霧を見かけることはあったけれど、こんな濃い霧に遭遇したことは初めてのことだった。

 通り過ぎた景色はあっという間に白い幕に飲み込まれ、ほんの少し先までしか見えない。整備された道を進んでいるから迷う心配はないと分かっていても、人の手が及ばない超自然現象に、何とも言えない緊張が走る。


「ジルダ、ランプを用意してくれ」


 御者台のロッコさんが、半分後ろを向きながらジルダさんに声を掛ける。ジルダさんは荷物の中からランプを出して、すぐに準備をして明かりの灯ったランプをロッコさんに渡した。

 ロッコさんはすぐさま幌馬車を止めると、二頭のロバの間にランプを吊るした。おそらく、ロバの視界、そしてロッコさんの視界を少しでも確保するためにランプを吊るしたのだろう。後は、荷馬車とすれ違うこともあるから、相手にこの幌馬車の存在を知らせる意味もあるのだと思う。

 普段なら目視と音ですぐに気づくのだけれど、この霧では直前にならなければ相手に気づかれず、視界が塞がれた状態では、荷馬車が立てる音も、自分と相手の区別がつかなくなる可能性もあるものね。

 再びロバを走らせだしたロッコさんは、いつもよりもかなり速度を落とし、慎重に手綱を操る。幌馬車の中にいる私達も自然と無言になり、周りを警戒して進んだ。



「見えた、村だ!」


 どれくらい時間が経ったのだろうか、ロッコさんの明るい言葉が前から聞こえ、リオがわっと歓声を上げた。私とジルダさんは視線を合わせると、緊張の糸を解くように深く息をつく。

 言葉には出さなかったけれど、私と同じように皆も緊張と不安の中にいたのだろう。


(何事もなくて本当によかった……)


  前を向くと、霧でぼんやりとしているけれど、建物の影が浮かび上がり、道の先には、村の入口を示すように二本の松明が掲げられていた。その松明に向かって、ほんの少し速さを増した幌馬車がガラガラと音を立てて進んでいった。


様々な「初めてのこと」でした。

年若でも女の子、お化粧でワクワクしてしまうアリーチェでしたね。

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