45. 幌馬車の旅
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私を乗せた幌馬車は整備された街道を北に進む。天候にも恵まれ、州都へ向けた旅程は順調に進んでいた。
幌馬車の後ろから見る風景は、実り豊かな秋から木枯らし吹く冬へと移り変わる姿を映し出す。時折幌の中まで吹きつける風は、肌寒い初冬を感じさせた。
メルクリオから州都まで、真っすぐ向かえば四日ほどの距離らしい。とはいえ、ロッコさんは少し回り道をして行商しながら向かうため、今のところ州都までの旅は八日を予定している。
メルクリオを出発して二日目になるけれど、宿泊以外で町へ立ち寄ることもなく、主要な街道を真っすぐ北上している。ロッコさんから聞いた予定では、明日からは街道から外れて小さな町や村を通る小道を進むらしい。
ちなみに、町へ立ち寄ることを最小限にしていたことから分かるように、ロッコさんはこの二日間は行商をしていない。街道沿いは物流も盛んなため行商は必要ないらしく、明日以降に寄る小さな町や村で行商をする予定らしい。
そういうこともあり、昨日今日はただひたすら移動詰めで、休憩や食事、宿泊以外は移動しっぱなしだった。座っていればいいだけとは言え、ずっと座っているのも疲れるよね……。
幸い、移動中の時間はロッコさん一家と交流していたので、時間を持て余すということはなかった。ジルダさんもリオもおしゃべり好きで、会話を通じて親しくなれたので、移動尽くしというのも悪くはなかった。
ロッコさんとジルダさんの息子、リオは今七歳らしい。リオに最初に会った時に六、七歳くらいかなと思ったけれど、どうやら本人は年の割に小柄なことを気にしているみたい。うっかり六歳くらいかと聞かなくてよかったよ。
リオは行商人である父親譲りなのか、とても社交性が高く、物怖じすることなく私に話しかけ、いろいろな話をしてくれた。
リオの話によると、この春に洗礼式を迎え、父親の行商に初めて連れていってもらった時は、目に映る全てがきらめいて見えたらしい。今までは父親は一人で行商に出かけ、母親と二人で留守番だったのを寂しく思っていたこともあって、こうして行商に連れていってもらえるようになったことが、とても嬉しいと言っていた。
今までは近場の行商のみ連れていってもらえていたみたいだけれど、今回は私という同乗者がいることで、母親と共にリオも同行することになったらしい。
(もしかしたら、家族連れの方が私も緊張せずに済むだろうと、ロッコさんが気を利かせてくれたのかもしれないね)
リオやジルダさんがいるということで、さほど緊張はしていないけれど、もし男性との二人旅だった場合、ロッコさんの人となりを知るまでの間、緊張せずにいることは難しかっただろう。ロッコさんの気遣いに感謝だね。
それ以外に聞いた話では、ロッコさん一家はメルクリオの南方にあるカゼッレという町に居を構えているらしい。普段は、カゼッレから州都を結んだ街道の周辺で行商をしているそうだけれど、依頼があればその限りではないとのことだった。
ちなみに、移動している間はロッコさんがずっと手綱を握っているわけではなく、時おり手綱をジルダさんに任せて幌馬車の中でロッコさんが休憩することもあった。
その時に聞いた話だと、ロッコさんは私が一時期お世話になっていた炭焼き夫妻のいた村にも、時折行商で訪れるらしい。私はドンテさん、ベルラさんのことを思い出して、なんとも言えない複雑な気持ちになった。
あの二人のことは、ルッツィ孤児院にいる時から何度も思い出しては、売られると判断して逃げ出したのは私の間違いだったのではないかと、後悔の念を抱いていた。パンニ村で過ごした日々を思うと、どうしてもあの二人が私を娼館に売ろうとしていたとは思えなかったから……。
州都へ出発する前に、一度娼館を訪ねた方が良いのではないかと悩みもした。けれど、私のことを探っている人がいる中、孤児院の皆に娼館を訪ねたいとは相談できなくて、それは叶わずじまいだった。
(ロッコさんに頼めば、行商のついでに手紙を届けてくれるかもしれない……)
ふと、そんな考えが頭を掠める。一方的なものにはなるけれど、突然いなくなった事への謝罪と、州都でちゃんとした商会で働けることになった旨を伝えるくらいはしても良いのではないかと思う。
(何度も思い出して後悔するよりも、その方がずっと良い。私が逃げ出した経緯はともあれ、私があの二人にお世話になったのは事実なのだから)
手紙に関しては、折を見てロッコさんに相談してみよう。商業ギルドを介したり、転送装置を使わない分、割安でお願い出来るのではないかな。
私はポシェットの中に入っている金額を頭の中で確認しながら、それでも足りない分はこの旅で何かお手伝いでもすることで、割引をお願いしてみようと考えを巡らせた。
他にも、ロッコさんには州都へ行く経緯を尋ねられ、もともと火の州出身で、州都へは火の州に戻るためのお金を稼ぎに行くのだと簡潔に説明した。ロッコさんは、私が火の州出身ということにとても驚いていたけれど、火の州への帰路について有益な情報を教えてくれた。
「アリーチェ、火の州に戻る時は、海路を利用した方がいいぞ」
「海路……ですか? 州都は海に接していないのではないですか?」
「ああ、海からは離れているが州都の側には大きな川が流れているから、そこから船で海まで出られる。その後は港で海洋船に乗り換えれば、火の州まで一気に行けるだろう」
ロッコさん曰く、乗り合い馬車を乗り継ぎ、その先々で宿を取らなければいけない陸路よりも、移動と宿を兼ねる船旅の方が効率が良いし、安全面から見ても海路の方がオススメだと言われた。海を知らない私からしたら、海路の方が安全というのはあまりピンと来ない。
「船が沈むことはないのですか?」
「海の船は、川の船よりもずっと大きいからな。海が荒れる時期を避ければ、船が転覆するなんてことはほとんどない。乗り合い馬車よりも運賃が高くなる分、客層がある程度担保されるから、柄が悪い奴が乗船することも少ないだろう」
「なるほど、だから海路の方が安全なのですね」
ロッコさんによると、船員は力自慢の男性ばかりということもあり、船の中の治安は比較的良いらしい。
また、費用面から見ても、海路は一度に支払う金額は高いものの、陸路ではお金を細々と支払う必要があるから、最終的な合計額は陸路と大差ないと思うと言われた。
確かに、陸路だと天候により足止めされるなど予定外の出費の可能性もあり、お金に関しての予定を立てやすいのは断然海路の方だろう。
「まあ、お金が貯まるまで時間がかかるだろうから、その時までじっくり考えたら良い」
「はい、そうします。ありがとうございます、ロッコさん」
私は陸路しか考えていなかったから、ロッコさんの話はとても有益な情報だった。州都は交通の要所になるから、故郷にも戻りやすいと思っていたけれど、海に出て海路で行く方法があるとは驚きだね。
とりあえず、州都での生活が落ち着いたら、海路や船の運賃について詳しく調べることを心に決めた。ロッコさんの言うようにまだ先は長いけれど、着実に前進していると実感できるだけで、私は前向きな気持ちになれた。
「見えたぞ、今日泊まる予定のレンデの町だ」
再びロッコさんが手綱を握り、しばらく時間がたった後、ロッコさんが前方を指差しながらそう言った。少し背を伸ばして前を見ると、前方に町の影が見えた。大きな街道からはだいぶ外れているため、町の規模としてはかなり小さな方だろうか。
移動続きでさすがに疲れがたまったのか、リオが「やっと着いたぁ」と大きく伸びをした。昨日泊まった宿を出発してから、小休憩以外はずっと移動しっばなしだったから、ついつい口をついて出てしまうのも分かる。
カゼッレの町からここまで旅をしてきたのだから、リオも旅には慣れているのだろうけれど、まだまだ七歳だものね。むしろ、ここまで文句一つ言わずにいて、随分と立派だと思う。ちゃんと分別があるから、こうして長距離の行商に連れて行ってもらえているというのもあるのだろう。
やはりと言うか何と言うか、同じ七歳でも随分と差があるものだと、食いしん坊でまだ落ち着きがなかったチーロを思い出しながら、私は頬を綻ばせたのだった。
行動こそ起こしていないですが、炭焼き夫婦のことは、喉に刺さった小骨のようにずっと気になっていました。
手紙を送ることは、アリーチェにとって一区切りとなりますね。




