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【第三部】黒瞳少女は帰りたい 〜独りぼっちになった私は、故郷を目指して奮闘します〜  作者: 笛乃 まつみ
第三章 ルッツィ孤児院

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40. 思いがけない提案

 私の事を聞き回っている人については、とりあえずブルーノさんに相談することに決めた。利権絡みの可能性がある以上、ブルーノさんに相談するのが一番だろう。

 目的は定かではないけれど、私達にも出来る範囲での対策として、北区の子達には薬湯の事を口止めし、孤児院の子達にはそれと合わせて、私が商品を考案していた件も秘密にしてもらうことにした。そして、私以外の孤児院の子も、年長組以外は一人で出歩かないようにした。


 ブルーノさんには、来月の初め――次に報酬を受け取る際に相談することに決めていたのだけれど、その機会は思っていたよりも早く巡ってくることになる。グラートから話を聞いた次の週、ブルーノさんから急な呼び出しを受けたのだ。

 呼び出された当日、私は年長組の二人と共に商業区域へ向かう。私一人での行動を避けるため、日雇いの仕事を探して商業ギルドへ向かう二人に便乗した形だ。




「今日は急に呼び出して悪かったな」

「いえ、私も急ぎ相談したい事があったので、ちょうど良かったです」

「何かあったのか?」

「それが……」


 北区の子供達に私の事を聞いて回っている人がいた事を伝えると、ブルーノさんは難しい顔つきになり、考え込む様子を見せる。


「モップの発案者として登録簿に私の名前が載っているから、それで私を探っているのではと考えたのですが……」

「時期的にその可能性はある。しかし、アリーチェが孤児院の子供だということが何故分かったんだ? 普通は発案者をわざわざ探しだすような事はしないんだが……。発案者を調べて孤児だと分かったのではなく、最初から発案者が孤児と知っていたから探りを入れたのかもしれん。もしくは……」


 ブルーノさんの言うように、もし発案者が孤児だと知った上で調べたのであれば、その裏に透けて見えるのは、孤児という立場の弱さに付け込もうという悪意だろうか……。

 そうだと決まったわけではないけれど、なんとも言えない苦々しさを感じた。

 

(母は、目立つことで村内で忌避されることを心配していたけれど、所や状況が変わればこんな風に危険を呼び込むことにもなるんだね……)


「いずれにせよ、製造販売権についての取引が増えれば、自然と権利の譲渡が周知され、探りを入れている者も諦めるだろう」

「……一足飛びに周知というわけにはいかないのですね」

「強く周知しようとすれば逆効果の場合もあるからな」


 ブルーノさんが言っているのは、商人は基本的に重要な情報は秘匿するものだから、わざと漏らした情報には裏があるのではと考えるということだろう。時間はかかるけど、徐々に周知されるのを待つしかないということだね。

 権利が全てブルーノさんに譲渡されていることが周知されれば、私を探ろうとする人もいなくなるだろうから、それまでの辛抱か……。

 とはいえ、これで解決するのは、私を聞き回っていた理由があくまでモップの権利についてだった場合だけだ。別の理由の場合は、周知されたとしても、危険がなくならない可能性もある。

 どちらにしても、注意しなければならない日々が続くということに、私は小さくため息をついた。


「それを考えると、今からする話は、渡りに船かもしれんな」

「そういえば、今日は何の話だったのですか……?」


 会って早々に私の話をしたから、何の目的で呼ばれたのかを聞いていなかったね。渡りに船ということは、何か良い解決方法があるということなのかな?


「アリーチェの雇用についての話だ」

「まだ一カ月しか経っていないのにですか?」

「いや、エルミーニ商会ではなく、知り合いの商会長がアリーチェを雇いたいと言ってきているんだ」

「えっ?」


 こんな短い期間で雇用の話が出たことには驚いたけど、それが別の商会というのは更に驚きである。

 というか、雇われることが解決策になるっていうのはどういう事?


「他の商会が……? でも、それで解決策になるのですか?」

「ああ、その商会があるのは、このメルクリオの街ではなく州都だからな」

「――!」


 私は今度こそ言葉を失う。州都の商会から雇用の話が来るなんて、どう考えてもおかしい。何か裏があるとしか思えない……。


「そんなに疑いの目で見なくても大丈夫だ。言ってきている商会は、もともと私の知り合いなんだ。州都でもそれなりに力を持った商会で、今回の登録の際には、口添えもしてもらっている」


 私が胡乱な顔をしていたからか、ブルーノさんが事情を話してくれた。

 それによると、口添えをお願いした際にモップを発案した人物に興味を持ったみたい。発案者について聞かれたので、私の話を色々と手紙に書いたらしい。その結果、相手側にさらに興味を持たれ、雇ってみたいという話になったようだ。

 無論、給与や期間の条件なども承知の上でだ。更に、食事付きの住み込みで、月の給与は大銀貨八枚ではなく十枚、つまり小金貨一枚を払うと言ってきているらしい。


(話がうますぎる……)


 私は警戒をなるべく見せないようにしながら、ブルーノさんの様子をつぶさに観察する。


「それは、本当に大丈夫なのですか……? 話を聞いて面白そうだからと、わざわざ遠方から孤児を呼び寄せて雇うなんてことは普通しないでしょう」

「確かに普通ならしないが、少しばかり事情があってな……。そこの商会長は私と歳が近いんだが、子宝に恵まれない時期が長く、歳を取って授かった娘を溺愛している」


 話がよく分からない。そこからどうやって私を雇うに繋がるのだろうか? 流石に、孤児を娘のメイドにしたいなんて突飛な話ではないだろうし……。


「そんな彼が、アリーチェを娘のメイドとして雇いたいと言っているんだ。娘の側に置く者は、能力の高い者をと考えているらしい」


 どうやら、そんなまさかの突飛な話だったらしい。私は頭が痛くなるのを感じながら、引き攣った笑みでブルーノさんに尋ねる。


「……だとしても、普通はちゃんとした家の子女が雇われると思うのですが?」

「勿論、最初はそういう女の子が雇われたさ。だが、ことごとくクビになっている状態らしい」

「それはなんというか、少しばかり気難しい方なのですね……。私が雇われたとしても結果は同じだと思いますよ?」

「件のお嬢さんは今年で八歳だ。アリーチェは孤児院で子供には慣れているだろう。それに、読み書きに問題はないし、頭の回転も早い。目端も利くし、発想も柔軟だから、気難しい主にも対応出来るだろう」


 楽しげな表情でブルーノさんがつらつらと私の評価を並べる。そこまで高評価をもらっていたことには驚いたけれど、だからといって、何人もクビにしているお嬢さんに気に入られる自信はない。誰かのお世話をするような経験もないし、それに一番の問題もある……。


「だとしても、私は孤児ですよ? 親として、愛娘のメイドが孤児というのは心配にならないのでしょうか……」

「ある意味、孤児だからこそというのもあるんだろう。手広く仕事をしていれば、その分敵もいる。当然、雇い入れる者の背後関係は調べるが、他の街の孤児であれば、どこぞの商会の回し者という心配もないのだろう。孤児であれば縁者のしがらみもないしな」


 なるほど、そういう視点はなかった。孤児であれば、遠方に働きに出ることを嫌がる親も居ないしね……。

 ふと、ブルーノさんの息がかかっていると思われる可能性もあるのではと思ったけれど、ブルーノさんが何も言わないところを見ると、信頼関係があるのか、他の街だからさしたる問題でもないということなのだろう。


「もし、アリーチェがこの話を受けるなら、先程渡りに船と言ったように、問題は全て解決する。州都へ移動したとなれば、アリーチェを探っていた人間も諦めざるを得ないから、アリーチェ自身も孤児院も危険はなくなるだろう」


 その言葉に、私の心臓がドキリと大きく音を立てる。それは、私も気付いていたことだ……。

 探られていたのは私だけだけれど、実際のところは私だけの問題ではない。私が属しているというだけで、孤児院も無関係ではないのだ。私を探っている人間の思惑次第では、孤児院にも孤児院の子供達にも少なからず危険が付きまとうことを、私は理解していた。


(提案を受ければ、皆の危険がなくなる……)


 それは、私の心に大きく響く。


「お嬢さんに気に入られなかったとしても、提示した給金で下働きとして雇うと言っていたから、気に入られなくても心配はない。商会長の人となりは知っているが、雇い主として良識ある人物だし、私としては悪くない話だと思うぞ」


 ブルーノさんの話によると、私を雇用したいと言ってきた商会は州都でも指折りの商会で、そこの商会長とブルーノさんは親しい間柄だという。

 直接商会長を知る機会がないから、判断はブルーノさんからの情報だけになるけれど、ブルーノさんの言葉に嘘や誤魔化しの様子はなかった。


 ブルーノさんの言う通り、本当に悪くない提案なのだろう。先程、周知されれば諦めるだろうと言われたけれど、それは明確な解決策とは言えなかった。危険をゼロにするなら、どちらが確実かと聞かれたら、答えは一つだ。

 孤児院の為だけでなく、私自身の為にも、どうするのが一番いいのかは理解していても、それに気持ちがついていかない。

 今はまだ直接的な被害はないけれど、実際に何かが起こってからでは遅いと分かっている。でも、ただ一言「行く」という言葉が喉から出てこなかった……。


「今ここで返事はしなくても良いが、あまり長くは待てないぞ。今月末に注文を受けた行商人がモップを州都へ運ぶ手はずになっているから、アリーチェが州都へ行くなら、その行商人の荷馬車に乗せてもらう予定だ」


 私の迷いを見透かしたかのように、ブルーノさんが期限を提示してきた。今、この場で返事をしなくても良いと言われてホッとしたものの、残された時間の短さに「今月末……」という呟きが口から漏れた。


「ああ、今日から数えるなら、十日後だな。一度孤児院へ帰ってじっくり考えてみてくれ」

「……分かりました」


 ひとまず、今回の話を孤児院の皆に先に伝えるべきだと思った。たとえ、自分の中で選ぶべき結論は出ていたとしても……。

 ブルーノさんとの話を終えた私は、エルミーニ商会の従業員に付き添われながら、孤児院への帰路につく。賑やかな街の喧騒の中、厚い雲に覆われた空は、私の心と同様に鉛色をしていた。


選択を迫られたアリーチェです。

アリーチェの中では結論は出ていますが、迷いなくとはいかないですね……。

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