42. 残された時間の使い方
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「話は変わるのだけれど、今日は時間ある?」
「あるけど、何だ?」
しんみりとした空気を切り替えるように、私は別の話題をグラートに振った。
「実は、フレド達に罠猟の特訓をするつもりなの。もし良かったら、グラートとヤコポも参加しないかと思って」
「勿論、参加する!」
すぐさまグラートとヤコポが即答したので、藪の中での会話を終え、私達はフレド達と合流した。罠猟の特訓は、私が今日森に来たもう一つの目的だった。
(私がいなくなる前に、罠猟の成功率をもっと上げておかないとだよね……)
昨日の段階で、ブルーノさんは十日後と言っていたけれど、移動当日を除けば動ける日数は残り九日。私がルッツィ孤児院の皆の為にしておきたい事を考えたら、効率よく進めないと時間がない。
罠猟の特訓もそうだけれど、アガタにはハーブの事も教えておきたいし、勉強道具も増やしたい。勉強会はもう行えないかもしれないけれど、教材を用意しておけば自分たちでも勉強できるだろう。
罠猟の特訓は、フレドとグラート兄弟を中心に教えていった。
ちなみに、孤児院の中で私の次に罠猟の捕獲率が高いのは、実はチーロだったりする。やる気はフレドも負けてないのだけれど、捕獲率に関してはチーロの方が上だった。
とはいえ、チーロは食欲旺盛さも影響しているのか、感覚で罠を仕掛けては獲物を捕まえる感じなので、猛特訓は効果が薄いのだよね。
逆に、グラート兄弟の方は痕跡や場所を正確に分析して、罠を仕掛ける感じなので、今日の特訓は大いに意味があると思う。
その後、この場所なら、こういう状況なら、ここで見つけられる痕跡など、質疑応答も交えつつ実践形式で一日みっちりと丁寧に教えた。後はもう一度確認の意味で教えれば、罠猟に関しては大丈夫だろう。今後、新しく森へ通う子供が出たとしても、フレドやグラート達がちゃんと教えてくれると思う。
翌日、私は再びエルミーニ商会を訪れていた。前日に、年長組の二人にエルミーニ商会への伝言を頼んでいたのだけれど、その返事で翌日に来いと言われたのだよね。
時間を無駄にできないから、移動の返事を言付けで済ませたのだけれど、私が他にしなければいけない事があったのだろうか?
エルミーニ商会に着き、椅子に座った私の前に置かれたのは二枚の小金貨だった。
「これは……?」
「移動に際しての餞別だ。来月分の支払いも含んでる」
誓約では、雇用が決まった場合でも前月までの支払いは発生するから、州都に行く前に今月分を渡しておこうということだね。とはいえ、小金貨二枚というのはかなりの額だ。ブルーノさんの言う餞別の割合が多いのだろう。
「餞別にしては多すぎないですか……?」
「二年あった支払期間が二ヵ月になってしまったわけだからな。その分色を付けている」
それは別にブルーノさんのせいではなく、ただ単に巡り合わせだと思うのだけれど、本人からしたらそれなりに気にしている所なのだろうか。
「それに、孤児院にいたなら私物と言える物は殆ど持っていないんじゃないのか? 日用品は後でも買い足せるが、着替えはそうはいかないだろう」
「それは……」
確かに、着替えについては、どうしようかと頭を悩ませていたことではある。私の持ち物は、ティート村から着ていたワンピースと小さなポシェットだけだ。
着替えについては、今着ている服と持っていたワンピースを交換してもらって、後は手持ちのお金で古着を一着だけ買おうかと考えていた。それ以外の物は、お給金を貰うようになってから買い足そうと考えていたのだよね。
「レンツをつけるから、渡したお金で服を買ってくればいい。それだけあれば十分揃えられるだろう。来月からは寒さも増すから、冬の装いも忘れないようにな」
「……色々とお気遣いいただき、ありがとうございます」
私は柔らかい笑みを浮かべながら、ブルーノさんの細やかな気遣いにお礼を言った。お金だけではなく、付き添いまで配慮してくれるなんて、本当に頭が下がるね。
ブルーノさんの言う通り、確かに冬になればコートも必要だ。初めての街で一人で買い物に行くことを考えれば、メルクリオの街で揃えておいた方が正解なのだろう。
その後、レンツさんと共にエルミーニ商会を出て、私達は商業区域にある古着屋へと移動する。連れて行かれた古着屋は、孤児院の子達が着ているような服が山積みされているお店ではなく、ちゃんと丁寧に一着一着を掛けて陳列しているようなお店だった。
とはいえ、色合いも派手ではないし、刺繍や生地がたっぷり使われた衣装ではないようなので、一般向けといった所なのだろう。
私としては、もっと安い服でも良かったのだけれど、このお店にわざわざ連れてきたということは、最低限これくらいの服は着るようにという、ブルーノさんの無言の圧力なのかな。
おそらく、紹介者であるブルーノさんの顔を潰さないように、という意図も含まれているのだと思う。
とりあえず、服選びを始めたのだけれど、お店で服を買うなんてことをしたことがない私にとって、服を選ぶというのはなかなかに難易度が高かったみたい。レンツさんに助言をもらいながら、最終的には、私の要望を聞いたレンツさんが候補を絞り込み、その中から私が選ぶということにした。
(最初、レンツさんは柔和な笑みで内心が読めない人だと思っていたけれど、こうして接する時間が増えると、意外と面倒目が良い人なのがよく分かるね)
レンツさんが上げてくれた候補の中で私が選んだのは、松葉色の冬用のコートと、焦げ茶と深緑色の厚手のワンピース二着だ。普段、女性相手の商売をしているだけあって、レンツさんの選んでくれた衣装は、どれも私に似合っていた。
大きさに余裕のある服にしたので、きっと来年も着られると思う。服の他にも、マフラーや厚手の靴下なども合わせて色々と購入する。
一応、服を買う時に気をつける点をしっかりレンツさんから教わっておいたから、次買う時は一人でもきちんと選べるだろう。
古着屋からの帰りには、荷物を入れるための布製の丈夫なカバンも購入した。斜めがけ出来る薄茶色のカバンは汚れが目立たないため、一般的によく使われる色だけれど、小さく草花の刺繍が入っていたり、緑色の糸で縁取りされている所を気に入って選んだ。
そして最後に、紙を扱う露店で、インクと一番安い紙を残ったお金で買えるだけ買った。もともと紙を買う予定ではあったのだけれど、ブルーノさんの餞別のお陰でかなりの枚数を買うことが出来たのは僥倖だと思う。
(これだけあれば、十分に用意することが出来る……)
そのままレンツさんに孤児院まで送ってもらった私は、孤児院の食堂に先程購入したインクと紙を持ち込み、自分の頭の中にある知識を紙に書き始めた。
最初に取り掛かったのは、やはり基本となる文字についての内容だ。昔、村の礼拝堂で読んだ基本文字を学習するための本の内容を、どんどんと紙に書いていく。
こうして紙に書いて、最後に糸で留めれば教材としての本が完成する。これがあれば、私がいなくなった後でも、孤児院や北区の子供達が勉強する機会を作れるだろう。
基本文字の内容を書き終えた後は、次は簡単な単語集だ。書き上げた紙をテーブルに並べては乾かし、更に裏面も書いて乾かす作業を繰り返す。年中組が帰ってきた頃には、私は沢山の紙で食堂の一角を占拠していた。
そこからの三日間、私は森へ行かずに空いた時間全てを使って、ひたすら紙に知識を書き留めて過ごす。その間に、単語集を三冊、計算に関する冊子も作り、礼拝堂で読んだ神話についての簡単な物語も書き上げた。
そして、薬草とハーブについて纏めた資料を作ってみた。薬草に関しては、書き記すかどうか悩んだのだけれど、いざという時にこの知識が役立つ事もあるかもしれないから、他の草と間違えやすいもの、摂取量や扱いに気をつけなければいけない物などを除いて、危険がない薬草だけを記載することにした。
アガタには後で時間を取って教えるつもりだけど、基本はハーブで対応してもらうつもりだ。
なお、薬草やハーブについて纏めた冊子には、具体的に森のどこに生えているかを地図にし、葉や花の絵はもちろん、生えている全体像も絵で描いておいたから、一人で探す時も間違いは少ないと思う。
その翌日は、早速作成したハーブの冊子を持って、アガタと共に森を歩く。実際の景色と地図を照らし合わせ、ハーブや薬草を確認するという作業を行った。冊子に記載されている全てのハーブと薬草を確認したので、その日はその作業だけで終わってしまった。
一日中森を歩き回ったことで、私もアガタもへとへとだったけれど、アガタは何かを成し遂げたような充足感に満ちた顔をしていた。
その翌日と翌々日は秋雨となったので、孤児院でいつもの様に勉強会を行う。冊子を使って教える中で、文字を見せながら物語を読み聞かせするのは、思った以上に好評だった。
文字を覚える練習として他の物語も読んでみたい、という要望が出たので、追加で短い童話をいくつか書き出すことにした。
勉強会を行った二日間は、知識の吸収率が良いシエナやヤコポを特に重点的に教えた。残された時間の中で少しでも多く教えられるようにと、私がいなくなった後、教えられる人を少しでも増やしたいという思いがあったからだ。
その次の日は雨が止み、私達は二日ぶりに森へと出かける。この日は、私に残された最後の日だった。
この前の罠猟の特訓の復習をしつつ、出会った顔馴染みの子供達に別れを告げる。皆一様に別れを惜しみながら、口々に私の門出を祝ってくれた。
そして、いよいよ私が出立する日となった……。
残された時間は短いですが、出来る限りのことを残そうとするアリーチェでした。




