44. 行商人ロッコ
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エルミーニ商会へ到着した後、マリサさんはブルーノさんと少し会話し、最後に私の事をお願いする旨を伝え、ルッツィ孤児院へ帰って行った。
マリサさんを見送った事で、張り詰めていた糸が切れたのか、一気に寂しさが込み上げてくる。
(これから、一人か……)
心の中で呟くと、余計に寂しさが増してくる。私は気持ちを切り替えるように小さく息を吐き、寂しさを断ち切って州都での新しい生活に思いを巡らせた。
(私がお世話になる商会はどんなところだろう。エルミーニ商会と同じ様に化粧品を扱う商会だとブルーノさんは言っていたけれど、過ごしやすい場所だといいな……)
私がそんな風に考えていると、私のいた部屋の扉が開いた。ブルーノさん、レンツさんに続いて部屋に入ってきたのは、三十代位の茶色の髪の男性だった。私は椅子から立ち上がり、三人を出迎えた。
「アリーチェ、待たせたな。準備が概ね整ったのでそろそろ出発するが、その前に行商人を紹介しておこう。今回、アリーチェを州都まで連れて行ってくれるロッコだ」
「はじめまして、行商人のロッコだ。州都まで君を運ぶよう依頼を受けた。道中よろしく頼む」
「アリーチェです。こちらこそよろしくお願いします」
「荷馬車の方には妻と息子もいるから、後で紹介しよう」
ロッコさんが差し出した手を軽く握り、挨拶を交わす。革手袋を外したロッコさんの手のひらは、行商人として手綱を常に握っているからか、分厚くて少し荒れていた。
(どんな人かと心配していたけれど、妻子連れなら安心だね。ロッコさんも陽気で気の良さそうな雰囲気だし……)
私がそんな風に考えていると、ブルーノさんが私の名前を呼んだ。
「アリーチェ、これを渡しておく」
そう言って、ブルーノさんは私に一通の手紙を差し出した。見た目は普通の手紙の様だけれど……。
「これは?」
「これはフィオルテ商会の商会長との手紙のやり取りの写しだ。アリーチェを雇うにあたっての雇用条件が明記されている」
フィオルテ商会は、私が州都で雇われる予定の商会だ。この前、ブルーノさんから話を聞いた際に、その商会についてもいくつか詳しい話を教えてもらった。州都でも指折りだとか、化粧品を扱う商会だとか、商会長とブルーノさんの関係などの情報がそれだ。
(そこの商会長との手紙のやり取りを私に渡す理由は何だろう?)
私は首を傾けながら理由を考える。
「雇用条件の確認の為ですか?」
「ああ、そうだ。アリーチェが実際に雇われた時に、聞いていた話と違っては困るだろう」
「それは確かにそうですが……」
「勿論、先方は信頼できる人物だから約束通りの雇用をするだろうが、念のための保険だ。特に強制力がある訳ではないが、商会長自身が明記した手紙だから、もし何かあった時は十分に効果を発揮するだろう」
「分かりました、ありがとうございます」
確かに、州都まで行ったのに聞いていた話と違う、という事態になったら困るものね。フィオルテ商会の商会長は話を違える人ではないのだろうけれど、万一のための保険は必要だ。
「もし、何か仕事で困った事があれば、商業ギルドを通じて私に手紙を出すといい」
「お気遣いありがとうございます」
ブルーノさんがこんなに細やかに気を配ってくれるのは、きっと誓約書のことがあるからだろう。誓約にある雇用条件が満たされなければ、意図せずにブルーノさんが誓約に反することになる可能性もあるものね。
(ブルーノさんに誓約を破らせないためにも、雇用条件は念入りに確認しよう……)
ブルーノさんからの手紙を畳んでポシェットにしまっていると、今度はレンツさんから布袋に入った何かを渡された。
「旦那様からの贈り物です」
片手で持てる程の大きさの袋は、ずしりと手の中に収まる。見た目以上の重さに中を確認すると、袋には以前貰ったおしろいや保湿液などの化粧品が入っていた。
私がぎょっとして顔を上げると、レンツさんはいつもの内心が読み難い表情ではなく、気遣いのこもった眼差しを向けていた。
「これってもしかして」
「ええ、旦那様に事情を話して、贈り物として用意しました」
この前、レンツさんと服を買いに出かけた際に、以前にお詫びとしてもらった化粧品を、州都に持って行く様に言われた。理由を聞くと、相手先の商会が化粧品を扱っているということもあり、一応身だしなみは整えられるようにしておいた方がいいとのことだった。
確かに、名の通った商会のメイドともなれば、それに見合った身だしなみは必要ということだろう。すぐに化粧が必要な年齢ではないけれど、化粧品とは縁遠い生活をしてきたから、保湿液で肌を整えるくらいは必要だよね。
とはいえ、化粧品は口止め料として既に手放していた後だったので、それを伝えてその話はそれで終わったと思っていたのだけれど、どうやらレンツさんが手を回してくれたみたい。
「気を使わせてしまって、すみません」
「旦那様も必要経費だと仰っていましたから、お気になさらず」
「そうですか……、ではお言葉に甘えさせてもらいますね。ブルーノさん、レンツさん、ありがとうございます。大切に使いますね」
私は満面の笑みを浮かべてお礼を言うと、ブルーノさんは満足そうに微笑み、レンツさんも温かな微笑を浮かべていた。
――トントン
ノックと共に従業員が顔を出して、荷物の積み込みが終わったことを伝えに来たので、皆で商会の外へと出る。商会の前にはロバ二頭立ての幌付きの荷馬車があり、その側に一人の女性と子供が立っていた。
おそらく、先ほど言っていたロッコさんの妻子だろう。案の定、ロッコさんが二人に近づき私を手招きした。私が側に行くと、水色の髪の優しげな女性が私を見てにこりと微笑んだ。
「妻のジルダと、息子のリオだ」
「初めまして、アリーチェです。州都までよろしくお願いします」
「宜しくね、アリーチェ。道中は気兼ねなく何でも私に相談してね」
ジルダさんは見た目通りの優しげな声で私に声をかける。そしてその隣、母親譲りの水色の髪の少年が、「僕はリオ、よろしくね」と人懐っこい笑みを浮かべて私を見上げた。
(リオは六、七歳位だろうか……。思っていた以上に幼い)
行商に同伴するくらいだからもう少し上の年齢を想像していたけれど、こんな子供でも同行できるものなのだね。
ティート村は山間の村だったから見かける行商人は単身が主だったけれど、ロッコさんが通る行商の道はそれほど危険ではないのかもしれない。
「準備が済んだのであれば出発するが、大丈夫か?」
「すみません、少しだけ待ってください」
ロッコさんの言葉に、私は振り返ってブルーノさん達に頭を下げた。
「ブルーノさん、レンツさん、お世話になりました」
「アリーチェ、息災でな」
「身体にはお気をつけて」
「はい、州都で頑張ってきます」
私は元気良く二人に返事をすると、ロッコさんの馬車に小走りで駆け寄る。ジルダさんに「先にどうぞ」と促されたので、私は台に足をかけて荷馬車に乗り込んだ。
荷馬車の中は色々な荷物が積まれていて、私達が過ごす空間はそれほど広くはない。積み荷の中には、エルミーニ商会で積み込んだと思われるモップの束もあった。
後から乗り込んできたリオが「好きなところに座っていいよ」と言って、木樽に入っていた藁を取り出して私の手に乗せた。そして、リオは自分の分の藁をもう一度出すと、荷馬車の床に置いてその上に座った。
(なるほど、お尻の痛み軽減に藁を使うんだね)
私も空いた場所に藁を置いて座っていると、最後にジルダさんが乗り込んできて、リオの隣に座った。
「では、出発するぞ」
御者席に座ったロッコさんが前から声をかけ、ピシリと手綱を打ち付ける音と共に荷馬車が動き出す。荷馬車の後ろからは、エルミーニ商会の前に立つブルーノさんとレンツさんの姿が目に入った。
私はブルーノさん達に手を振ったけれど、荷馬車が道を曲がったことで、その姿はすぐに見えなくなった。
荷馬車はガラガラと音を立てながら、街の中を北に向かう。どうやら北門からメルクリオの街を出るらしい。
見覚えのある通りを進み、荷馬車はやがて神殿区域に差し掛かった。
(この道は私が初めてメルクリオの街に来た時、ルーカさん達を案内した道だね……)
あの時案内した道を、今は逆に向かって進む。少し前の事なのに、あの出来事を酷く懐かしく感じた。
そうこう考えているうちに荷馬車は北門へ着き、北門の門兵がちらりと荷馬車の中を確認し、ロッコさんに二言三言話しかける。
北門を初めて利用するけれど、神殿区域や貴族区域に一番近い門だからか、南門や東門と比べると少し大きく、門への装飾も他と比べて少しばかり豪華な気がした。
その後、確認が済んだ荷馬車はゆっくりと発車し、荷馬車の後ろから見える光景が、門の中から外壁へと変わる。街を出たことでロッコさんがロバの歩みを早くしたのだろう、その外壁もどんどんと遠くなっていく。
メルクリオの街が見えなくなるまで、私はずっと荷馬車の後ろから、その光景を瞳に焼き付けていた。
州都に向かって旅立ちました。
次回、旅は続きます。
今週、来週の更新は一回になりそうです。




